15.
「今日は魔法の練習をします」
盗聴の翌日。
朝食後ばばさまのお部屋に集められたあたしたち子どもを前にして、ばばさまは堂々たる態度でそう仰られた。
訳の分からないナンサとナーシャは、口を開けたまま、ただばばさまを見上げていた。
「その前に、まずは基本的なことの勉強からです。
アルス、学校では魔法の要素について、どう教えられた?」
「えっと、まほうの要素は風、水、地、火、空の五つ。その内の基本が風、水、地、と習いました」
アルスの答えにばばさまは満足そうに頷いた。その目はアルスを視界に捉え、続きを促している。
「人それぞれ、要素の得意・不得意があって、苦手なものほどまりょくの消費量が多かったり、全く使えない要素もある。
使える要素については、『その要素に適性がある』、という言い方をします」
「そう、まずは自分の適性を知ることが重要なの」
そう言ってばばさまは、この先の言葉を続けるか微かな躊躇いを見せたものの、私たちに向き直り先程の躊躇など微塵も感じさせない強さで続けた。
「さて、もし自分の適性、得意な要素が分かるなら、どうする?」
ばばさまの目線の先にはナンサとナーシャ。
互いに顔を見合わせ、先に答えたのはナーシャだった。
「自分に合った要素の練習をする」
「中心的に」
二人の答えを聞きながら、やや大袈裟なくらいに頷いたばばさまは、そうだね、と言って眦を僅かに下げ視線を和らげた。
「でも、ばばさま。自分の適性ってどうやったらわかるの?」
ナーシャのもっともな問いかけに対し、ばばさまは先ほど躊躇したときに見せた真剣な、いやどちらかといえば深刻な表情を再び作った。
まるで内緒話をするかの如く、ばばさまを囲むように座っていたあたしたちに近づき、目線を合わせるためか、ばばさまも床に腰を下ろして、重厚な扉を押し開けるかのようにゆっくりと口を開いた。
「これは、誰にも言ってはいけないよ」
そう切り出された話の内容は、身近に迫った不安という名の風船を抱え込むようなものだった。
「あたしはね、五つの要素に適性があってね、全部の要素を殆ど同じように使うことができるの。
人が魔法を使うとき、それぞれの要素で魔力の質が違くてね。これは説明しても感じられない人には分からないものだから、細かいことは省くけれど…。
そうだね、分かりやすく言えば、色が違う、ということに近いかもしれないね。
例えば、自分が風の魔法を使うとき、感じるのは薄い黄色や緑のような色。水なら濃い・薄いの差はあるが青色、などなど…。
そんな風に、あたしは自分が魔法を使うとき、それぞれの要素の違いを感じているの。
だからね、魔力量を調べるためには、他人の魔力を感じる必要があるでしょう。そのときに、あたしがその相手から感じた色で、相手の適性がある要素がわかる、ということ」
なるほど、と納得した反面、それが可能なのはばばさまのように、全要素に適性がなければならない、ということだと分かる。
そこで、首を傾げたくなるのは全要素持ちという存在の希少性である。
誰もが要素の適性が分かれば、より優秀な存在の育成が可能なのではないか、と思うのは当然のことだろう。そのためには全要素に適性のある存在は必須である。
では、その人材は珍しいものなのか?
