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またまた  作者: よだか
第一章
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9.


「アルスが帰ってくるんだ!」


頬を上気させ、興奮して告げられた言葉の意味は全くわからない。

なんのことかを問うても、舞い上がったコイツの口から出るのは支離滅裂な言葉だけ。

学校が終わった。新年が近い。寮から戻ってくる。第一学年が終わって、来年は学年が上がる。優秀な成績らしい。母によく似ている。学校は春からだ。………。


うるさい。

このひたすら話し続ける様は、ある意味尊敬すべき点なのかもしれない。

でもうるさい。

要領を得ず、列挙するだけでは相手に分かってもらえる訳がない。このおバカにはそれを教える必要があるらしい。



「ようてんを、まとめてから、話して。

まずは、だれが何をするって?」

「アルスが、帰ってくる」


ウル、あたしはそれが誰だか知らないんだよ。


「アルスって、だれ?」

「あ、おれの兄。4つ上で、今年から学校にかよってる」


気付いたようだ。よかったよかった。


「んじゃ、そのアルスが、いつ、なんで、帰ってくるの?」

「今日。学校がおわるから。学校は、年が明ける前におわるんだ。そして年が明けて、春からあたらしい学年になる」

「なるほどね。はい、今のこと、まとめて言ってみて」

「えーと、おれの兄のアルスが、年明け前に学校がおわったので、りょうから家に、今日帰ってくる」


よし、と大袈裟に頷いてやれば、ウルは随分自慢げな表情をしている。もうこれはドヤ顔の域に達しているといってよいだろう。あたしはちょっとムカついたので、おでこにデコピンを食らわせてやった。



「いって」

「アンタがドヤがおするな。あたしのゆうどうの、おかげでしょうが」


そもそも、コイツはあたしの貴重な読書の時間に乱入して来て、なおかつ要領の得ない話のせいで時間を無駄にしたのだ。多少の嫌がらせくらい許されるはずである。



「で?」

「ん?」

「兄が帰ってくるから、ってだからどうしたの?」

「え、帰ってくるよっていうほうこく」


尋ねたあたしに対し、こてんっ、と首を右に傾け目を丸くしてむしろあたしに問いかけてくるウル。

男がやっても可愛くないわ!と言いたいところだが、母似のコイツの顔は幼さが前面に出つつも、あの美人の血を色濃く感じさせる。エステルさんの見た目は大人なキツ目の美女という感じだが、子ども特有の可愛らしさはそのキツさを緩和させ、格好良さと可愛らしさがバランス良く共存している。ようは、こんな顔なら男の子でも首を傾げるという動作は可愛い、ということだ。

溜息もつきたくなる。



「はぁ、それで?」

「ん?」

「その兄はいつごろ帰ってくるの?」

「たぶん、もうすぐ」

「はあっ⁉︎」


何を言っているのだこのバカは。

もうすぐ?

じゃあ、コイツはあたしに報告に来たというよりも、部屋から出てこいと呼びに来たということなのか。


「ばばさまがみんなを外にあつめたから。それで、アッシュもよんでこいって言われた」


…ああ、頭が痛い。

なら、そう言えばいいだけの話ではないか。いや、もう何も言うまい。

あたしは読んでいた本に栞を挟み、元の場所へ戻してウルについて外に出ることになった。





あたしが今まで本を読んでいたのはばばさまのお部屋で、熱を出して寝込むという失態をやらかしてから、ばばさまにお許しをいただいて頻繁に出入りさせてもらっている。

あの高熱を出した日、あたしは結局起き上がることができずそのまま2日間を寝て過ごした。何度か目が覚め、お手洗いに立ったりしたが、まともに歩くこともできず、あたしはベッドの住人と化していた。

寝込んだ日から3日目、ようやく熱が下がりまともな視界で周りを見ることができるようになった。起き上がってから真っ先に気がついたのは、ベッドの向かいの壁一面に備え付けられた本棚に綺麗に並べられた本だった。

ベッドから抜け出し、その本棚の目の前に立って眺めれば、物凄い圧迫感があたしの小さな体にのし掛かる。本棚の高さは天井まであり、横幅は左右の壁の端から端まであって大きさ的にも巨大である。さらに、詳しくは分からないが並べられている本もどこか古めかしく、古文書よろしくお高そうな雰囲気を醸し出している点も、このプレッシャーの一因だと思われる。

