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靴擦れ   作者: フジイ イツキ
2/7

かおりの秘密とピンヒールの別れ

ピンヒールを履いている新社会人の結城かおり。

今回は、かおりの視点お話が流れます。

ピンヒールを履く理由や、それに伴う隠された謎が少しずつ明らかに。そして、高杉との接点が。

 結城 かおりは、東馬(とうま)とのセックスの途中で帰りたい気持ちでいっぱいになっていた。

「……へぇ。おまえ、以外に口ですんの上手いじゃん? けっこー今まで、男とやってたんだろ」

 絶頂に達した後、肩で息をしながら東馬はかおりを見下ろして言った。かおりはそれに返事することなく、すぐベッドから降りて洗面所で口に溜まった精液を出した。ビニール袋に覆われているコップを取り出し水を注ぎ、口の中を何度も濯いだ。顔を上げ、鏡に映った自分の顔を見ると長く黒い髪は乱れ、眉間には皺が寄っていた。

『私、なにやってんだろ……』

 互いの友人の結婚式で意気投合した東馬との交際期間は1ヶ月だったが、同じ時間を過ごすたび、かおりはもやもやした迷いがあることを感じていた。

 シャワーを浴び、ホテルから出る間際に東馬がヴィトンの財布をジャケットから取り出してかおりに、

「おまえ、半分出せな」

 もう片方の掌を差し出した。かおりは、小さな溜息を吐いて渋々財布からお金を出した。

『ホテル代まで割り勘なの? 食事代や映画代とかみんな割り勘。東馬は実家暮らしで、けっこうセレブな生活しているって言うじゃん? こっちは、一人暮らししてるからこういう出費、イタイんだよなぁ……。初任給上手くやりくりしないといけないよ……』

 昼間の横浜駅周辺は休日で出かけている人たちで溢れていた。ホテルから駅までの道のりを、かおりは東馬と並んで歩いていたが、行き交う人と人の隙間があまりないため行き交うたびに東馬の後ろを歩いた。お店のセールやカラオケの呼び込みをする声、行き交う人の話し声がかおりの耳にぎゅうぎゅうに入り込んでいた。

『帰りたいな……。音楽聴きたいな……』

 かおりは周りの雑音と東馬と過ごす時間から現実逃避するかのように、思いを膨らませた。

「……だよな?」

「えっ?」

 東馬の声が耳にかすり、かおりがはっとした。切れ長の目をしていた東馬の目がひんやりとした冷たさを感じさせていた。

「なに? 話きいてねーじゃん。おまえ、今度もう少しヒール高いの履けよ。俺とのバランス悪いから」

「え。これでも、結構ヒール高いんだよ? 7cmもあるし……。それにこれ以上高いとちょっと歩くの自信ない」

「は? 俺とつりあい取れないよーじゃダメだよな? だから、ちゃんとピンヒールの靴とかサンダルとか履いてんだろ? じゃぁ、もーすこしがんばれよ?」

「……」

 東馬が皮肉を吐くとかおりは眉間に皺を少し寄せ、両手をぎゅっと握り悔しさを堪えた。出来ることなら、東馬の前から走り去りたいくらいだったが、ピンヒールが歩くことさえ抵抗していた。履きなれないピンヒールに、かおりの両足はすでに靴擦れがあちこちにできてしまい、歩くたびに小さな痛みが身体を響かせていた。

『“今回も、違うみたい。はやく解けないかしら……”』

 靴擦れだらけの足元をみつめ、かおりは涙を堪えた。

 横浜駅に着くと駅構内の柱にもたれかかり、かおりは足を休めた。相変わらず人が多く行き交う人たちが、不規則に流れていたのを見ていた。

「じゃぁ。俺、行くとこあるからここで。またな」

「うん」

 東馬はかおりの前から立ち去ると直ぐに、スマートフォンを手に取り歩いていった。改札を抜け、見えなくなるのを見届けると、かおりはほっと胸をなでおろした。ようやく息が吸えるような思いで、鞄の中からipodに繋いでいたイヤフォンを耳にかけ音楽を流した。耳の中から流れる爆音が駅の雑音を全て消していた。ストレイテナーの曲に耳を傾け、かおりは安心した。

 まだ、15時過ぎだったが足の痛みが駅周辺をウィンドーショッピングする気力を失わせていた。アパートに帰ることにしたかおりは、電車ではなくバスに乗ることに決めた。横浜駅からアパートまで電車を使うと乗換えを2つ更に、駅からバスに乗る。時間はかかるが、乗り換えなくアパートの近くの停留所まで行けるバスに乗ることで、少しでも足を休めたかったのだった。

 バスターミナルでは、たった今出発した後のため並んでいる人はなく、かおりは先頭に立ち次のバスを待つことにした。春風が心地よく、羽織っていたスプリングコートを脱ぎ片手で持つと、丁度良い体感温度になった。耳の奥で振動するドラムのリズムや、奏でる音にかおりは目を閉じた。

