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本日発売!
【新入生アンケート特集号】美舟千波は本当に猫でした
一部五十円!
まさに『魂の一枚』と表現するほかはない、すげえ写真を俺は撮る!
それは正しく『二十一世紀の日本を記録する』一枚であり、かならずや『名東スポーツ新聞』の一面トップを飾り、それどころか日本中――いや、世界中のマスコミに配信され、あらゆる賞を総なめにし、美術館やデパートの作品展には長蛇の列ができ、超一流の出版社が写真集の出版権をめぐって血みどろデスマッチを繰り広げ、それを見た者全員の心を感動させうる名作だ。
その名作の数々は……まあ、なんというか……これから撮影する予定……なのだが。
ところが(そう遠くない将来)世界的天才カメラマン(になる予定)の俺に。
「生尻の写真を撮ってきてちょうだい」
編集会議がはじまった直後、思い切り上から目線で高飛車に命令したのは八剣美琴。名古屋東高校の二年生であり、もちろん『名スポ』の編集長でもある。
指名された俺はスポーツ新聞部で唯一の一年生。新入生であり、新入部員であり、見習い編集員でもあるから、どうしたって逆らうことはできない――まあ、他にも逆らえない理由がちょっとだけあったりするのだが。
「お……俺ですか?」
弱気に聞き返した。
強気な返事が返ってくる。
「そうよ、奴隷に頼んでるの」
「生尻……ですか?」
「生尻よ」
「女の子の生尻ですよね?」
「……バカは日本語が不自由な人なの?」
「いえ、意味はわかりますけど……」
「それでは、このわたくし八剣美琴の頼みを聞けないとでも?」
「いいえ、そういうわけで……」
「そうよね、そういうの得意なんだし」
「べつに得意というわけでは………………しかし……生のお尻です…………よね……」
ここ最近、俺は校内の噂を積極的に拾い集めて、先輩たちの事情を知ることができた。
それによると、もともと八剣編集長は由緒ある旧家に生まれた本物のお嬢さまだったらしい。また、父親が日本中にチェーン展開する外食産業の会社を経営していたのも事実のようだ。
ところが、小学校のころに彼女の父親が経営する会社が莫大な負債を抱えて倒産。由緒ある旧家という部分については他人が取り上げるわけにはいかないが、財産的にはお嬢さまとは正反対の状況となったにもかかわらず――あるいは、そうなったからなおさらというべきなのか、彼女はいっそうお嬢さまらしく振舞うようになったらしい。
その結果は……いまどき漫画でだって見かけないような、わがままで高慢で高飛車なお嬢さまの出来上がり。今日は時間があったのか、いつもはストレートにしてる長く伸ばした髪を縦ロールにしてるもんな……ギャグとかネタでやってるんじゃなくて、どうみても本人はスゲー本気だし。
「ええっと………………すみませんが、ちょっと確認したいことがあるんですけど……生尻というのは、スカートをはいてない、それどころか下着的なものとか水着的なものさえつけてない状態の臀部のことでしょうか?」
「そう、それでいいわ。この上なく正確に理解してくれていて編集長としてうれしい。もっとも、このわたくし八剣美琴が直々に指導教育したのだから当然ですけどね」
彼女のいう指導教育というのは名東高校の隣にあるコンビニに売っている当たりつきアイスクリームを全部、合計七十本以上を一気食いさせられ、あわや救急車の出動要請をしなければならないかと心配するレベルの壮絶な下痢になったことだ。なにしろ体の内側から冷凍されたかのように体温がどんどん低下していくんだ。
口や舌、喉は痺れて感覚がなくなってるし、這うようにしてなんとか家まで帰りついた――家の中では本当に這った。
部屋→トイレ→部屋→トイレ→部屋→トイレ→部屋→トイレ→部屋→トイレ→部屋→トイレ→部屋→トイレ→部屋→トイレ→部屋→トイレ→部屋→トイレ→部屋→トイレ→部屋→トイレ→……もうね、匍匐前進なら現役自衛官にだって負けない!
本当に死ぬかと思ったぜ。
翌週の特集は『突撃! ゴミ箱探検隊』で、学校中のゴミ箱の中身を分類整理させられ、もっとも多かった菓子パンの袋や菓子の空き箱をカメラで撮影させられた――のはいいとしても、理科準備室のゴミ箱から口紅がべったりついたタバコの吸殻が出てきて、それも撮影するように命じられたときは涙が出そうだった。
他にも引き裂くように破って捨てられていた写真はちょうど顔のところで真っ二つにされてて、かなり不気味な雰囲気だったし。
俺は『二十一世紀の日本を記録する』『魂の一枚』を撮りたいと思っているわけで、決してゴミ屑や、ましてや女の子の生尻を撮影したいわけではない。
「なんで生尻なんですか!」
「どうにもよくわからないのだけれど、アンケートだと猫っぽいと書いてる人が結構いるのよ。どういうことでしょうね、猫っぽい女というのは。にゃんにゃんと鳴いたりするのかしら? 高校生なのに? このわたくし八剣美琴には理解不能な世界ですが………ここはドーンと一面トップに生尻の写真を持ってきて、見出しは『本当は猫じゃありません!』とやるのよ! ああ……生尻写真……きっと飛ぶように売れていくわよ」
「なんですか、それ」
「猫なら尻尾が生えてるでしょう? だから、尻尾が生えてない証拠写真――ということにして生尻写真を載せるのよ、わかる?」
「猫じゃない証拠写真というのなら耳でもいいじゃないですか。アニメとか漫画でネコミミの女の子が出てきますよね?」
「奴隷は耳の写真と生尻の写真なら、どっちが見たいの? このわたしく八剣美琴が編集長をつとめる限り、絶対に売れない新聞は作りません!」
だから、スポーツ新聞部が『今年の気になる新入生』という一年生限定の人気コンテストみたいなアンケートをおこない、その結果として上位に名前のあがった生徒の記事を掲載するのはわかる。正統派の学校新聞では入学式を取り上げることはあっても、新入生個人に焦点を当てた記事はないわけで、しかし魅力的な新入生がいるならどんな人なのか知りたいと先輩たちも思っているはずだ――が、わざわざ生尻を撮影して『本当は猫じゃありません!』って、なんの冗談だ?
