第02話 剣聖勇者脱走
「王子! 大変です!!」
この日も、ふかふかのベッドで熟睡している時に、また近衛騎士隊長であるクロエのアホがノックと同時にオレの寝室へ駆け込んで来たのは、まだ外が薄暗い明方頃だったと思う。
「こ、今度は何だ?!」
オレはまだ眠い目をこすりながらベッドで上半身を起こし、ナイトウェアの乱れが無いか確認してからクロエに向き直り報告を促す。
「お休み中のところ申し訳ございま──「前置きは良いから、報告を先にしろ!」はっ!」
クロエの報告によると、まだ訓練すら始めていない男子高校生の1人が昨夜のうちに城を抜け出して、勝手に魔王討伐の旅へ出て行ってしまったらしい。
『らしい』と言うのは、その男子高校生が城から出ていく姿を見た者が誰もおらず、夜番の侍女が勇者の部屋の廊下を通った時に彼の部屋の扉が少しだけ開いており、中を覗いて見ると室内に誰も居なかったので上司に報告したところ、当直の衛兵たちが訓練場など彼が行きそうな場所を探してみたが何処にも見つからず、勇者教育を任されてる近衛隊まで連絡が来たと言う事だった。
確かに勇者どもには【女神の祝福】を始め様々なスキルが授けられており、こちらの異世界の住人たちより遥かに強者である事は間違い無いが、それだけで倒せるほど魔王軍は甘くない。
「訓練中がイヤだからと言って、まだこの世界の事をほとんど知らないのに勝手に城を出て行くなど、テンプレ感にも程があるだろ……」
「お、王子、その『テンプレ』とは一体何なのでしょうか?」
「貴様はまだ知らなくても良い概念だ」
どうせ異世界転移して「オレTUEEEEE!!」とかやりたいのだろうが……まてよ? 「もしかしてオレ何かやっちゃいました?」の方かも知れんが、どちらにしてもただ強いスキルが使えるというだけの子供を このまま放っておく訳にはいくまい。
「クロエ、王宮魔術師団に支援を要請して彼の現在地を探らせろ。召喚後に配布した装備を身に着けているなら探査魔術で追跡できるはずだ。それと今現在出撃可能な待機者全員で捜索に出るから招集を急げ。召喚して早々に勇者が行方不明になるなど、姉上の体面的に不味いからな」
勇者たちに関する統括責任は姉上が所轄する『勇者庁』にある訳だが、この勇者脱走が事件となり貴族や国民の耳に入れば姉上のお立場が悪くなるかも知れない。
「王子、他の勇者の方たちにも捜索をお願いしては如何でしょうか?」
何不自由なく元の世界でぬくぬくと暮らして来た高校生たちが、ただ単に自分と一緒に召喚された程度の縁しか持たない相手の為に、自身の貴重な睡眠時間を削るなど到底考えられぬ行いだと思い至らぬ部下の提言にオレは眉をしかめる。それにそのうち二人は未成年とは言えレディなのだ。
「睡眠中の現代っ子をこんな早朝から叩き起こすなど出来ない相談だ。それに勇者とは言え婦女子の方も居られるからな。念のため治癒士も同行させる必要があるから使える者を呼び出しておけ!」
クロエと話している最中に、近衛隊副長のオリビエもやって来た。
「王子、報告です。王宮魔術士団から行方不明になった勇者装備の魔力感知に成功したとの事なのですが、勇者様は既に王都から北に位置する旧オルガ村を超えて更に北上し、魔の森へ向かっているとの事です」
「何だと、あと数十キロも進めば魔族領じゃないか!」
いくら勇者だと言っても、その精神と肉体は人間のままなので適度な休息や睡眠は必要で、見張りも立てずに魔族領内で夜営するつもりなら、それは完全に『ナメプ』だと言わざるをえないだろう。
確かに勇者どもの身体能力とそのスキルについては強力だと認めるが、この異世界には勇者を超える実力を持つ魔族がウヨウヨ居るから、相手を舐めていたら直ぐに殺されてしまうケースも珍しくない。
しかし明け方前に城を出たと予測をしていたのだが、もう既に魔族領に近い『魔の森』まで進んでいるとは、流石【女神の祝福】持ちと言うべきか……羨ましい限りだ。
などと言ってる場合では無く、オレは直ぐに勇者捜索隊のメンバーを招集して、クロエたち近衛隊を送り出す準備に追われる。
これから追跡する勇者である剣聖の草薙くんは、他の勇者どもと同じくそれなりに強力なポテンシャルを持っていると聞いてはいるが、まだ戦闘訓練すら行っていないため魔術もスキルも十全に使用できる状態ではなく、彼が今の能力で単騎突撃したところで、魔王に会うどころか魔王城にすら辿り着けないだろう。
いくら勇者だからと言っても、たった一人で魔王討伐が可能であればその偉業はとっくに他の誰かによって達成されているはずだと何故気がつかないのだろうか?