『東馬と一緒に居るより、心地いなぁ……』

 かおりは息を大きく吸い込み、それをゆっくり吐いた。

 バスが5分ほど経った後、かおりの前に到着した。バスの扉が開くと、かおりはICカードを鞄から取り出しそれを通して最後尾の端の席に座った。持っていたコートを膝にかけ、窓の外を眺める。タクシーやバスが駅前のターミナルで混雑していた。バスが動き出しても、かおりはずっと窓の外を眺めていた。バスに乗りこうして景色を眺めるのは好きだった。窓の外には、様々な人の暮らしぶりや人間模様が一瞬のショートムービーのように見ることができるからだ。公園前で停車すると、桜の花びらが風に流れピンクの絨毯のように公園の地面が敷き詰められていた。公園は、家族連れで賑わい、広場を駆け回る子供とお父さんや、中にはシートを広げ少し遅いお花見をしている家族も見えた。桜は散りかけ、所々で葉桜になっている木もあった。今年は4月初旬に満開になり、かおりが入社式を終え通勤し始めた頃が一番見ごろだった。バスと併走して走るマウンテンバイクにのった中年男性の姿を目で追う。道端に咲いていたタンポポの綿毛がペダルを漕ぐ足で蹴散らされ、綿毛がふわっと舞い上がり風に乗った。

 その瞬間、かおりの中でもやもやしてた迷いが蹴散らされ気持ちが一つに固まった。

 鞄の中からスマートフォンを取り出して、東馬に明日会えるかメールして返事を待った。返事はその日の夜遅くに“明日から出張だから、帰ってきたらメールする”と短い返事が届いた頃には、かおりはすっかり熟睡していた頃だった。


 東馬の帰りを待ち続け、その間メールや電話は一切なかった。雨の日が少しずつ増え、もう直ぐ梅雨入りと予想されている話題がテレビや会社内でちらちらと出始めていた。

「あー。月初ってゆーうつよねぇ。必ず残業になるんだもん」

 カフェでランチを一緒にしている同期の美由希が溜息と一緒に言葉を吐いた。

「そーだね。月初が終われば15日前後とあと月末でしょ。カレンダー見るのが怖いよ」

「うんうん。なんかさぁ、OLって言えば定時で上がってその後飲み会とかカラオケとか楽しめるのかなぁーって、思っていたけどさ」

「会社とアパートの往復の毎日よね」

「そうそう!」

 美由希が頷くと、さらさらとしたセミロングの髪が揺れた。

「今日も雨で気分も少しぱっとしないしね」

 かおりが遠い目をして窓の外を眺めた。カフェの外はオフィス街のためビルが立ち並んでいたが、こころそこにあらずの様子を美由希は感じていた。

「彼氏から連絡ないの?」

 心配そうに美由希はかおりの顔を見ていた。

「あ……うん。そうなんだ」

 かおりが視線を自分の足元に落とすと、美由希もそれを追って目を止めた。

「あのさ、辛いじゃん? 足に合わない靴とか履くの。見てて痛々しいもん」

「――――!!」

 美由希の言葉にかおりは、目を丸くして息をのんだ。

「そのピンヒール、彼氏が押し付けたって言ってたよね? その彼氏も音信不通なのに、結城さんはまじめにいつもそれを履き続けてるなんてさ。もう…いいんじゃない?」

 美由希は視線を上げて、かおりを伺うように見ていた。

「そうんなんだよね。もう、気持ち決めてるんだけど。ちゃんと会って話そうと思ってたから」

「もう一度、連絡してみたら?」

「そうだね。うん」

「よしよし。留まってもやもやしているより、行動あるのみ。もしさ、ちゃんと吹っ切れて前に進んでもいいかなぁーって思ったらさ」

「え? 思ったら……なに?」

 美由希はおずおずと、かおりを上目でみながら

「前向きに、合コンでも行って見ないかなって。友達に誘われてるんだけどさ、どーかなぁって」

 そう言った。その様子を見てかおりは、思わずふっと笑ってしまった。

「美由希ちゃんそれを待ってた?」

「そーだよ。だってさ、これも、OLの楽しみじゃん? 今のうちならではだと思うしさ。出会いがある内が大事よって、おねーちゃんが言ってたから」

 美由希の笑顔につられ、かおりも顔がほころんでしまった。

「それもそーだね。今日、あいつに連絡してみる。もし、会えなくても決着つけようと思うから」

「ん。そしたら、その見るに耐えないピンヒールは履き替えてね。ほんと、足痛めすぎだから」

 心配げに美由希に言われ、かおりは小さく頷いた。


 月初は残業になることは覚悟のうえだったが、22時を回りようやく退勤できた。夕方から夜にかけて雨足が強くなっていた。会社を出たかおりは、腕時計を気にしながら駅へ向う。住んでいるアパートから駅までは距離があるため、かおりは桜台駅からバスを使っていた。仕事が残業になるときは、たいてい最終のバスに乗るようになっていたが、出来るだけ乗り過ごさないよう時間を気にしながら仕事を片付けないといけない焦りもあった。