まあ、女の子の生尻の写真を掲載すれば売れるのは俺でも簡単に予想がつく。しかし、いくら『名スポ』でも限度というものがあるんじゃないか?
つか、そんなものが許されるならグラビアとか、袋とじとか、もっとエロ方面を充実させて売り上げ倍増させてもよくね?
あるいは握手券とか、編集長を決める総選挙の投票権とか、どっかのアイドルみたいなことでもさ。
越えちゃいけない線なんて見えませーん! とリミットレスでやったせいで三か月戦争になったわけだし、勝っても負けても戦争になれば、お互いに傷つくだけなのに。
しかし、八剣編集長の辞書に限界という文字はない。あるのは『部数アップ』のみ。この世の中のすべてが売れる新聞を作るために存在していると本気で信じている人なのだ。
「美舟千波さんというのは、奴隷のクラスではなくて?」
「そうですけど……」
アンケートの一位は超中学級ピッチャーとして全国大会で名を売った豪腕・鈴堂極。中学三年の夏は全国ベスト八、入学式のあと即座に野球部に入部して一年生でありながら背番号一のエースナンバーが即座に確定したわけだから注目度ナンバーワンは当然だろう。
じつは俺とは同じ中学出身で、クラスも同じだったため、かなり仲がいい。どうせなら鈴堂のインタビューのほうが盗撮よりマシだし、俺にならちょっとしたスクープになりそうなネタの一つ二つは漏らしてくれると思う。
二位は佐波千冬という小学六年生からモデルをやってるすごい美人。九頭身か、下手すると十頭身くらい顔が小さくて、端正だけど、微妙にエロさがにじんでいる。美人というだけなら八剣編集長も負けないが、佐波さんは性格も結構いいらしい。
そして、美舟千波は三位。入学式では新入生代表として挨拶したから、入試の成績はトップだったことになる。しかし、背はクラスで一番低く、丸顔で、だけど瞳が大きく、癖毛なのかショートにした髪はあちらこちらが跳ねている。全体的に小動物系のかわいらしい印象だった。
かわいいのに頭脳は学年トップというギャップがおもしろくて三位に入賞したのだろう。
そして、その小動物系のかわいらしさが具体的になにに似ているのかと問われれば、俺も猫だと思う。だが、しぐさとか、表情が猫っぽいというだけで、本当に猫が人間に化けているわけがない。
アンケートで選んだ生徒たちも、その選んだ理由を書くとき本当に猫だと思っていたわけではないはずだ。
「渾沌もう少しデータを出して」
八剣編集長に命じられた渾沌先輩は淡々とテーブルの上に置いてあるノートパソコンのキーをいくつか叩いた。本名は若水緋奈子というのだが、渾沌と呼ばないと返事をしてくれないのだ。
渾沌先輩はもともと漫画研究部に所属していたのだが、現実世界と自作の漫画の設定の境界線をピョンと、いともあっさり飛び越えてしまったため、絶賛新入部員募集中だったスポーツ新聞部に放出されてしまった。
不朽の神作品としか表現できないような名作漫画の影響を受けまくったというのなら少しは理解できるが、自分の作品だぜ?
眼帯したり、包帯巻いたり、かっこいいと思ってるの自分だけの痛々しい真名とか名乗ってみたり。
もちろん、漫画研究部は一般と比較するまでもなくオタク濃度は濃い。スゴく濃い。あまりに濃すぎて普通の生徒なら漫研の部室で窒息死できるかもしれない――というのは冗談としても、あそこ、なんか臭いし、あまり近寄りたくない場所だ。
そんなオタクの巣窟である漫研でも渾沌先輩は盛大に浮き上がりまくってて、『名スポ』に漫画のスペースをあげると約束すると、あっさり転部を承諾したらしい。
「一年三組。出席番号三十八番。いまだクラブ活動は無所属。入学式で新入生の代表として挨拶したところから推測して、入試の成績は一位。住所は――」
ノートパソコンに入っていたデータを感情のまったくこもらない声で淡々と読み上げる。あまり表情を変えないし、眼帯と包帯を除けば地味な外見だし、普段はほとんどしゃべらない。
「見習いと同じクラスというだけでなくて、住所も近いわね……やっぱり、新米が美舟千波の生尻を撮ってくるのね。生尻よ」
「……どうやって?」
「このわたしく八剣美琴より、奴隷のほうがよほど詳しいのではなくて?」
八剣編集長の言葉はバーンと激しく俺の心臓を撃ち抜く。はじめてカメラを手にした高校一年生が、目の前でスカートがめくれている女子生徒と出会ったら、反射的にシャッターを切るのが正常な反応というものじゃないのか? ちょっと望遠レンズの調子をみたいと思ったときに、近所のスポーツクラブを覗ける秘密のポイントを知ってれば、そこで試してみたくなっても不思議じゃないだろうに。
男の子なんだから!
大事なことなので、もう一度言う。
男の子なんだから!