もしかしたら「自分だけは特別だ」なんて浅い考えで突っ走ってるのであれば、ちゃんと修正して正しい道へと導いてあげるのがオレたち召喚者側の務めだからな。
もし彼が自身の能力に驕り昂って国からの警告を無視する様なら、彼の身の安全のためにも一時的に拘束する事も考えてはいるが、それは彼の出方次第だろう。
「クロエ、近衛隊の当直者以外に治癒士が必要になるかも知れないから、ナタリーにも同行するよう命じておいてくれ」
「王子、ナタリーは本日の当直メンバーですので、もう召集が掛っています」
「それと魔術士団には勇者装備の魔力感知を継続させて、オリビエはここに残って捜索隊の連絡役を担ってくれ」
「了解しました!」
オレは直ぐに自室へと戻り王族専用の騎士装備を身に纏い、先に集まっているメンバーたちが居る北門前へと向かう。
剣聖勇者の草薙くんが向かった王国の北方には魔族領があり、これまで数え切れないくらい魔族たちの侵攻を受けてきた歴史があるので、あの地には王国が築いた防衛拠点であるオーガスタ砦がある。
あの砦には普段から約千人ほどの守備隊が駐屯しており、魔族たちが国境を越えて我が国へと侵入して来た時は初期防衛を行いつつ、王都を始めとする他の場所から増援部隊が到着するまでの時間を稼ぐ役割を担っている。
そのため増援部隊を素早く送り込めるようにと、砦の地下には昔の賢者様が設置した転移ゲートが今も存置されており、オリビエたち捜索隊も王城の地下から魔術士たちの手を借りて転移を行う事ができる。
近衛隊副長のオリビエから砦に常駐している司令官へ、念話スキルによって捜索隊の転移が知らされてから、ほとんど待たされる事なく術式が発動された。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
捜索隊が砦に到着すると、現地の司令官が直々にオリビエたちを出迎えてくれたが、今回の勇者捜索については余り表沙汰にはしたくなかったので、任務については内密のまま砦裏側にある通用門から出撃して行った。
「王子、勇者様の現在地はオーガスタ砦から北北東方向、約100キロの位置です」
作戦本部に居るオリビエ副長が探査魔術を行う魔術士からの報告を受けて、大型テーブルに広げられた地図にマーキング用のコマを配置する。
軍馬を駆るクロエたち捜索隊にオリビエから北北東を目指すように連絡が送られるが、オレにも【前世記憶】なんて何の役に立つのか判らないスキルより、彼女のように部隊を指揮したり戦闘が有利になるスキルを授かってさえいれば、今捜索隊を率いて先頭を走っているのはクロエじゃなくオレだったはずだ。
オレ的に見て、あの怠け者揃いの王宮騎士どもより精鋭揃いの近衛隊なので、オレが何も指示しなくても隊長のクロエが先頭に立ち、他のメンバーたちが後方に繋がるようにして縦列で進んでいると思われる。
これは先頭を走るクロエが風を切り裂きながら進む事で、後続のメンバーたちと騎馬の空気抵抗を減らして疲労を抑える効果があり、一定距離を進む毎に先頭を入れ替える事で巡航速度の低下を抑える事が出来る。
元の世界では理解できないかも知れないが、こちらの異世界では人間以外の生物にも魔力があり無意識のうちに体力と魔力を使って運動してると言われているから、今彼女たちが騎乗している軍馬が現代世界に居たサラブレッドなんかよりずっと早く走れるのは、馬が魔力による筋力強化と空気抵抗低減を無意識で行っているからで、そのため軍馬の育成には専門の魔術師が行っている。
馬の背が上下に激しく揺れない歩法をする種を軍馬に選んでいるから、騎手の身体の揺れが最小限に押さえられる事で周囲に気を配りながら荒野を駆け抜ける事が可能となっている。
その為、元の世界の馬より遥かに早い速度で移動する異世界の乗馬だが、こちらの異世界では魔法の概念があるから騎士たちはみんな身体強化魔術を行使して振り落とされないように乗馬をしている。
また騎士たちの中には筋力だけで長時間走行できる者も少なからず居るが、高貴な生まれのオレにそんな真似はできないし、王子だからと言って勇者たちみたいな規格外れの魔力に恵まれている訳でもないオレには余り期待しないでくれよな。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
SIDE:剣聖勇者の草薙くん
「地図で見た感じだと、もっと近いように見えたんだけどな……」
異世界へ召喚されて、勇者だ何だと持て囃されたおかげで現在の状況を正しく理解していなかった彼の名は草薙健児。