「全要素に適性のある人、というのは珍しいが、全くいないというわけではない。でも、国で仕事をしているのは15人くらいだから、とても少ないのは分かるね。
勿論、国民みんなの適性要素が分かればいいんだけれど、たった15人では無理だということも分かるだろう。
だから、普通の人は自分の適性要素が何か、なんてことは知らないんだよ」
国の要職に着く人物や、魔法を使うことを主な仕事とする人以外は、確かにそれを知る手段はほぼ無いに違いない。
それでは、それを一般人が知っているのは普通ではない。
「お前たちには、自分を守る術を身につけて欲しい、とばばは強く思っているんだ。そしてあたしは、お前たちにその力を与えてやることができる。
だから、あたしがこういうことができる、とお前に話してしまうことで膨らむ危険よりも、あたしや家族は、お前たちを護る、と決意しているんだよ」
ばばさまの真摯な視線に、魔法など少しも使っていないことは分かっているのに、まるで燃やされそうなほどの熱さを感じる。
話を聞けば聞くほど、ばばさまの存在の重要性や希少性が理解できる。
そんなばばさまが今このように普通の生活をしていることにも、何か理由があるのかもしれない。しかし、あたしたちという今後様々な目に触れやすい子どもにこの話をするということは、ばばさまという稀な存在の証明にもなり得る。
それはきっと、ばばさまにとっては歓迎されることでは決してないだろう。先ほどの躊躇いや深刻な表情からも、それはよく分かる。
それでもばばさまは、あたしたちにわざわざこの話をしたのだ。
「最初に話したことに戻るけど、このことは、誰にも言ってはいけないよ。
この家の外では、自分の適性なんて知らないふりをしなさい。知っているとばれていいことなんて、お前たちにもあたしにも一つもないんだからね」
よくよく気をつけなさい、と締めくくられたばばさまのお話は、改めて抱えた不安とその先に鎮座する危険を理解するには十分なお話であった。
「あと、これはおまけ」
ついさっきまでのシリアスな雰囲気から一変して、アニスばあさまと話しているときのように、その黒目がちの目を悪戯っ子を彷彿とさせる、全然隠しきれていない輝きを零しながら、笑顔であたしたちに爆弾を落とした。
「全要素持ちの全員が、他人の適性が分かるわけではないの。あたしが魔法省で働いていたときは、あたし含めて5人が出来た。
そう、5人しか出来なかったから、実はこのことは殆どの人には知られていない事実なの。まぁ、国王は知っていると思うけど」
あまりにも直視したくないことをあっさりと告げられ、あたしはぼんやり口を開けて、間抜けな顔でばばさまを見つめることしか出来なかった。
平凡な日常が駆け足で遠ざかる。
「だから、適性が分かる、なんて話は滅多なことでは信じられたりはしないけれど、用心しなさい。ごく一部の知っている人は知っている、ということなのだから」
ばばさまは粗方話し終えると、ばばさまから見て左手側から順に、ナーシャ、ナンサ、アルス、ウル、あたし、と座っている順に各個人の適性を調べ始めた。
以前ばばさまにやってもらった魔力量を知る方法同様に、他人の魔力を感じることで、その相手の魔力量や魔力の強さが分かることに加え、その人がどの要素に適性があるかも知ることができる。
普通に考えればここにいる全員が、すでにばばさまに魔力量を調べてもらっている筈である。恐らくもう分かっているのだろう。
それでも、ばばさまはもう一度あたしたちの手を取り、体内を巡る魔力に五感を傾けてくれている。
ナーシャとアルスとウルは風、ナンサとあたしは火、と教えていただいた。
「うん、それぞれの血筋だね。適性は遺伝しやすいんだ。遺伝っていうのは、自分の親、あるいは祖父母と同じものを持っていることを言うの。
うちの子三人が風が得意なのは、お母さんのエステルに似たんだろう。トウカン家の二人が火が得意なのは、あんたたちの祖父、マチェイからだろうね」
そうだったのか、と今日はばばさまの話を聞いてずっと感心しっぱなしのような気がする。様々なことを学ぶ機会を得られたことに幸運を感じるが、せっかくの機会になにもメモを取っていなかったことに気付き、少し反省したのはここだけの話である。
「午前中はここまでにしよう。
魔力を調べるのにも魔力を使うからね。一度昼食をとってから、午後は実際に魔法を使ってみよう」
はーい、と子どもみんなの返事が重なる。
アルスが真っ先に立ち上がり、ナンサに手を差し伸べて立たせると、ちゃっかりその手を握り食堂へと誘導して行った。ナーシャはその様子を見て不満たらたらのようであったが、二人に続いて出て行った。
出遅れたあたしたちは、特に急ぐ必要もなく、二人で申し合わせたわけでもないが、互いの様子を見てゆっくり動くことにした。
とりあえず、あたしは先ほどの話から学んだことをウルから紙とペンを借りて、書きまとめたかった。他にも色々と聞きたいことがあったので、ウルにその旨を伝えようとしたところで、ばばさまが口を開いた。
「お前たちは、特に、気を付けなさい」
「ばばさま」
「うん?」
そうか、こいつは面と向かって訊けるのか。
あたしはまずウルに相談してから、と考えていた。あたしもアニスばあさまになら、訊けたのかもしれない。
「なんで、うそついたの」
それを聞いたばばさまは特に驚いた様子や焦りといった感情など微塵も見せなかった。水面に広がる波紋のように、静かにけれど何処か眈々と微笑んだ。
思わず、こちらの背筋が凍るような笑みを向けられた。
「そう。どこが」
嘘に聞こえたの?