「たまたま偶然シャッターチャンスがあったから撮れただけで、最初から特定の人物を狙って撮ったことはないんですけど」
「つまり、このわたしく八剣美琴に手伝えと? まあ、いいでしょう。それなら二人がかりで押さえつけてスカートとパンツを剥ぎ取るのが一番早いかもしれませんね」
押さえつけてスカートとパンツを剥ぎ取るって……………生尻を撮影する一番早い方法であるのは認めるが、同時に退学とか逮捕とか、厄介な問題をもっと早く引き起しそうな予感も。
「ええっと…………できれば……なんですけど……………………もう少し……なんというか……………………穏便な計画はないんですかね?」
「トイレに隠しカメラでも設置する?」
「それも犯罪的なにおいがするような……」
「下僕の家の近所なんだし、張り込みして風呂に入るのを待って盗撮しましょうか?」
「もっと犯罪的なにおいが……」
「風呂がイヤなら夜中に忍び込んで、寝てるところを襲うのがいいかしら?」
「いいか、よくないかの二択なら、断然よくないです」
「そんなことばかりやっていたくせに、このわたくし八剣美琴に逆らおうとは生意気な……」
「いえ、あれはたまたま……」
そのとき渾沌先輩がUSBメモリーを俺の目にとまるように、わざとスカートのポケットから出して見せびらかした。
ああ……これは……。
間違いなく中身は俺が天才ぶりを発揮して撮った大傑作的盗撮写真の画像データであろう。
このまま俺が生尻撮影を拒否し続けていれば、容赦なく八剣編集長はあの写真を『名スポ』に載せる。編集長は『名スポ』がどれだけ売れるかだけに興味があり、後輩の身柄がどうなろうとまったく気にしないだろう。
そして、とってもエロい盗撮写真を掲載したならば、すごい勢いで売れていくのは確実だ。
もちろん、ただ盗撮写真を掲載したら『名スポ』も非難されるだろうが、盗撮者を糾弾する記事にしておいて、その参考として「こんな写真を撮ってました」と掲載するのであれば報道のためという建前はギリギリで守れる――もちろん参考例が一面にズラズラと、デカデカと並ぶのであるが、報道は報道なのである。
その上で盗撮者を特定して警察に引き渡せば、賞賛されることはあっても非難されることはない。
記事の掲載と同時に渾沌先輩はUSBメモリーを警察に届けるだろうな。自分は匿名で、撮影した俺の住所氏名を添えて。
首吊りか……。
逮捕か……。
俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
かといって、美舟の生尻を撮影すれば、それはそれで退学とか逮捕とか、とてつもなく厄介な事態になるだろう。やっぱり首吊りか、あるいは窓から飛び出すか、ホームセンターで練炭を買うか、閉まってる踏切に向かって突撃するか。
「まだ決断しないの? 面倒ですわ。他になにかネタはなくって?」
強い視線で俺を睨みつけながら、すぐ近くに座っている渾沌先輩に声をかけた。
彼女はノートパソコンのキーをいくつか叩いたあと、くるっとディスプレーを八剣編集長のほうに向けた。
「なにゆえ疑問形であるのか? 九飛眼を持つ我輩に見えないものなぞありえぬ。すべてを知り、どんなものでも嗅ぎ当てるジガンティアの猟犬の二つ名は伊達でない」
「言葉の綾。気を悪くしないでちょうだい」
謝罪とはいえないような謝罪だが、まあ、八剣編集長にしてはちゃんと謝ったほうだ。どうも渾沌先輩を怒らせると怖いらしいからね。左腕に巻いた包帯はケガのためではないし、リストカットが趣味というわけでもなく、なんだかすごーい闇の力が封印されている――という設定だ。その包帯をとって闇の力を解放すると、どうやら世界が滅びるらしいよ?
お互いのキャラを否定することなく、バカにすることもなく、ちゃんと尊重するのがスポーツ新聞部でのたしなみ。
しかも、渾沌先輩は本当に魔法でも使えるのではないかと疑いたくなるほど情報収集能力が高い。
「アホの特集にしてもよくてよ? 二十四時間、三百六十五日、ぴったり張りついて『名スポ』で発表するというのはどうかしら? 例えば『今週の於野浦玄紀』という連載コーナーを作ってもいいわ。ちなみに今月は――」
ノートパソコンに表示された内容を読み上げる。
「たとえば先週の日曜に菊池町の本屋で『SAWくりえーたーず』という雑誌を買ったわよね? オマケが挟み込まれていたから紐で縛ってあったのに、真剣になって中身を見ようとしていた。なぜなら、そのオマケというのがアニメキャラの抱き枕カバーで、さんざん迷って購入したマヌケが家に帰ったあと、自分の部屋で抱き枕カバーをどんなふうに使ったかというと……」
あーーーーーーーーー!
いや、抱き枕カバーがどんなものなのか広げてみただけなんだ。そのついでに……あくまで、ついでにだぞ、つ・い・で・に・抱き心地がどんなものか知りたくなったわけで。なのに、そのときの自分を想像して……俺スゲー変態。自分でヒク。
「うっ……」
「よく撮れた写真ね」
「九飛眼を馬鹿にするでない。これくらいのこと簡単すぎて、むしろ退屈なほどである」
渾沌先輩は渋い顔をする。顔についている二つの眼の他に、九つの眼を持っていて、いろいろなところを飛びまわって情報収集するというのなら、まあ、そういうことでいいんじゃないの?