彼以外にも男子と女子があと2名ずつ合計5名でこの異世界へとやってきたのだが、夢にまで見た異世界へやって来たせいで少々、いやかなりモチベーションが上がってしまっていた。
(勇者で剣聖なんてサイコーだろ。ここは他のヤツラを出し抜いてでも経験値稼ぎをしておかないと、本当の勇者になんて成れないからな)
元の世界で高校1年生だった彼はクラスでも目立たない帰宅部の陰キャだったが、本日めでたく異世界デビューを果たし調子に乗っていた。彼が良く知る異世界物語では、結局のところレベルとスキルがモノを言う物語が多かったので、この世界でも同じようなものだと考えていた。
「魔の森なんてどう聞いてもエルフしか居ないだろ。早く出てこい俺の嫁!」
確かに彼が元居た世界のラノベや漫画では、確かに森にエルフの美少女が倒れているのは鉄板すぎるテンプレだが、でも良く思い返してほしい。彼が今向かっているのは『魔』の森であり、一般的にエルフが居るとされる森の多くは『精霊の森』とか『精樹の森』であり、決して『魔の森』では無かったはずだ。
『魔』がつく場所の多くは、過去の大戦などによって多くの死者を出し自然の森が暗黒属性や死霊属性等の負の魔力に汚染されて変化したものの総称である。
従ってその森に居るというか……徘徊しているのは魔物やアンデッド若しくは魔族なんかが普通で、彼が夢見たエルフの嫁が転がってる確率など皆無に等しい。それにもし魔族と出会ってしまえば、否応なしに生命を掛けた戦いに身を投じる事となる。
そんな危険でデンジャラスな森なのだが、その場所に自分の運命の相手が居ると疑わない彼は休憩する時間すら惜しんで走り続ける。
彼の脳内では既にエルフ嫁がスケスケ衣装で彼を見守っており、手にした聖剣に魔力を込めて魔物どもをバッタバッタと斬り伏せる未来しか見ない。もう俺しか勝たん!
そんな彼が自身のステータスとスキルを盲目的に信じ、魔の森に向かってバンザイ突撃を敢行してテンプレ的ピンチを招く事になるのは必然であった。
「我らの森に無断で侵入し、そのうえ我らに剣を向けるとはお主死にたいのか?」
薄暗い森の中、視界も悪く敵の接近に気づいたのは兎のような魔物を見つけて追いかけていた時だった。
気付いた時には周りをぐるりと囲まれて、二進も三進も行かなくなっていたが、自分は勇者だから、あんな頭から角を生やしたザコなんかに負けるはずはない。
「やっと経験値が来たか。ここは大人しく俺に狩られろよ!」
少年は背負っていた聖剣を大上段に構えて走り出す。
「ぐぎゃーーー!!」
大上段から力任せに振り下ろした聖剣が魔族の頭蓋骨を叩き……割るどころか相手の爪で跳ね上げられてしまい、大きく姿勢を崩したところで左脇腹をもう一方の爪で引き裂かれた。
「な、なんでだ。勇者の俺がこんなザコどもに負けるはずないのに……」
「どうやらザコはお前の方だったみたいだな」
「ちくしょー」
確かに目の前に居る魔族たちのレベルは高くないが、それでもこの世界の一般人から見れば絶望するくらいには強い。
それでもレベル1しかない初心勇者の首を一撃で斬り飛ばせるほどの技量は持っていなかったのが幸いして、勇者の彼は今も息をしていた。
「そうか、俺はこのピンチによって真の力に目覚めるんだな!」
真の力なんて当てにせず、ちゃんと城で訓練さえしていればソコソコの強さを簡単に手に入れられるから、異世界から召喚された者たちは皆が勇者と呼ばれるのだが、召喚初日にこっそりと城を抜け出して「俺TUEEEE!」するためだけに魔族領へと突貫する輩がこれまで居なかったせいもあり、城の警備体制は勇者である彼らに対して少し甘かったのかも知れない。
「なんか面倒そうだからパパっと処理するか」
魔族の一人がそう呟いて、長く伸ばした右手の爪をそのままに少年へと歩み寄る。
「お、俺を殺すのか? 勇者の俺を……」
魔族にとって「勇者」とは、遥か古の魔王大戦において彼らの首領である魔王を討ち果たした者の称号だ。なので自分の事を勇者だと名乗る少年をここで生かして帰す理由はない。
城でパクってきた鎧のお陰で、魔族に斬り裂かれた脇腹からの出血はそれほど多くはないが、それでも元の世界でこれまでケンカすらした経験が無かった少年には、見た目以上の大ケガを負った感じがして立つ事が出来なかった。
そんな彼が死の予感を感じ取り、全身が小刻みに震えだす。
「ちょっと待ちな」
あと少しでも魔族の爪が首に迫っていたら間違いなく漏らしていたところだったが、既の所でストップがかかり、声がした方向へ顔を向ける。
少年を囲んでいた魔族の包囲が開いて、その向こうから真紅のセクシードレスを纏った美女が現れる。
(そうか、ここで俺に惚れた魔族の美女が嫁1号になるのか!)
