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またまた  作者: よだか
第一章
3/73

1.

前回とは視点が異なり、主人公視点で話が進みます。

 春ののどかな日差しの射す日に、空高くそびえる山々の麓であたしは生まれた、らしい。



 あたしの生まれたイファー皇国は国土の大半が草原で、北と南には国境でもある山々が連なっている。その北と南の山々をつなぐようにして大河が流れ、河は草原地帯を半分に割るように縦断し、その河の南北の中心すなわち草原の中央にこの国の中心、皇都が存在する。


 皇都の周辺には耕作地が広がりを見せるが、それも大河の恵みがあればこそ。この国は雨量が少なく、国土の大半が草原であることが示すように植生が育ちにくいのだ。


 皇都の街を守る街壁は存在していても、その周りの耕作地に対しては木製の柵で囲いと、簡易な壁とも呼べないような城壁があるそうだが、それが防衛のために存在し、きちんと機能しているかはわからない。遥か昔の騎馬遊牧民が活躍していた時代には大いに役立ったらしいが、それも遠い過去の話だろう。

 耕作地には民家が点在し、農民と区分される人々が生活している。



 そしてそこから外に目を向ければ、あたり一面草原である。青草が広がり、家畜の群れが駆ける広大なこの草原は、遊牧民が生活をする地だ。あたしたちは家畜と生活を共にし、草原だけでなく山も河も越えて移動し、隣国との交易に一役買っている。




 そんな遊牧民としてあたしは生を受けた。


 アシュリル・トウカン。白に非常に近い薄金の波打つ髪、淡灰色あるいは銀色ともいえる瞳を持ち、トウカン家の二人目の子供としてとして誕生した。



 遊牧民という特性かこの世界では当たり前なのか、家族の中でも全く同じ外見的特徴を持つ者は少ない。

 この国の遊牧を行う人々は他国との交易の担い手でもあるため、様々な人種・文化の融合体として非常に小規模で多様なまとまりを形成している。


 トウカン家も類にもれず、父方の祖父は南の国出身の元旅人兼商人、母方の祖母は王都出身である。



 あたしも家族もそれぞれの特徴がある。

 父は髪も目もこげ茶で肌は浅黒いし、母は金に近い茶色の髪に瞳は灰色。四つ上の姉は父似だが目の色は夜空を彷彿とさせる黒である。


 あたしは顔の作りで見れば母に似ているし、目の色は母に、この髪の色は母方の親戚に似ているらしい。

 そんな家族の中でも多様な違いがある。当然のごとく、それは何ら変なことではなく、普通なのだ。




「アシュリー!

 この子たちにエサ食べさせにいって」


 起きて着替えを済ませた後、まだ眠気が冷めやらぬまま幕屋の中でぼうっとしていたあたしは、母の声を聞いて慌てて外に出た。


 朝のまだ日も昇ったばかりの時間。どことなく薄暗い印象を与える外に、妹たちを自身の前と後ろに縛りつけた母がいた。



「ナンサと一緒にね」

「わかった」


 母はすでに朝食の準備に戻り、入れ違いに姉が馬を連れてこちらに向かってきた。

 あたしを先に馬に乗せると姉は自分の馬に乗る。あたしはまだ体が小さくて、手伝ってもらわないと馬には乗れない。


「行くよ、アシュリー」

「うん」




 目の前にはもこもと揺れる羊の群れ。この群れをエサを食べさせる場所へと誘導しながら馬をゆっくりと駆ける。


 馬に乗ることで高くなった目線によって視界は広がり、草原がその視界のほとんどを埋め尽くす。遠くに見える山々は空の色と混ざり、薄い青色をしてそびえ立っている。



「今日は山のほうへ行こう」


 ナンサはそう言って、羊の群れを山の方へと誘導して行く。

 私は姉の隣に並んで馬を駆けながら、羊が別のところへ行かないように注意を払った。



「かあさん、たいへんそうだったね」

「だね。前にチャナーで後ろにチャウラだもんね」

「とうさんだと、ないちゃうもんね」

「ね」


 二人で母の姿を思い出して吹き出し、どうしてだろうね、と言い合い笑った。


 そのあとすぐに、このあたりかな、と呟くとナンサは速度を落とした。

 すると羊たちは思い思いに散らばり、もう冬間近であるため少なくなった青草を徐々に食べ始めた。


「アシュリーもちゃんと数を数えていてね」

「ん」


 姉はこうやってあたしにも出来る仕事を割り振るのを忘れない。

 あたしは動かないが、姉は点在する羊の食事を邪魔しないようにその周囲を回って数を数えに行った。


 ゆっくり回って戻ってきたナンサは、あたしに何匹か尋ね、互いの数があっていることを確認すると、二人でよしと頷きあう。


「もう少ししたら帰ろうね」

「ん」


 羊の食事が終わるまでの間、姉と二人で羊が逃げないよう注視した。草を食む音と風の音と微かな自分の呼吸音が響いて聞こえるほど、朝焼けに染まる草原は静かだった。





 草を食むのをやめ、頭を上げる羊が徐々に増えてきたので、姉と顔を見合わせる。姉の帰宅の合図にあたしはコクンと頷き返し、羊を誘導しながら帰途についた。



 冬目前の今の時期は空気が冷たく、肌寒さを感じるが、そのツンとした空気によって空は澄み渡り、馬に乗っていることにより高くなった目線と広くなった視界には、果てしない青と緑が映る。