問題は想像しただけで自分で引いてしまうのような画像が実際に存在するというところだ。
どうやって撮ったのかも疑問だった。ノートパソコンのディスプレーにはいろいろなところを抱き枕にこすりつけて恍惚とした表情になっている変態な俺が写っているが、いま思い返しても撮られたことにまったく気づかなかった。
俺の知らない間に部屋に隠しカメラでも設置したのか? いや、画質からすると……ビデオから起こしたものではなく、そこそこ画素数のあるカメラできちんと撮影しているようだ。
でも、うちの周囲には俺の部屋を覗けるような高い建物があったか? それとも忍者みたいにマンションの壁をよじ登り、窓にでも張りついていたのか? まさか透明人間になる魔法でも知っていて、透明のカメラで撮ったというわけはないと思うが……。
本当に九飛眼なる魔法の技があるのか? まさか……なぁ。
でも、こんな写真を見せられると、うっかり信じてしまいそうだ……目玉の形をしたファンネルみたいなものかな? たぶん『名スポ』に連載している漫画を読めば出てくると思うんだけど、あの漫画、絵のレベルは異様に高いくせに、内容的にはあまりにも意味不明すぎて俺にはついていけない――ひょっとして、おもしろがってるの本人だけじゃないの?
ちょっと待て俺。いまはそんなことを考えている場合ではない。
つか、もうなにも考えられん。頭の中がグルグルまわってる。
カメラの撮影テストで盗撮したのがバレたら逮捕だ。
生尻の撮影に成功したとしても退学。
相手に気づかれないように隠し撮りできたとしても、それを『名スポ』に掲載するのだから、俺が盗撮したことがバレてしまう。
かといって、かわりに全裸に限りなく近いかわいい女の子の絵がプリントされた抱き枕で遊んでいる俺の写真が掲載されても困る。
大変に困る。
いろいろ困る。
「くくくくっっっ……………」
部室の隅で押し殺した笑い声。俺はその人物に目を向ける。
うつむいて手で口元を隠しているのは上社優希だ。二年生のうち、もっとも実務能力に優れていて、現在は副部長で引継ぎが終わったら部長に就任することが内定している――一見まともそうな先輩なのだが、やっぱり問題を抱えた人なのである。
「覗きをするということは、やっぱり渾沌氏は於野浦くんに萌えちゃったりしてるの?」
「なんという愚劣なことを。この我輩が無知蒙昧な人間風情に……」
「あ、ゴメン」
と、あっさり謝ったのだが、そのあと小声で「ツンデレな感じがいいかも。これはオレ様受けね。於野浦くんのヘタレ攻め×渾沌氏の男体化オレ様受け……このカプは見落としていた」とか一人でつぶやいている。ほかの二人と違って、いちおう問題のある部分は隠そうとしているだけ社会性あるのだが、どうしても隠し切れない腐のにおい。
特に部室内では隠さなくてもいいというか、とっくにバレてるというか、一般人としての偽装はあまり意味がないのでなおさらだ。
さすが、素敵にハジけまくったBL小説をひたすら書きまくって文芸部を追放され、誰でもいいから入部させようと躍起になっていたスポーツ新聞部に拾われただけのことはある。
「聞こえておるわ、不気味な妄想は即刻やめよ! だいたい男体化とは如何に? そのような無理をせずとも、貴様自身が男体化するよう我輩が呪いをかけてやってもよいぞ」
「……ボク? 私の中の男子なボクを発動するのに呪いは不要というか、そんなの自己完結でイケますというか……」
「そういえば、昨日はこのわたくし八剣美琴で妙な妄想をされてたでしょう。あまり他人のことには口を挟みたくはありませんが、この際ですから男体化は禁止にいたしましょう」
「やっぱり、この二人は百合カップルだったか……」
「やっぱりとはどういう意味であるか? 名誉ある天上幻想騎士団の一員にして、九の魔導騎士たる我輩が下賎な人間を相手にすることなぞありえぬと何度言ったら理解するのだ!」
「あら、このわたくし八剣美琴にしても以前からかわいい妹と、私にだけは忠実で超イケメンな執事なら欲しいとは思ってましたが、こんな邪気眼くさい重症厨二病患者はお断りだわ!」
「事実は無視、萌え優先だから。それに男子部員が少ないのが問題なんだよ。ここは男子部員倍増化計画でも立てたほうが前向きに発展的というか……」
「倍増ですって? 一人しかいないのに、倍増したところで二人にしかならないことよ」
「どうやら脳まですっかり腐って、掛け算すらできぬ低脳と成れ果てておるようだな」
「二人いれば、どっちが攻めで、どっちが受けか考えるだけでも楽しいじゃない。あっ、そうか、総受けとか無理だよね。浮気は萎えるし、純愛は素敵だけど、ぶっちゃけ総受けは最高だもんね。たしかに私の考えが浅かった、ごめん」
いつものようにケンカがはじまり、いつものようにバンバンと机を叩く音で終了する。
「静かにぃ! 会議を続けますよ、生尻の写真は部長権限で却下ですぅ」
思わぬところから救助の手が伸びてきた。黒川奈菜夜は唯一の三年生であり部長でもある。俺より二つも年上には見えず、どっちかというと年下みたいな外見で――はっきりいって派手に年下な印象がするのだ。それだけでなく、声に味がついているなら砂糖に蜂蜜をかけてチョコレートでコーティングしたくらい甘い声に、ちょっと舌足らずな感じのしゃべりかたが似合っている。
中学生、下手すると小学生に間違われるだろう。
背は俺の肩くらいまでしかなく、それだけでなくいろいろ発育が遅れているのか、残念ながら成長が終わってしまったのかは定かではないが、あらゆるところが小さい。
具体的には八剣編集長のメロンおっぱいと比較するくらいなら、俺と比較したほうがいいようなツルペタな胸。
あるいは八剣編集長の腰が青磁の壷みたいにくびれているとすれば、黒川部長は節のない竹みたいにまっすぐ。
