愛と和平
「その男を渡しなさい、幌橋。すでにこの件はSOSの手を離れて【ナインライブズ】の管轄になったわ」
廃ビルの最上階に二人を追い詰めたあと、阿茶伽羅はそう告げておもむろに煙草を咥え指先からの炎で火をつけた。吸い終えるまでに結論を出せという最後通牒だと幌橋は察した。彼の背中に庇われた中年の男は震えながら首を横に振った。
『い、いやだ……せめて一目、娘に会うまでは』
安芸と名乗った男はテロ組織を抜けて地球に逃げてきたと言った。ただ娘に会いたい、それが叶えば後はどうなっても構わないと幌橋に接触しSOSの保護を求めてきた。
それから3日、幌橋は安芸の娘を探したのだったが手がかりは得られなかった。その間に相手とどういう交渉があったのか、上層部はこの件から手を引くと決定した。
「せめて一週間、いやあと2日だけ調査の時間をくれ。それで結果が出なかったら諦めよう。頼む」
幌橋の言葉にも阿茶伽羅の目は冷ややかだった。
「それはあなたの自己満足でしょう? そうしている間にも危険度は増すのよ。それが分からないの? ……はあ、結局あの日から錆びついたままなのね」
阿茶伽羅の言葉に違和感を覚えながらも幌橋は交渉を続ける。
「なら幌橋、あと一日待ってあげるわ。ただし、失敗したならあなたがその男を始末なさい」
阿茶伽羅の非情な宣言に安芸に緊張が走る。
「何を言っている! そんなことは……」
「ふふっ、【宇宙の虎】なんて呼ばれて地球でぬるま湯に浸かっているからよ。だったら私が目を覚まさせてあげるわ。昔に戻っ」「その話はやめろ! ……それならば」
「それなら何? あたしから逃げられるとでも? 今のあなたには無理よ。能力解放でもしない限りは」
「おまえもそれが狙いか……だが断る! 私はもう捨て駒になる気はな」『あ、あ……アアA……GYAAAA!』
突然に安芸が苦しみ出す。振り返った幌橋の首を両手で絞めて吊り上げる。狂った目で睨みながら
「なっ! こ、これは……」
「あたしが出向いたのはこの処理よ。そいつはテロ用有機ロボット、細胞にニトロ基を持つ人型爆弾よ。爆発したら都市がまるごと吹っ飛ぶくらいのね。
そして娘を見つけられなかったのは、それが植え付けられた疑似記憶だから。……はあ、情けないわ。そんなことも分からなくなっているなんて」
阿茶伽羅の手のひらに青白い高温の炎が生み出される。
「ちょうどいいわ。そのままそいつを押さえ込んでいて頂戴」
「や、めろ……巻き、添えに……」
「あなたは死なないでしょう? 【ナインライブズ】で唯一、ウルズルの加護を得ているんだから。ちょっと熱いけどそこは我慢しなさい」
阿茶伽羅の放った火炎弾は二人を包み、爆縮して異空間に運び去った。
一週間後、幌橋は特別報酬が振り込まれた通帳を手にして事務所にいた。阿茶伽羅からも小切手の同封されたお見舞いが届いた。『やっぱりあなたしかあたしのパートナーはいないわ!』などという戯言も並んでいたが幌橋は無視することに決めた。
報酬の半分をアンナ名義の口座に振り込んだ。そのことは彼女にも元妻にも教えていない。