第04話 メンヘラ言うな!
王宮から出て騎士団の宿舎がある区画には訓練で使用する建屋が併設されており、異世界から召喚された勇者どもは、そこで武器や魔法を含む各種スキルの訓練を行う事になっている。
今回召喚された勇者どもだが、先ほど姉上誘拐事件の犯人として田中くんが拘束されたので残っているのは四名となっている。
剣聖勇者の草薙くんはあれから真面目に訓練に従事していると報告を受けており、賢者勇者の男子以外に治癒士と召喚士の女子二名も日々のカリキュラムを消化してくれているようだ。
この世界で『勇者』とは異世界からの転移者を指すのが一般的だが、ひと口に『勇者』と言っても彼らの個性によって剣が得意だったり魔法が得意だったりと全員が同じ能力を持っている訳ではない。
「あ、王子さまだ。やっほー!」
訓練場の中へ入ると勇者召喚の時に聞き覚えのある声がオレを呼び止めた。あの女はオレを指差して王族との結婚が可能かなんて下らない質問をしたので記憶に残っていた。
「おま……貴女は……」
「ユナちゃんだお!」
高校生にもなってこんな話し方をする頭のおかしな女には一切の興味が湧かないのだが、それでも相手はもしかするとこの世界の救世主となってくれる可能性が無い事も無い……ほとんど感じられないがそれでも万が一……と言う可能性もあり、今の状況で粗雑に扱う事など出来ないくらいの分別はオレにもある。これでも一国の王子だからな。
「あ~、その顔はユナの事を忘れた顔だぁ~~。そんなんじゃ訓練に身が入らないよ~」
確かに今回召喚した五名の男女については既にヒアリングを終えており、その中に『綿平優奈』という少女が居た事は資料で確認していたが、その相手が目の前の少女だと知らなかったのは事実だ。
それでも彼らを召喚した国の王国の一員として『知らなかった』と素直に認めてしまえば、姉上を含めた責任問題に発展する危険性を秘めており、オレはその辺の事を上手くぼかしつつ彼女との会話を継続する。
「貴女が優奈様でしたか。お会いするのが召喚の儀以来でしたので、お顔とお名前が一致しなかった事について謝罪致します」
「えへへ、そうだよね。アタシたちまだ出逢ってから二度目の逢瀬なんだよね? それなら仕方ないか~~今回は特別だから許してあ・げ・る・w」
オレは今すぐコイツのか細い首を両手でギューギュー締め付けて前後に大きく揺さぶってやりたい衝動に襲われつつも、かろうじて理性を保ちながら相手との距離も近すぎないよう細心の注意を払いながらミッションを継続する。
「オ……私がここへ来たのは田中くんの事を皆様にお伝えするためなのですが、他の方々はどちらにいらっしゃいますか?」
「う~とねぇ、モモカちゃんはまだお部屋かな。ワセダくんは図書室で魔法書を読むって言ってたし、ケンちゃんはあそこで朝からずっと素振りをしてるよ」
最初に名前の上がったモモカちゃんとは治癒士の『来栖桃香』の事で、ワセダくんと言うのは賢者の『早稲田一郎』の事だろう。そして、あそこで一心不乱に木剣を振っているのが『草薙健児』だったな。草薙くんは先日の脱走事件以降は真人間になってくれたようで安心している。
「それでは綿平様から他の皆様に伝えて頂きたい事があるのです──」
オレは努めて冷静に目の前に居るメンヘラっぽいアホ女にも判りやすく田中くんが犯した罪について事実のみを伝え、例えこちらの都合で一方的に召喚した事を鑑みてもこれは立派な犯罪行為であり、このまま勇者として支援を続ける訳には行かなくなった経緯を説明した。
「そっか、そだよね。いくらアタシたち勇者が特別な存在だとしても、この国のお姫様を拐ってイケナイ事をしようとしていたなんて同じ女の子としては許せないよね。それに、もしそんなヤツと一緒に長旅をしていたら被害に遭っていたのはアタシたちだったかもだし……あと、ユナの事は名字じゃなく名前て呼んでよね?」
この王国でも至高の存在であられる姉上と、例え同じ人類という括りであっても祖先が別ではないかとさえ疑った方が良さそうな体型を持つ貴様らを同列で考えるなど烏滸がましいにも程があるが、そこは女性への配慮を忘れる事無くグっと我慢をして相槌を打つ。
「田中くんが贖罪を終えて戻って来られるまでは多少の日数が掛かると思われますが、それまでは残った皆様方とお力を合わせて、この世界をお救い下さいますようお願い申し上げます」
「ま、そんなヒト、こっちから願い下げだから私からみんなにちゃんと伝えておくね」
「ありがとうございます。では私はこれにて失礼させて頂きます」
これで用件が済んだので王宮にある勇者管理部へ行き、現在中断されたままとなっている勇者たちの今後の育成方針について確認しようと訓練所を後にするが……。
「あの……」
「ん、何? ユナの顔に何かヘンなモノでも付いてる?」