三年生――しかも誕生日が四月二日と全校生徒で一番早く十八歳になった黒川奈菜夜は裏では『合法ロリな先輩』として超有名人であるが、もちろん本人の目の前でそんな素敵すぎる二つ名を呼ぶ命知らずはいない。
見た目に騙されてはいけない、なにしろ現役の部員では唯一、あの三か月戦争をしぶとく戦いぬいた勇者であり戦士なのだ。名東高校でもっとも怖い存在かもしれない。
その黒川奈菜夜がスポーツ新聞部では最上級生であり、部長でもあるから最高権力者となる。
ただし、普段は後輩たちの自主的な活動にまかせ、編集会議のみ参加して『名スポ』の活動方針がおかしな方向に向かっているときだけ口を出す。いってみれば『名スポ』の御意見番みたいな役割だった。
「たとえスポーツ新聞でも学校新聞の一種なんだからね、最低限のモラルがなければならないのぉ。だいたい高校一年生の生尻を掲載したら児童ポルノ禁止法違反になっちゃうよぉ。掲載した美琴ちゃんも撮影した玄紀ちゃんも逮捕。スポーツ新聞部は廃部、『名スポ』は廃刊。美琴ちゃんに編集長は譲ったけど、あたしが部長として居残ってるのは引継ぎが終わってないということだけじゃなくて、美琴ちゃんが暴走しないように手綱をとるためでもあるんだからねぇ」
「そういいますけど、部長。あとはつまらないものばかりですし……」
ふてくされた様子で八剣編集長は手に持っていたアンケート用紙を机の上に放り出した。学園側からはあまりいい評価をされてないスポーツ新聞部だが、生徒の一部には熱狂的なファンもいて、紙面の隅でアンケートを募集して、スポーツ新聞部のメールアドレスを記載しておけば、こちらの尋ねた事項だけでなく、感想や要望なども添えてメールを送ってくれるのだ。
しかし、誠実に協力してくれたアンケートの内容がおもしろいかというと……そもそもアンケートは統計をとるための資料であって、ギャグが山盛りになっているわけないよな。そうなると『名スポ』的には、アンケートを基礎として、そこからどのようにおもしろく持っていくかということに頭を悩ませることになるわけだが……俺としては、ここは黒川部長を応援する場面である。
「そうですよね、一位や二位の生徒がいるんだから、三位でしかない美舟千波の記事をメインにするのはおかしいし、それなりのスペースで取り上げるとしても、なにも生尻の写真を撮ってこなくても書けますよ」
「そうね、玄紀ちゃんの言うとおりよぉ。違法な生尻でなくて、合法的な範囲の写真を載せればいいの……ということは、パンツねぇ」
「えっ、あの……………………部長。パンツって……」
「尻尾が生えてないことがわかればいいんだから、水着でもいいけどぉ」
生尻はハードルが高いが、パンツや水着だって充分にハードルが高いぞ。それに男にとってかわいい女の子のパンツを撮った写真は『魂の一枚』になりうることは否定しないが、俺が『血と汗の結晶』で撮りたい『魂の一枚』は決してパンチラ写真でもないのだ。
しかし――考えてみれば黒川部長はたった一人で三か月戦争を戦い抜いた上で、この二年生三人をスカウトした張本人でもあった。良識とか常識とか、人間として持ってなければならないものをとっくに捨て去っているに決まっている。
ニコッと笑いながら背伸びをすると、俺の肩をやさしくポンポンと叩いた。
「まあ、がんばってねぇ。応援してるから」
いや、部長。パンツの撮影を応援されても困るんですけど。
そういうわけで、翌日の昼休みに八剣編集長が俺の教室までやってきた。一年生の教室に二年生がいるだけでも周囲の注目が集まるものだが、いろいろな意味で有名人の八剣編集長だし、目立ちまくる容姿でもある。
しかも、八剣編集長は出入口に呼び出したり、誰かに案内を請うことなく、当たり前のように俺の教室にズカズカ入ってきて、当たり前のように俺の机に座ったのだった。
さっきから俺の机のほうに教室中から視線がチラチラと向けられている。にもかかわらず、誰も側に寄ってこようとない。
むしろ、避けるように距離を置くのだった。
うっ……冷や汗が……。
「さすがに犯罪になるような撮影方法はマズいですよ。ほら、部長にも違法なものはダメだと止められたし」
「わかりました」
「わかってくれましたか……」
「クズは美舟千波のところにいって土下座してらっしゃい。パンツを撮影させてください、と誠心誠意お願いしてくるのよ」
「まさか?」
「なにが、まさかなの? お願いして、ちゃんと了解をとって撮影するのなら、ゴミは満足するのでしょう?」
俺は美舟のほうを見た。彼女の机のまわりには何人もの女子生徒が集まっている。なんでも中学までは関西に住んでいて、この三月に引っ越してきたということだから、入学した当初は友達はもちろん、同じ中学出身の生徒すらいなかったことになる。
関西の人間が全員お笑い芸人みたいなものではないはずだが、美舟は話がおもしろいという噂を俺も耳にしていた。学校の成績は非常にいいが、そういうものとは別の意味での頭のよさもあって、クラスで一番人気のある生徒かもしれない。
俺は鞄から一眼レフカメラを取り出した。だが、なかなか美舟のところにいく勇気が出なかった。
「……参考までに訊いていいですか?」
「なに?」
「お願いします、と俺が頼んだら八剣編集長はスカートをまくって、パンツを撮影させてくれるんですか?」
「頼んでみたら?」
「お願いします」
「いいわよ」
「……本当に?」
「ええ。次の号はこのわたくし八剣美琴のパンツ、その次の号にはエロ男の抱き枕でいきましょう!」
ニコッと八剣編集長は笑う。冗談とか、脅迫とか、そんなものではない。本気の本気だ。
『名スポ』が売れるためなら、自分のパンツの写真だって平気でさらしてしまうのが八剣美琴という女だった。
まさしく鬼編集長である。
どうする俺?