 日常の景色でありながら、この二色の広がりに感動と共に自然への畏怖の念を感じ、鼻の奥がツンとし、視界がわずかにぼやけた。



 その興奮を収められず、あたしはつい歌を口ずさむ。



 姉はあたしが歌を遮ることはせず、うろ覚えながら一曲歌い切った。

 姉はただ、羊も楽しそう、とあたしに笑いながら言った。


 突然訳の分からない歌を歌い出したあたしを諌めるでも、手放しで褒めるのでもなく、思ったまま、見たままを口にする。

 実際あたしが歌い出してから羊たちは鳴き声を上げつつ、素直にあたしたちが誘導する先に向かっているのだ。


 あたしと四つしか変わらないこの姉は、本当に8歳かと思う。


「今度、私にも教えて」


 そう楽しそうに言ったナンサ。こんな姉を持ててよかったと思う。これほど素敵な姉を好きにならないわけがない。


 そのあとは二人ともが知っている歌を歌いながら、時折羊の鳴き声という合いの手を入れながら、楽しく帰宅の道を進んだ。





「「ただいまー」」


 丁度幕屋の外には父がいたので、二人揃って帰宅を告げた。


「おかえり。二人ともご苦労さん」

「うん」

「早くそいつらを柵に入れてきな。そうしたら朝飯にしよう」

「「はーい」」


 返事をした後、姉は馬を降りて馬小屋へと連れて行った。あたしは馬に乗ったまま羊たちを囲いの方へと誘導する。


 大体が柵の中に入った頃、姉が戻ってきて全ての羊を中に入れ終えた。囲いの入り口を閉じ、数を数えはじめる。同じようにあたしも数を数え、最後に二人で数が合っていたのが分かり一安心した。遊牧民にとって家畜は家族であり、財産なのだ。一匹たりとも数の間違いがあってはいけない。


「あとはこの子を小屋につれて行って、朝ごはんを食べさせてあげなきゃね」

「ん」


 馬小屋へ馬を連れて行き、ナンサとあたしの馬のエサを用意して撫でてやれば、気持ちよさそうに鼻を鳴らす。またね、と告げてあたしたちは幕屋へと向かった。



「「ただいまー」」


 扉を開けると、真っ先に朝食のいい匂いが漂ってきた。

 おかえりー、と既に食卓を囲んでいた家族に迎えられ、あたしたちも食卓についた。


 今日の朝食は、家族の誰かが獲ってきたのであろうウサギの肉のスープ。さらに、東にある貿易大国から仕入れた異国の長粒米を炒めたものまである。なぜ異国のものと分かるのかというと、この国で生産される米は短粒米だからである。



「ごうか、だね」

「ね」

「今日は移動の日だからな。しっかり食べて体力つけとけよ」


 はーい、と姉とともに父の言葉に返事をする。そういえば昨晩そんな話を父がしていたな、と寝ぼけながら聞いていたあたしはすっかり忘れていた。


「それじゃあ、いただきます」


 父の食事の挨拶に続き、家族みんなでいただきます、と唱えてから食事を始める。



「言っていたとおり、今日は今回の冬を世話になるタクバク家に向けての移動を開始する。朝食が終わったら家を片付けてすぐに出発だ。

 まず荷物の運び出しを全員で。それが終わり次第、幕屋の解体作業は俺と、父さんと、じいさま。積荷の作業はナンサ、アシュリー、母さん。動物たちの対応をばあさまとパドマで。パドマはチャナーとチャウラも頼む。

 各自作業が終わったら、それぞれ出発の準備を整えておいてくれ」


 皆それぞれの指示を聞き、わかったというように頷いて、食事を再開した。食事が終わったら大忙しだ。体力をつけてしっかり働くためにも朝食はたくさん食べた。






「よし、じゃあ後はそれぞれ持ち場で作業してくれ」


 はーい、とあたしとナンサが声を合わせて返事をすると、父に頭をくしゃっと撫でられ、二人で持ち場に向かった。


 朝食を終え、三つあった幕屋は父たちに早々に片付けられた。

 祖母のトゥリンばあさまとナンサとあたしの三人は、住居から出した荷物を馬の後ろの荷台や、馬や、ラクダに直接のせていく。



 一時間半ほどが過ぎただろうか。父たちが幕屋を全て片付け、それぞれまとめた部品を馬が引く荷台に次々と乗せはじめた。

 既に作業を終えていたあたしたちもそれを手伝う。






「準備は終わったな」


 その父の言葉に我が家の面々は一列になって、先ほどまであたしたちが生活していた方を向いて並び、深く礼をする。



 それは、大地への感謝。自然への畏怖。精霊への愛情。神々への信仰。



 様々な思いを抱きながら、この大いなる恵みに向けて頭を下げる。



 自然と共にあるからこそ、忘れてはならない。

 あくまで、あたしたちは生かされているのであり、この自然がもたらす恵みによって生きていける。


 これはあたしたちにとって生活の一部であり、一種の宗教とも呼べるかもしれない。

 人は常にあるものこそ失念しやすく、そしてそれは最も失念してはならないものなのである。


 この感覚を忘れてはいけない。





「…よし、行くか」


 全てを片付け終え、日も高くなりはじめた時間に、我がトウカン家は冬営地へ向けて出発した。


 出発の日はいつもわくわくする。まだ見ぬ新たな地は、いつでもきらきら輝く水面の如く、希望に満ちている。



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