恐らくそう尋ねたのだろう。省かれた問い掛けの言葉は、直接問うたウルだけに向けられたものではないようだ。ばばさまのオリーブ色をした黒目がちの目と目が合った。
「うそというより、なんでおれらに、“てきせい”の話をしたの」
ばばさまは目を細めただけでなにも言わない。ウルはさらに続ける。怖気付いた様子は見られない。
「てきせいについて、本当のことを言わない方がいいでしょう」
だって、バレたら困るものね。
ばばさまも、知ってしまったあたしたちも。
「だから、さっきの話は、本当のことだけじゃなくて、うそもあるのかなって」
当然秘密を知る人間は少なければ少ないほど、漏れる心配が減る。
こんな国家機密的な内容をわざわざ子どもたちに教える必要はない。この情報が明るみになった場合、希少なばばさまは勿論、このことを知っているあたしたちにも何かしらの危険が及ぶことは間違いないのだから。
それなのに、そんな安易なことをばばさまはするのだろうか。
答えは、否、である。
あたしは、いやここにいた全員が、先ほどのあたしたちを案じるばばさまの熱い目を見ている。
あれは嘘ではない。
「うん、そうだね。本当のことだけではないね」
口調は穏やかだが、目は笑っていない。
「まず、お前たちに言えることから。
あんたたちの適性は全部。どの魔法も使えるよ。まぁ、今後の練習次第ではあるがね」
あたしたちは小さく頷く。
確かに、あの時ばばさまは、“得意”という言い方をしていた。
「さて、どこまで話したものかねぇ…」
あたしたちが適性についてはあっさりと納得した為に、ばばさまとしては上手く丸め込む当てが外れたのだろう。言葉を濁し、見かけ上は一応考えるそぶりを見せている。
「そうだねぇ。
全要素持ち皆が、他人の適性が分からない、というのは本当。でも、全要素適性ありの人でなくとも、他人の適性が分かる人もいる。
このことも含めて、他人の適性を調べられる、ということは国のお偉いさんなら皆知っていることなの」
公然の秘密、という感じなのか。
「それに、適性が分かるということが、必ずしも役立つとは限らないの」
要は、適性が風しかなかった人がいたとする。その人は他の要素と相性が悪く、風魔法しか使えない。そんな人の適性は一目瞭然である。調べるまでもないのだ。
「全要素に適性がある人、という存在は勿論希少で有用だけれど、適性を調べる、という点では、あまり意味のある存在ではない。
この存在の価値は別のところにあるの」
ばばさまが一度言葉を切ったところで、思わず身を乗り出していたことに、あたしたち二人して気付き、やや肩を窄めながら体制を整える。
ばばさまもその様子を見て、背筋を伸ばし、改めてあたしたちに向き直ってくれた。
そして。やや躊躇いがちに口を開いたかと思えば、放たれた言葉は重く重く、あたしたちに渡された。
「全要素適性持ち、あるいはそれに準ずる才能を持った人はね、国の、戦争の道具のようなものなの」
何の感情もこもっていない微笑を向けられながら、あたしたちは受け取った言葉の重さをじわじわと感じ始める。
常に間近にいる闇が、此方に近づいて来たような、そんな気がした。




