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またまた  作者: よだか
第一章
2/73

再会への手紙

別視点でお送りします。

次話より主人公視点で続きます。

 季節はもうすぐ夏。



 家の窓からは遠くへと広がる我が家の小麦畑が見え、小麦は間近に迫った収穫の季節を感じさせる温かな夏の風に揺れている。さらに我が家ではこの国の領土を縦に二分するように流れる大河の水を利用して稲作も行っているが、さすがにここからは見えない。割と河の近くに建つこの家を出れば、その河寄りに水田は存在する。そちらの収穫はまだ先だ。



 今日の昼は固めに焼いたパンと具沢山のスープ、そしてすでに食卓に並べられた燻製肉と芋を炒めたものの三つ。父は母の作ったスープをよそい、姉はそのスープを食卓へと運び、俺は食器とパンを並べる。姉がお盆を持ち、台所のある土間から上がってくる様子は見ているだけでひやひやする。

 もうすぐ昼食だが、母と弟はまだ帰ってきていない。



「おかあさん、大丈夫かな」


 姉は誰に尋ねるでもなく、居間の窓から外を見て言った。

 父も同じように窓の外を見て、そろそろ聴こえてくるよ、と言って窓を開けた。室内には外の小麦を揺らす風が緩やかに入り込み、風に乗って心地よい歌声が聴こえてきた。


 ほらね、というように父は俺らを見て、スープをよそいに先ほどの位置に戻っていく。


 姉は、むかえにいってくるっ、と言って外に飛び出して行った。俺は自分のやることが終わったので、姉が残して行ったスープを食卓に運び、奥の部屋の曾祖母を呼びに行こうとした。

 すると曾祖母はちょうどこちらの部屋にやってきて食卓に着いた。


「いい歌だ。今回も豊作だろうね」


 曾祖母は風が運んでくる母の歌に耳を傾け、父は笑ってそうだったら嬉しいね、と曾祖母の右隣に腰を下ろした。俺は母が褒められたのだと分かって頬をやや緩めつつ、いつものように曾祖母の向かいに座った。


 我が家の食卓は円卓で、曾祖母を中心として左隣に祖父が、右隣りには父が座る。さらに祖父の隣には祖母、父の隣には母が座る。これが必ずというわけではなく、両親の間や祖父母の間に姉や弟がいる時もある。絶対という決まりがあるわけではない。



「あ、ウル、今日はじーさまとばーさまいないんだよ」


 三人しか座っていないスカスカの食卓を見ていた俺にそう言った父と曾祖母の間はいつもより空間がある。



「寄合か」

「うん。そろそろ収穫だからね」

「帰ってくるのは夜だろうね」



 寄合とはそれぞれの地区ごとに行われる話し合いのことである。

 この国の王都は国土内を流れる河の真ん中辺りにあり、広大な国土のほぼ中央に位置している。遊牧の盛んなこの国唯一の都市ともいえる“皇都”と呼ばれる街は、その巨大な人口をまかなうために周囲に耕作地帯を備えている。


 我が家も耕作を行う一族で、(さかのぼ)れば遊牧民であったというが、すでに遠い昔のことのようだ。



 皇都の街の郊外にある耕作地帯は区域分けされており、それぞれの区域ごとに緩やかな自治組織が存在し、小麦や米の収穫量や卸量の管理、価格決定などの話し合いの席がもたれる。

 我が家の住むこの地区では寄合は割と頻繁に行われていて、皇都の街から最も遠い地区の一つでもあるからか、住民の自治・管理意識は高いようにも思える。



 今回の祖父母が参加する寄合は、先ほどの曾祖母の言うように収穫に関するものだろう。広大な耕作地の収穫には時間がかかるため、地区の皆で協力をする必要があるのだ。若い者は西に東に駆り出され、子供であっても戦力の一つとして数えられる。

 