手に取って見てみたいが、人様のものに勝手に触るのは如何なものかと思うので、向かって左側から書棚に並ぶ背表紙を眺め始めた。


文字はまだ少ししか読めない。

遊牧の生活に本は重く、町の近くに根を下ろすときぐらいしか本に触れる機会はない。新聞はなぜか毎日家にあるが、アニスばあさまかトゥリンばあさまの持ち物なのかいつもどちらかが読んでいるので、文字が対して読めないあたしが貸して欲しいとは言いにくい状況である。

もっときちんと文字を学びたいが、脳筋の父は取り合ってくれないし、そう言うとますます武術関連の教育を推し進めてくる。他の大人もまだいい、と言ってまともに取り合ってくれない。

確かに子どもに文字を教えるよりも、少しでもモノになる狩猟技術の方が将来役に立つ。学びは学校でできるのだから。


そう、ここはそういう世界なのだ。

獲物を獲れなければ、

馬に乗れなければ、

家畜たちを育てられなければ、

遊牧民あたしたちは生きていけない。



西洋風に革張りで閉じられた本の背表紙が主に並び、そこに書かれた文字を見ながら少しでも読める文字があると嬉しくなる。

湊のとき、割と勉強は楽しかった。

やればやっただけ結果の出る勉強が、あたしは嫌いではなかった。湊はいかにも運動部という見た目だったので、成績が良いと知れると驚かれた。失礼な話だ。


江戸時代の日本の本のように、紙が紐で閉じられただけの冊子も幾つか見られ、それらもこの並びの中に混ざっているところをみると、何かきちんと意図されての並びなのだろう。


大体半分くらいまで眺めたところで、後ろから声をかけられた。



「もう大丈夫なの?」


問いかけに振り向けば、ばばさまとウルが部屋の入り口に立っていた。


「はい、もうげんきです」

「そう。でも病み上がりなのだから、まだ横になっていなさい」


有無を言わさぬ口調でそう告げられた。

早くベッドに戻りなさい、と猫のような目は雄弁に語る。


大人しく寝床に戻ろうとすると、ばばさまが手を貸してくれ、背に枕やクッションを重ね体を起こしやすいようにしてくれた。ばばさまはあたしのいるベッドから見て、左手にある自分のベッドに腰掛けた。それを見て、前回と同じようにウルはあたしの右側に椅子を持ってきて腰掛けた。



「うん、顔色が良くなったね。

さて、今回のことについて、話しておくことがあるんだよ」



ばばさまのお話によると、あたしは魔力を突然、初めて、それも大量に消費した為に体がついて行けず、その反動が熱という形で現れたのだろう、という話だった。ようは慣れない筋肉を使った後に筋肉痛が来るようなもので、徐々に慣らすように練習を重ねれば大丈夫らしい。


魔力の放出もほとんど始めてのことのようで、いきなり今まで有り余っていた魔力が体内から出て行けば体が驚くのも当然だ、だからあまり気にする必要はない、とどうやらあたしはばばさまに慰められたようだった。


「魔力と心と体ってのは、密接な関わりを持っているようでね。どれかの均衡が崩れると他のもの引きずられるんだ。今回のアシュリーはまず魔力を大きく使ったからね。それに引っ張られる形で、体調を崩して、精神も不安定になりやすかったんだ」


あたしは自分の状況を改めて省みると、 確かにあの時の自分は妙にネガティブであった。どんどん思考が深く沈んでいき、光なんてないと真剣に思ってしまうような気分の落ち様であった。



「詳しい魔法の話は、体が癒えたらね。それまではこの部屋で魔力と体調の回復に務めなさい。この部屋からはあまり出ないように。気になるならそこの本好きなの読んでいいし、暇ならウルを呼んでもいいから」