本当に土下座するのか?
教室の真ん中で女の子に土下座して、パンツを撮らせてくださいと頼むのか?
「いや、でも……」
「さっさとおいきなさい」
両手でおもいきり突き飛ばされて、美船のいる方角に押しやられた。ちょうど、その足元に転がり、体勢としては土下座するのにぴったり。
「美舟さん、お願いしますから、パンツを撮らせてください」
両手を床につき、できるだけ丁寧に頭を下げた。
その結果は?
この日――ちょうど高校の入学式から一月目の昼休み、俺は女子生徒からゴキブリやムカデ以上に嫌われる存在となり、男子生徒からはクラス一の勇者様と尊敬され、一年三組で一番の変態という名誉ある称号を手にした!
いろいろありすぎた一日が終わり、抜け殻のような状態で俺は自宅まで帰ってきた。明日、学校にいくのにはどれだけの勇気をかき集めなければならないのか、かなりうんざりしながらマンションのエントランスに入って――今日が終わったどころか、まだまだ続いていることに気づかされた。
そこで美舟が待っていたのだ。
復讐? 闇討ち? それとも親に言いつけにきた?
「あれはどういう意味なん?」
しかし、美舟はのんびりした口調でこう尋ねた。別に怒っている様子はない。さっぱりわからないという感じで、本当に不思議そうな表情をしている。
「ああ……その……悪かった。いや、謝ってすむ問題じゃないんだけどな……ああ、そうだ……事情を説明しなければならないな」
自分でなにを言ってるかわからねぇ。せっかく釈明するチャンスをくれたのだから、最大限に生かさないと。普通だったら口をきいてくれなくて当然、言い訳なんか一言だって聞いてくれないはずなのだ。
まずは俺は『魂の一枚』を撮るべく日々奮励努力している写真表現者であって、本当は女の子のパンツを狙う盗撮者ではないということをはっきりさせておいた。
最重要なトコだもんな。
それから、今度スポーツ新聞部で注目の新入生を集めた特集記事をやると決まったこと。
前号で気になる新入生のアンケート募集やって、集計したところトップ十のうち第三位に美舟も選ばれたこと。
しかし、この人が一番でしたと順位を発表するだけの、ダルーい記事ではダメだと八剣編集長が騒いでいること。
「そのアンケートにおまえは雰囲気が猫っぽいという意見がたくさんあったんだ。そうしたら八剣編集長が本当は猫ではないから尻尾はないですと生尻の写真を撮って掲載するとか言い出して」
「猫?」
「表情とか、顔つきとか、仕草とか、なんとなく猫っぽい印象があるとしても、人間に決まってるのに。もちろん、最後には生尻はさすがにマズいということになったが、かわりにパンツを撮ってこいという話になって……まあ、今年の新入部員は少なくて、俺一人だけというのもあるかもしれないが、新人教育をかねて編集長がじきじき指導した結果が昼休みの一件なんだよ」
「ふーん……そないなことか。ウチが猫ねぇ……」
しばらく美舟は考え込んで、それからニヤッと笑った。なにか企んでる感じの、ちょっと黒い雰囲気がする笑顔。見た目は天真爛漫なので、ちょっと想像と違ってとまどう。
こいつ、こんなキャラだったか?。
「ほな、いこか?」
「どこに?」
「ウチの家。写真を撮らせたげるわ」
「写真を撮らせてくれる?」
「うん」
「本当に写真を撮らせてくれるのか?」
「何度も確認せえへん。さあ、いくよ」
手をつかまれ拉致同然に連れていかれた先は、ちょっとした邸宅だった。距離的には俺の自宅があるマンションから徒歩十分といったところだから、近所といえば近所なのだが、住民のグレードは何段階も跳ね上がり、周囲には一軒家しかなかった。
しかも、どの家も俺の住んでるマンション全体くらいはありそうな広い敷地に、いかにも金のかかった立派な建物が建っている。
美舟の自宅はその中でもひときわ敷地が広く、そのままわりには警備会社のステッカーがいくつも貼られた高い塀がめぐらされていた。建物は西洋の城でもモチーフにしているのだろうか、下手をすればどこのラブホテルを縮小したような下品な外観になりそうだが、むしろ気品を感じさせるのだから、おそらく名のある建築家が設計したのだろう。
結構裕福な家庭らしい。
庭で待つように言われたが、その庭も青々と手入れの行き届いた芝生が隅々まで敷かれ、野球やサッカーは厳しいが、バスケットやバレーボールならできそうな広さだった。
女の子に手を引かれて自宅に連れ込まれる――普通ならいろいろ期待してしまう、とても素敵なシチュエーションだ。
だが、美舟は俺を庭に置き去りにして「ちょっと待ってて」と家の中に消えて――そろそろ一時間になる。
撮影をお願いする立場だから、ちょっと待っててと言われれば待つしかないわけだが、一時間は「ちょっと」の範囲から盛大にはみ出す気がするな。
もしかして、これは美舟流の仕返しか?