 優秀な戦力の一人として数えられる俺も去年は大忙しだった。

 今回の寄合は、恐らくその調整に関する相談だ。貴重な戦力をどう効率よく働かせるか、そこに俺の意見などほとんど反映されることはない。それが当たり前の世界だから。労働児童に関する労働基準法なんて、そんなの甘いぬるま湯のような世界だけの話だ。


 俺は去年の収穫時期の多忙さに思わず眉間に皺を寄せてしまった。



「ウル、あんたは今年も色んなところを働いて回ることになるよ。頑張ってちょうだい」


 曾祖母に表情を見られたようで、苦笑まじりにそう言われた。


「今年はアルスもいないからなぁ。多分ウルにはかなりの仕事が回されてくるだろうね」


 父も苦笑を浮かべていた。

 どこか申し訳なさそうなこの顔は、去年のこの時期に兄に向けていたものと同じである。去年も十分ハードなお手伝いだったが、兄は俺以上に働いていた。

 優秀な働き手として数えられた兄と俺はまだ子供。そうせざるを得ない状況に父はあまり積極的ではない。


 俺がそのくらいの時はほとんど役になんて立たなかったからなぁ、そう言って父は俺に笑いかけ、済まなそうに鼻をかいていた。


 良い父を持てた、としみじみ思う。そんな言葉をもらえるだけで、頑張って働こうと思えるのだから、子供って単純だ。



「だいじょうぶ。アルスもやってたし、はじめてのしごとじゃないから。おれでもできるよ」

「頼もしいなぁ。じーさまとばーさまが帰ってきたら、色々決めような」

「ん」




「ただいまー」


 ようやく母たちが帰ってきたようだ。玄関の方から聞こえる音で、家は一気に明るくなった。

 恐らく姉が玄関を開け、一番に家に入った弟が家の中を走って、真っ先にこの食事を取る部屋へと足を踏み入れた。


「たらいまあっ!」


 まだ上手く舌が回らない弟は、叫ぶような大声を出しながら父に向かって突っ込んで行った。


「ユルク、おかえり」


 さすが父。弟のタックルを平然と受け止め、隣に座らせた。素直に座った弟は曾祖母や俺にも笑顔を向ける。うん、おかえり。



「ただいまー」

「ただいま帰りました」


 姉と母がようやく食事の席に現れた。

 遅くなってしまってすみません、と曾祖母のほうを見ながら言った母は、父と弟を挟むように座った。弟は最近自分でご飯を食べたがるようになった。でもまだまだへたくそで、すぐに食事に飽きてうろちょろしたがるものだから、両脇を父と母で固めているのだ。

 姉は母の隣に座りたいらしく、俺にもうちょっとそっちに行って、と目で訴えてきた。

 それに気づいたので、大人しく右にずれ曾祖母との距離を少し縮めた。



「それじゃあ、いただこうか」


 父の言葉を合図に、皆でいただきますと唱え食事をはじめた。



「今日はどこまで行ってきたんだい」

「今日は南の畑の方に」

「ほらユルク、ちゃんと座って」

「そろそろ収穫だけど、無理をしてはだめだよ」

「はい」

「ねえ、じーさまとばーさまは?」

「今日は寄合の日なの」



 相変わらず賑やかな食事である。

 一歳の弟はすでにじっとしていられず父にたしなめられている。それさえも弟は喜んでいるようだ。姉はようやく祖父母がいないことにようやく気づいたらしく、それに母が答える。

 誰かしらが常に話しており、静かな状況になることなんてまずない。



「そういえば、アルスからの便りはなんて書いてあったんだい」



 曾祖母の言葉に我が家の食卓に珍しく沈黙が落ちる。


 しんとすることもたまにはある。それぐらいこの知らせは皆を驚かせた。



「あ、忘れてた」


 とぼけた声を出したのは父。


「アルスからの手紙?」

「そう。ジルバからの手紙もあったから、後でまとめて読もうと思っていたんだ」

「タクバク家の悪ガキだね」


 曾祖母の言葉に父は少し恥ずかしそうに頬をかく。

 