病的に白い首筋からクロスした真紅の布地が大きく開いた胸元を強調するホルタークロスと呼ばれるドレスはとても扇情的で、フレア状のロングスカートには深いスリットが切られており、彼女が歩く度に血管が透けて見えそうなほど白い美脚をスリットの奥から覗かせている。彼女の脚に履かれたヒールの高い黒い編み上げのサンダルからは歩く音が全く聞こえてこない。
DT少年には些か刺激が強い姿をした魔族の女性が少年の前でしゃがみ込み、彼の首筋に手を翳す。
「ほう、こやつ未だ女を知らんのか。それに魔力と生命力が高く美味そうじゃな。こやつが勇者と言うのは本当らしいの」
彼女はこの魔の森の向こう側を領地として治めている伯爵級の魔族で、種族は見た目通りの吸血鬼だ。彼女の城の地下には、まだ清らかで魔力が高い少年たちが囚われており、吸血鬼の為に血液を生産する人間牧場がある。
こう表現するといかにも非人道的で残虐な行いのように聞こえるが、飼われている人間たちの健康には気を配り、美味しくて栄養価の高い食事と十分睡眠、それに適度な運動を行わせるなどの健康管理が行き届いており、それは人間たちの血液を搾り取る牧場と言うよりは、ただの献血会場を併設した宿泊施設と表現するのが近いだろう。
その証拠にこの施設へ収容された者たちは、誰も自分からこの場所を去ろうとしなくなるし、それにキス以上の恋愛がご法度となっている以外は、献血をしない時間は自由で何をしても良いから大人の恋愛に目覚めない限り、ここは彼らや彼女らが住んでいた町や村よりも生きやすい環境が整っていた。
「何より食べるのに困らないし、人族より吸血鬼のお姉様方に血を吸って貰う方が気持ち良いからな!」とは収容されている男性の言葉だ。
「お主に選ばせてやろう。我らと共に来るか、それともここで干乾びるまで吸い尽くして欲しいかじゃ」
いくら美しい容姿をしているとは言え、見るからに人族とは違う吸血鬼の美女を見ながら返答に困った少年の額に冷たい汗が流れる。
何とかここを生き延びる方法を考えなくてはならないのだが、脇腹の傷の痛みが段々と大きくなってきて少年の思考を阻害する。
「くそっ! 俺はこんな所で死ぬような小物じゃない!!」
「そうか、ならばここで干乾びるがいい」
それほど重傷という訳ではないが、元居た世界でこれほどの怪我を負った経験が無かったせいで痛みに慣れておらず、そのせいで動きが鈍った少年に吸血鬼の美女が引導を渡してやるべく近寄ったが、ここで何かを察してその場を飛び退く!
「あっぶねー!!」
「何者か!?」
地面に突き刺さった矢が飛来した方向へと視線を向けると、遠くに十数騎の馬影が姿を現す。
「ふん、気配を隠蔽しながら姿を晦ますとは、なかなかの手練みたい」
たったの十数騎しか居ない小隊規模の敵に警戒を強める魔族たち。
まだ敵までの距離は遠く、普通ならここまで矢が届く訳が無いので、この一射だけで相手の力量が相当なものだと伺い知る事が出来る。
「こんな小物の血に拘って手下たちの数を減らされるのは、どう考えても損ね……皆の者、引き上げるわよ!」
こうしてオリビエたちに保護された剣聖勇者の少年は無事に城まで護送された。めでたしめでたし。