まあ、仕返しされてもしかたないことをしたのだが、倍返しとか、十倍とかでなければいいんだけどな。
そんな心配をしているところに、やっと戻ってきた彼女は水着のようなものに着替えていた。水着――ではなく、あくまで水着のようなものだ。
素材は毛皮のようで、リアルなのかフェイクなのか俺の目では見分けはつかないが、白い毛がふわふわとして綺麗なビキニだった。胸と股間だけが、わずかに隠れている、かなりきわどいヤツ。
そして、なぜか頭に白い猫耳カチューシャをつけ、お尻には尻尾がたれている。
パンツでも、水着でも、水着っぽいなにかでも、俺の目的は果たせるわけだが……しかし、これはなんだ?
「猫じゃないという記事ではおもろないよ。むしろ本当は猫だったという記事のほうが『名スポ』らしくてええやろ? いかにもでっち上げた感じが、とても素敵やないの」
それはそうかもしれない。しかし、どうして美舟はこんなコスチュームを持っていたのだろう? まさか常備してたりするのか――ソレ、どんな女子高生だよ。
いや、着替えに一時間もかかるわけがないから、この衣装を自作していたということだろうか。しかし、自作するとしても、そもそも材料が必要なわけだが一般家庭に常備されているものではないはずで、まさか毛皮のコートをハサミでチョキチョキというわけにもいかないだろうし……すごく質問してみたい気持ちになったが、なんとなく聞いてはいけない気もする。
「適当にポーズをとってくれるか」
「適当?」
「そうだなぁ……やっぱりニャンニャンという感じ?」
俺が両手を頭の上で丸くし、腰をくねらせると、美舟はプッと吹き出した。
「アホや、ここにアホがおる」
「そういうアホなポーズの写真を『名スポ』の一面に載せようとしてるのは、おまえなんだからな!」
「やっぱ、やめとこうかな?」
「あー! 美舟さん? 美舟さま、すごくかわいいと思うから! 俺だから笑えるんであって、おまえならすごく似合うはず……だから………………」
「そんな泣きそうな顔せんでも、ちゃんとモデルは務めたるわ。こうでいいか? にゃんにゃん――」
新入生トップ十のアンケートで彼女は三位でしかない。だが、俺はカメラを構えた瞬間に確信した。この写真は一面トップに大きく載る。
一面トップはもちろん美舟のネコミミ写真。写真を大きくとったのでスペースの関係上本文はクラスと名前の紹介くらいの簡単なものだが、この写真の破壊力の前には、正直つまらない文章は邪魔なだけだと思う。
被写体もね、まあまあいい。それは認める。だが、なんといっても俺という天才カメラマンの腕が光る。
それから一位の鈴堂極のミニインタビュー。見出しはもちろん『甲子園を目指します!』となっていて野球部に入ってがんばるという抱負のようなもの。
このインタビューも結構読ませるんだ。もちろん、俺がインタビュアーだからな。
二位の佐波千冬はモデルをやってるすごい美人だが、写真のみでインタビューはない。本人からは「あんなバカ新聞の取材はお断り」と断固拒否されたので、掲載された写真にしても盗撮したもの。
プロのモデルだと肖像権がどうのとか、面倒な問題になりそうなところだが、黒川部長から「下手にクレームつけて揉めごとになったら面倒だから、写真の一枚くらいならトラブルにならないよぉ」と断言されたのだ。まあ、三か月戦争のときの先生たちみたいに、二十四時間体制で張りつかれたり、細かく過去をほじくり返されたら、そっちのほうが面倒なことになると普通は判断するよな。
それに、俺が秘蔵しているツァィスのオリンピア・ゾナー二百ミリF二・八をマウントアダプターでデジタル一眼レフに接続したて撮ったのだから、これがもうね、ズコい傑作。きっとデータで欲しいとか、焼き増ししてとか、将来出版する写真集のカメラマンとして予約しておきたいとか、なにか言ってくると思ったのだけど、いまのところは口もきいてくれない。
慎み深い女性なんだろうな、顔がかわいいだけでなく。
いろいろ苦労して撮った写真や、記事も書き、昨日のうちに編集作業と印刷を終えて、いま目の前に百部が積みあがっていた。
早朝の新聞売りは一年生の仕事だ。わざわざ部室から机を運んで即席売り場を設営したり、釣銭を用意したり、結構面倒だがしかたない。
それに、今日は一人ではなく隣には美舟がいる。
「前から興味はあったんやけど、いろいろ噂があったから迷ってん。この学校で最強のカードの一枚はスポーツ新聞部なのはわかっとったし、うまくやれば名東高校はウチのものになるんやけどな、しくじったら校長先生以下、学校中から睨まれるし。しかし、同じクラスの人が部員におって、編集長はんがウチに興味あるなら思い切って入部してみようかなという気になるな。まあ、この写真はちょっとした手土産や」
あの写真を撮った日、彼女はこんなことを言った。本当に見た目の印象を裏切る女で、腹の中は真っ黒かもしれん――つか、学園の支配者とか冗談だよね?