背後に人の気配を感じたので後ろを振り返ってみると、何故か綿平優奈がオレの背後からピッタリついて来る。しかも結構近い距離で。
「オre……私はまだ公務が残っておりますので、勇者である綿平様とはご一緒出来ないのですが?」
「ユナだよ?」
「は?」
「だからぁ~ユナを呼ぶ時は名前でって、さっきもオネガイしたよね? でも超絶美少女なユナに気後れしてるコトは知ってるけど、二人は将来を誓い合うカンケ~になるんだから遠慮はイラナイんだお?」
異世界の神よ、転生の女神よ、聖女で召喚士たる至高の姉上よ。何ゆえこのようなイミフな生き物をこの世界へ招いてしまったのですか? などと嘆いている場合ではなく、今は目の前に存在するメンヘラ女を何とかしなければ話が先へ進まない。
「綿平様が魔王討伐された暁には是非とも我が国へ留まって頂き、御身に宿る尊い血を我が王族に加えて頂けるのであれば、これほど名誉な事はございませんが、今はまだ時期尚早と言わざるをえないのではないでしょうか?」
「そっか、そだよね。まだ出逢って二度目だしお互いのコトも知らないから仕方が無いかな。ユナはそんなの何も気にしないんだけど、アルきゅんは王子さまだからセケンテ~とかシガラミなんかがあって当然だよね。でも二人だけの時はそんなのカンケ~無いからもっと仲良くしても良いんだお?」
オレとて王族男子としてこれまで修行を積んで来たはずなのに、目の前のメンヘラ女が歩く動作を感知させずにスーっと近づいて来たので反応が遅れてしまい、所謂『恋人同士』の距離とされる50センチ以内まで接近を許してしまった。
元の世界でならそれなりに(キモ)カワイイと言われてその気になっていたのだろうが、こちらの異世界人は全体的にレベルが高いので彼女が思っているほどアドバンテージが無い事も説明しておくべきだろうか?
「ユナは超絶美少女で元居た世界ではネットアイドルで『みんなのもの』だったんだけど、こっちの異世界ではアルきゅんのモノになっても良いんだからね?」
恐らく今のオレは顔面蒼白で目元にはタテ線が何本も引かれている表情をしてる事だろう。何故なら認識出来ないうちにメンヘラ女に抱きつかれてしまいドギツイ色をしたパープルピンクの唇が目前に迫っているのがその理由で、今のオレはヘビに睨まれた蛙のようにいくら脳から全身へ信号が発っせられても筋肉が全く反応しなくなってしまっていた。これはピンチだ!
「ちょ、ま……」
オレのファーストキスは幼少の頃に姉上が家族としてキスをしてくれてたのだが、その淡く美しく尊い記憶をメンヘラ女のパープルピンクによって上書きされてしまう恐怖に全身が震える。
オレは転生後の人生で始めて一秒がこんなに長い時間だったのを知る。そしてメンヘラ女の顔にあるパープルピンクの粘着物質がオレの唇へ重なろうと近づいて来る!
「あン?!」
寸での所でオレを探しに来たクロエがオレの窮地を見た瞬間に、オレとメンヘラ女の顔の間に剣を差し挟んでくれたおかげでオレの純潔は護られた。本当によかった。
「王子、危ないところでした」
「ああ、本当に助かった。ありがとう」
「もう! なんでユナとアルきゅんの初キッスをじゃまするかな~? 二人はもうソ~シソ~アイのカンケ~なんだから部外者は出て来ないでくれないかな~?」
「綿平さま……」
「だからユナだって」
「ユナさま?」
「アタシとアルきゅんの間柄に『さま』は要らない子だよ?」
「ではユナさ、ユナ。オre……私は王子という身分のため例え意中に秘めた女性が居たとしても軽々しく行動する事は王室典範によって禁じられているので、先ほど私の近衛騎士が行った行動はすべて法に則ったものなのです。ですからユナの……」
「もっとカンタンな言葉で言ってくれないとユナわかんない」
「だから、オレは王族の一人なんで結婚相手を自分で決められないんだっての。たとえ好きになった女が出来たとしても、今のこの国の法律でそう決められてるんだ。わかったか?」
ユウナが目を丸くしてオレの顔をジっと見つめて……。
「アルきゅんは王子さまなのにイロイロと大変なんだね。例えユナの事が大好きだとしてもそれを口に出すことさえ出来ないなんて、ミンシュシュギ? じゃない国だと二人の愛はジョ~ジュないないって事だよね。でも、シンジツの愛ってきっとたくさんのショ~ガイを乗り越えた先にあると思うからアタシもガンバんなきゃ。とりあえずの目標としては魔王さんをポコっと倒す事だけど、その後でこの世界から王政を無くさなきゃだから……あ、アルきゅん! ユナちょっと用事を思い出したので今からモモカちゃんの所へ行ってくる!」
オレが黙って突っ立っていると急にユナが一人で何やらブツブツと呟き出したので、クロエと目を合わせながらこの事態をどう切り抜けようかと思案していると、彼女は急に何か思い付いたようで何処かへ走り去ってしまった。
とりあえず危機は去ったか?