 会社のある駅に着き、傘を閉じてふと顔を上げると、タクシーに乗り込む東馬を見つけた。

「東馬っ!!」

 声を張り上げてかおりが呼ぶと、その声に気がつきこちらを向いた。かおりは傘を再びさして東馬の所へ駆け寄った。

「出張、帰ってきてたの?」

 東馬は慌てた様子でタクシーの中を隠すような仕草をしていた。

「東馬? お友達?」

 タクシーの中から、和服姿の中年の女性が顔を覗かせかおりを見た。

「そ、そうだよ。母さん」

「あら、そうだったの。その方も東馬と栞さんの披露宴にいらしてくれるのかしら?」

 東馬の母親は小さく微笑み言葉をかけた。かおりは、その言葉に耳を疑うこともせず母親ににこりと「ご結婚、おめでとうございます」

 笑みを見せ伝えた後、表情を強張らせ右手を思い切り振り東馬の頬を叩いた。

「私とは、遊びだったわけね!? 寝るだけ寝ておいて。サイテーな男よね!? さよならっ!!」

 啖呵を切ったかおりはそのまま駅に戻り、振り向くこともなく改札口を通過し去っていった。

 愕然とする思いと怒りと惨めな思いがミックスされ、感情はただただ興奮していることは確かだった。ホームで電車を待っている間、鞄の中からipodを出し耳にイヤフォンをかけ音楽を流した。電車の通過する音と激しく降っている雨音で音楽は弱弱しく聞こえてしまい、かおりはヴォリュームを少し上げた。ヘビーローテーションで流れているストレイテナーは、ずっと気に入って聴いているバンドだった。今は特に、傷ついた心に曲が沁みこんだ後、なだめられるように気持ちを落ち着かせてくれているようだった。

 電車を乗り継ぎ、桜台駅に着いた頃にはバスは既に最終を待つしかなかった。雨が更に強く降りつけ、バス停の屋根から流れ落ちた雨が地面を強く叩きつけ、かおりの足元を濡らしていた。足先は既に雨で滲みこんでしまい冷たく気持ちが悪かった。

 最終のバスがバス停に来て扉が開いた。

「桜中学校行き、最終です」

 アナウンスはかおりの耳には届かず、機械的に鞄からICカードを出して乗車すると最後尾の座席に座り、ようやく疲れた足を休めることができた。足元を見た瞬間、かおりの目に涙がぽろぽろと溢れ出ていた。

『美由希ちゃんに私の秘密、見抜かれたのかと思っちゃった……。東馬は私の運命の人ではなかった。その証拠がこれよね……』

 ピンヒールで靴擦れだらけだった足は、東馬と別れた後すっかりきれいに治り痛みすらなくなっていた。

『いつになったら、これは解けるんだろう。いつになったら、出逢えるんだろう……』

 涙を止めるために目を閉じたかおりは、そのままバスに揺られ眠ってしまっていた。

「……さんっ! お客さん、起きてください」

 遠くで人の声が聞こえ、肩を叩かれる感触に気づき目を覚ました。

「――――!!」

「よかったー。やっと、起きてくれましたね」

 顔を上げると、高杉がかおりに話しかけていた。口元が動いているが声が聞こえなかったことに気が付いたかおりは、イヤフォンを外し急に焦りだした。

「えっ? ここ、どこですか?」

「終点です。桜中学校前。いつも、ここで降りるでしょう?」

「え……? はい……」

 かおりは高杉の顔を、もう一度よく見た。

『そう言えば、この運転手さんいつも帰りのバス運転している人だ……』

 色白で鼻筋の通った少し堀の深い顔立ちをしていた高杉の顔を、かおりは初めてしっかり見ていた。

 高杉は、イヤフォンから弱弱しく音漏れしていた音楽に気がつき視線をそれに当てると、かおりもそれに気が付いて手元を見た。

「いつも、聴いてる音楽って、なんて言うバンドですか?」

「テナー。あ、ストレイテナーです」

「ストレイテナー……。あ、いつも少し聞こえていて、いい感じだなぁって思ってて。今度、聞いてみます」

 穏やかに笑みを見せ高杉がそう言うと、かおりは少しほっとした。

「いつも、音大きくして聞き入ってるので、うるさいって注意されるのかと思っちゃいました」

「あー。そうだねぇ。ほどほどに。耳にもよくないでしょうからね。あと……」

「?」

 かおりは高杉がさらに視線を落としたことに気がつき、足元を見た。

「いや、いつも大人っぽいのを履いているなーって。ヒール細くて歩きにくそうだけど。女の人って大変だね。僕なら、ころんじゃいそうだからさ」

「あは。そうですよね。これ、今日でおしまいなんです。もう、ピンヒールはかなくてもいいから」

 清々しい笑顔でかおりは高杉に言うように、自分にも言い聞かせた。


 

 

 

 

 


 

   

 

 

  

高杉の話の後、直ぐ繋がるようには書きたくなかったので、読まれた方は少し戸惑われてしまったかも。すみません。

ストーリー中に出てきたバンドは実在します。作者のお気に入りです。イメージしている曲がありそれを聴きながら書いてます。

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