「あんたら二人のことはよぉく覚えているよ」


 曾祖母はより眉間にしわを寄せて言った。

 それに耳を赤くして項垂れる父。ばばさまは厳しいが嫌味な人ではない。よっぽどのことをやらかしたに違いない。



「この昼食が終わったら、みんなで手紙を読もう」


 気を取り直した父の言葉を合図にこの後は元の食卓の風景に戻り、騒がしいまま昼食を終えた。






「じゃあ読もうか」


 食卓を片付け、再び皆が席についた。


「どっちから読もうか」

「アルスランの方だね」


 間髪入れずに曾祖母が答えた。

 それを聞いて苦笑しつつも、父は兄の手紙を読みはじめた。




―家族のみんなへ

 学校にかよいはじめて三か月がたって、学校のじゅぎょうもりょう生活にもなれてきました。

 学校は楽しいです。友だちもできたし。まほうのじゅぎょうが一番おもしろくて、よくほめられます。

 夏にながい休みがあるけど、実習に参加しないかと先生に言われたので、帰れないと思います。ウルにはがんばれって伝えて。この実習は三学年以上がやるやつで、他の学年で参加する人はほとんどいません。ゆうしゅうな人がえらばれるそうです。すごいでしょ。

 休みの前にはテストがあるのでがんばる。冬の休みには帰るよ。また手紙書くね。

  アルスラン―



「…元気そうで何よりだよ」

「はい」


 曾祖母も母も穏やかな顔でそう言った。父も姉もよくわかっていないであろう弟も笑っている。

 学校に通うため寮に入ってしまった兄のいない生活は三か月たった今も慣れず、家族皆がいなくなってしまった存在の大きさを実感していた。そんな兄の近況報告は喜ばしい知らせ以外の何物でもない。



「じゃあ、次はジルバからのだね」


 楽しそうに手紙を取り出す父だが、その隣の曾祖母の顔には再び眉間に皺が刻まれていた。…一体何があったのだろう。



―拝啓タクバク家の皆様

 日差しが徐々に強くなり、暑さの増す今日この頃。皆様いかがお過ごしでしょうか。

 先日我がトウカン家にて双子の娘が誕生いたしました。長女のナンサ、次女のアシュリルに続き三女と四女になります。そのため、今度の冬はそちらにお世話になりたいと考えており、連絡をさせていただいた次第です。ご無理を言って申し訳ありませんが、よろしくお願い致します。連絡を待ちしています。

  トウカン家を代表して ジルバ・トウカンより―



「おー、おめでたいね」

「この子と同じ年になるのね。それで、お受けするの?」


 母は大きくなってきているお腹を撫でながら父に尋ねた。対する父は、そうしたいけど…、と言いながら曾祖母を見た。


「ばばさま、あとで父さんたちが帰ってきたら考える、ということでいいかな」

「反対はしないよ」

「ありがとう」

「子供のためだよ」


 曾祖母はため息をつきながら、あの悪ガキがねぇとしみじみと呟いた。



「まぁ、とにかく。

 話し合うことは色々あるが、みんなナツァグたちが帰ってきてからだね。恐らく日が落ちてから帰ってくるだろうから、それまでは何もできないね」

「そうだね」


 父はこの言葉に同意を示し、曾祖母はそれぞれにこれからのことを指示した。



「エステルはあとは家でゆっくりお休み。ナンサとユルクは母さんについてておあげ。

 ウルはあたしと一緒に外で勉強だね。

 ルス、ナツァグたちが帰って来た時のために我が家の分の収穫日程の予定を考えておくんだよ」


 各々の指示に皆が返事を返すと、曾祖母はうんと頷き、じゃあ解散と言って席を立った。曾祖母が立ち上がると皆も立ち上がり、それぞれの指示に従った。



「ウル、おいで」

「ん」


 俺は曾祖母に連れられるまま中庭へと出た。

 なにをするかは、分かりきっている。






「さあ、収穫のために魔法の練習だよ」

「ん」



 効率良く働かされるための練習、である。




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