「えっ」


突然の申し出であったが、どうやらウルも知らなかったようだ。驚いて漏れ出た声の方を見れば、何か言いたそうなウルの姿が見えたが、ウルは何も口には出さなかった。


「この部屋は色々特別でね。早く体を治すためにも、なるべくこの部屋で過ごしなさい」

「は、はい」


特に強い口調ではないのに、従わざるをを得ないような雰囲気を醸し出しているため、あたしは戸惑いながらも肯定の意思を示す。


まあいいか、と納得したあたしは、これを機に文字の勉強ができると考え、少しばかり浮かれていた。

詳しい魔法のことやこの部屋の特別なことなど、聞きたいことは多々あったが、このときはそれでいいやと流してしまった。

…諸々の詳しい話は、まだ聞けていない。


自分のこのお気楽な性格は長所でもあり短所でもある、と大学入試の際のエントリーシートの中身を考えていた時のことをふと思い出した。



それじゃあね、と言って立ち上がったばばさま。

そんなばばさまにお礼を言うために引き止めるあたし。

同じようなことがつい先日もあったな、なんて思いながらもお礼をのべれば、同じように愛しむような目を向けられ、頭を撫でられ、ばばさまはそのまま部屋を出て行った。



そのような流れでばばさまから本を読む許可を得、さらにウルが文字が一通り書けて読めるということを知り、あたしはテキストと先生を手に入れるに至った。早々に先生の方は用無しとなったが。




それから3日。ばばさまの部屋に居候し始めて5日目を迎えた今日、食事以外ではじめて部屋から出るよう言われた。

1階のばばさまのお部屋から出て玄関の外に行けば、タクバク家はもちろんトウカン家の面々も揃っていた。しかしよく見ればルスティムとエステル、ウルの両親の姿が見えなかった。

そんなあたしの様子に気づいたのか、ウルがすぐに教えてくれた。


「父さんたちは、アルスをむかえに行ってるんだ」


どうやらこのあたりに実家のある学校の寮で暮らす子供たちは、まとめて馬車に乗って帰ってくるらしい。この所謂年度末の帰省の際には寮が閉まるので子供たちは皆帰省しなければならず、その帰省手段は学校側で用意してくれるらしい。遊牧民でなおかつこの時期に王都周辺に来ていない場合など遠方に実家がある場合には、転移魔法の使える人が一人一人を個別に送迎するが、ここは端ではあるが一応王都。地区ごとまとめて送迎されるらしい。それほど転移の魔法は難しいようだ。そんな常識も学んでいかなくては。

そのため、この地区の子らがまとめて降ろされる場所にウルの両親は迎えに行っているようだった。


ウルとの話が一段落ついたところで、ばばさまとぱちっと目があった。玄関の脇に置かれたベンチに腰かけたばばさまはあたしを手招きしている。ウルの位置からは見えなかったので、あたしが後ろを見るよう促せば、ウルもばばさまの姿に気づく。二人で招かれるままばばさまの元へと向かった。



「アシュリー、座ってなさい」


そう言いながらばばさまは左手で空いているベンチの座席部分をぽんぽんと叩いた。

あたしは促されるまま、ばばさまの左隣りに腰かけた。ウルは手持無沙汰気に目の前に立っている。残っているベンチの空きスペースでは座れないからだ。

するとばばさまは立ち上がって、ウルに座るよう言うと、今皆がいる家の前の少し開けた場所の、麦畑と麦畑の間にあるタクバク家へとのびる幅広い道の少し手前で、道幅の中央あたりを見据える位置で立ち止まった。

その傍にアニスばあさま近づき、二人で何か相談しているようだった。



そしてばばさまの右手が指揮者のように振り上げられると、この辺りの風がふわっと舞い上がるのを感じた。ずいぶん奥の方に見えるの道路の土埃が上がったのを見ると、ずいぶん広い範囲のことらしい。相変わらずこのばばさまは凄すぎるようだ。

それを確認したばばさまは、アニスばあさまが持っていた小さな袋を受け取ると今度はそれを右手で軽く真上へ投げた。すると、袋の中身がばばさまの風で上空に広がり、まるで紙ふぶきのような細かいものがはらはらと落ちてきた。

突然の光景を見上げ見惚れていると、

「あ」

という隣から聞こえた声に反応して、自分の正面に目を向ける。



まっすぐ伸びる道路には馬の姿が3つ見えた。

どうやらこれはばばさまからの帰宅のお祝いのようだった。



あっという間に3人をそれぞれ乗せた馬が到着した。

まず父親のルスティムが馬上から降り、そのすぐ後に馬から降りた母親のエステルに任せると、子供の馬から降りるのを手助けに行った。

馬の手綱を父に押さえてもらって降りた子供は、大きい声で帰宅を告げた。


「ただいまっ!」



ばばさまの様々な色の歓迎が舞う中、うれしさの弾けた笑顔を浮かべた顔は、確かにエステルに似ていた。




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