しかし、美舟はさっそく翌日にはスポーツ新聞部の部室に訪ねてきた。もちろん入部するためだ。
「か、か、かわいすぎるわよ、これ。しかも『名スポ』のために、みずから捨て身で部数をとりにいく根性が最高ね。それに猫じゃないというより、猫だったのほうがおもしろい。センスあって、とってもよくってよ」
俺がプリントしてきた写真を見せると、八剣編集長は大喜び。部数アップのためなら自分のパンツでも平気で載せようとするくらいだから、どうやら美舟と波長がぴったり合うらしい。さっそく編集作業にとりかかり、いつもより売れるとにらんだ八剣編集長は二十部余分にプリントすることを決めた。
そして、その刷り上った『名スポ』が俺の目の前に積んである。新聞を売るのは一年生の仕事、いまのところ朝練のある運動部の部員が何人か買っていっただけだが、もう少ししたら一般の生徒が登校する時間だ。
「ところで、ジブンはなんでスポーツ新聞部に入ったん?」
「前にも説明したけど、新聞というよりカメラ――いや、写真に興味があってね。俺は『魂の一枚』というような、すげえ写真が撮りたいと思ったわけだ」
「そういえば、そんなこと言っとったな。で、これがその『魂の一枚』なん?」
美舟はテーブルに積み上げてある『名スポ』に視線を向けた。より具体的には自分のネコミミ写真を見ている。
一面トップの写真なんだけどね。
「まあ、なんだ……いろいろあるんだよ」
「いろいろあるよね、人間やし。でも、ええ写真が撮りたいなら写真部と違うんか?」
「最初は写真部にするつもりだったんだが、その『魂の一枚』というのは『二十一世紀の日本を記録する』ようなものじゃなければいけないというか、まあ、そういうテーマで傑作の写真を撮りたいと思っているわけだな。で、現代の日本を写すなら新聞のほうがいいかな? と考えて――」
「ある意味では二十一世紀の日本かもわからんね」
俺の言葉を遮り、ふたたび美舟は『名スポ』の一面に視線を落とした。
「まあ……なんだ……昔なら外国から見た日本はフジヤマ、ニンジャ、ゲーシャだけど、現代の日本はアニメとかマンガとかゲームだしな。むしろ猫耳少女こそザ・ニッポンという感じがしないでもない」
「そやけど、スポーツ新聞部の噂は知らなかったの?」
「勘違いというか……まあ、そんな感じ……かな」
学校側から睨まれ、入部した瞬間に内申書はメチャクチャ、どこかの大学に推薦してもらえる可能性はゼロになるのがスポーツ新聞部なのだ。おもしろそうだが、絶対に入りたくない部活ナンバー一――これがもっともふさわしい言葉だろう。
「でもみんな知っとったと思うよ。だって、スポーツ新聞部の一年生はジブンだけやろ? 入部したらなにをやらされるかわからへん、しかし確実に辛い試練が待っとるし、ついでに言うと学校側から睨まれとるから内申書がえらい危険になるもんな。そんな部活には怖くて普通よう入らへんよ」
「なんで、みんな知ってるの?」
「ウチかて引っ越すことが決まったとき、ここらへんの高校の噂を集めてまわったさかい、スポーツ新聞部がどんなとこか知っとったよ。三か月戦争のころのホームページはとっくに削除されとるけど、検索かけたら勝手に転載したり、まとめサイトまであってどんな内容か知ることはできたし、ちょっとネットで調べてみればわかるのに、もしかして電話もつながらんような山奥の出身なん?」
おまえの家の近所だよ、つか俺のマンションの前で待ち伏せしてたんだから、どこに住んでるか知ってるだろ、と反論の言葉が喉から出かかった――が、いまどきネットで情報収集すらしないなんて、どこの原始人かという感じはする。
しかし、同時に高校を選択するにあたって、中学の先生との進路相談や、その学校の公式ホームページだけでなく、わざわざ検索してブラックな学校なのか、そうだとしたらどの程度なのかを調べるのが当然だとすると、この二十一世紀の日本で人間が生きていくというのは大変なことだと思う。
「まあ、なんでもええわ。とにかく同じ一年同士や仲良くしよ――ちなみにジブンは部長になりたいとか思っとるん?」
「いや、俺はカメラマン志望だから……ああ、そうか。俺たちの代の部員は二人しかいないわけだな。たぶん増えることはないだろうし。まあ、決めるのは先輩たちだけど、あの三人の先輩たちが引退したら部長と編集長は兼務にして、おまえがやるか? 俺はカメラマン専門で」
「よくわかっとるな、それでええんや。部長の座をめぐって血の抗争なんて、お互いイヤやろ?」
「…………なんだよ、その血の抗争というのは?」
「この名東高校最大のスキャンダルは代々部長に受け継がれると睨んどるんや。まだ黒川部長が握ったままなんか、すでに上社副部長に引き継がれたかはようわからん。あるいは編集長に引き継がれるのかもわからんが、どっちにしてもウチが部長兼編集長になって、そのネタを引き継いだら最大限うまく使うたる」
「…………スポーツ新聞部が復活したときのネタだったら、ちょっと前に上社副部長は知らないと言ってたぞ。だいたいそんな危ないネタ、わざわざ代々の部長に引き継ぐ必要ないだろ。黒川部長がそのまま握って卒業するぞ」
「また、いつ学校側がスポーツ新聞部を潰そうとするかわからんやろ。ウチらの代まではええよ、直接黒川部長を知っとるんだから、なにかあったら助けを求めることができる。でも、その次の代からは? 部の存続を保証する切り札を後輩に託さずに卒業するわけないやろ」
美舟はニコッと笑った。すごくかわいらしい顔なんだが、なんか怖えーよ。
「結局おまえが猫っぽいのは、猫かぶってるからだな」
「うまいこと言うたつもりか?」
「いやいや、素直な感想だよ」
そんなとき、ちょうど登校してくる生徒たちの姿が見えてきた。俺は大きく息を吸い込む。
「本日発売、一部五十円! 『名スポ』の発売日ですよ、一部五十円、五十円!」
すべてのものを吹き飛ばす勢いで叫んだ。