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9話 セルメイル交渉

 セルメイル王国・王都ラムレドはそれを囲む高い城壁を見ても分かるように、セルメイルの心臓部であり、王国そのものである。そして、その心臓部が史上初めて魔族の襲来を受けていた。


 周囲が止めるのを他所に、エルゼンは自ら城壁に登り街の外を眺める。その目に映ったのは、整然と並ぶ魔族の軍団だった。あの自分本位で身勝手な魔族が一糸乱れず集団行動を取る様は、普段の獣のような荒々しさ以上に人間たちを不気味に感じさせる。


 その上、本能に頼る魔族は単純明快に魔界に近い集落から狙うもの。それが他の町々を無視して王国深くのこの王都に攻めてきたのだ。明らかにこれまでの襲撃とは違う。エルゼンが息を呑めば、隣のメルタニーも「信じられん……」とぼやいてしまった。


 魔族の数は凡そ五十。決して多くはないが、人間が抗うには万の軍勢が必要だろう。今のラムレドには用意する余裕はない。この高い城壁も魔族にとって何ら障害にはならないだろう。


「十年どころか、今日のようだな。滅亡は……」


 エルゼンも己が最後の王になることを覚悟するしかなかった。それでも、ただで死ぬつもりはない。メルタニーが状況を報告する。


「一先ず一千の兵が正門裏に配置済みです。他は順次編成中。五千は動員出来るかと」


「敵はこの正門だけなのだな?」


「はい」


「なら、反対の門から市民の避難を始めろ。編成中の部隊はその警護に充てるのだ」


「では、陛下も避難を」


「不要だ。私が留まることで時間稼ぎになるやもしれぬ」


 このラムレドが王国の心臓ならば、国王もここにいるべきだろう。メルタニーはその高潔な意思を尊重することにした。


 しかし、腑に落ちないことがある。魔族側の動きだ。一向に攻めて来ず、正門から五百メートル手前でただ待機しているだけ。折角の虚を突いた奇襲もこれでは無意味だ。エルゼンがそういぶかしんでいると……、


「っ!」


 やっと動きがあった。整列している魔族たちの中から、一つの影が正門に歩み寄ってきたのだ。


 そして、それがこう叫ぶ。


「セルメイル王国に告げる。某は魔王ファルティスの使者、小早川金吾である。此度はこちらの要望を伝えに参った。代表者に面会願いたい!」


 それは予想外の申し出だった。いや、これまでの全てが予想外である。だから、エルゼンも然程驚きは見せなかった。それに応じるべく城壁を降りようとする。


「陛下が直接会うおつもりか? 流石にそれには賛同しかねます!」


「この魔族は図りかねる相手。ならば、王である私でしか判断は下せまい」


 メルタニーの反対も高潔な意思が弾き飛ばす。相手は正攻法では敵わぬ魔族の軍勢。今は、ただただ戦にならぬよう立ち回るしかないのだ。


 正門の前で一人で佇む金吾。やがて、固く閉ざされていたその門が開かれると、まず飛び出してきたのはセルメイルの兵士たちだった。完全重武装の彼らが金吾を取り囲む。次いで、兵士たちに護られながらエルゼンとメルタニーが現れた。


「私がセルメイルの王、エルゼン・ロッシュモンドである。用件を伺おう」


 君主が直々に出てきたことに感心した金吾は、その表情を少し和らげた。


「貴国とこれからについてお話したい。場を設けて頂けるか?」


「貴公を王都に入れるつもりはない」


「ならば、ここで結構。腰掛けを用意して頂きたい」


 金吾がそう素直に妥協してきたので、エルゼンも椅子を二つ用意させた。両者がそれに腰掛けると、金吾は早速本題に入……ろうとしたら、エルゼンに先を越される。


「小早川金吾と言ったか。貴公は人間か?」


「魔族ではないが、正確には人間でもない。某はバスタルドによってこの世界に呼ばれた異界の者だ。勇者と呼ばれる類らしい」


「っ!」


 勇者の自称に、彼はまた驚愕した。ただ、先に聞いていた勇者召喚の噂に、魔族たちを従わせている現実を見せられれば疑う気にはなれなかった。


「尤も、バスタルドとは既に縁を切っており、現在はファルティスに与している。さて、本題に入ろう。こちらの用件は三つある。まず一つ、セルメイルの民を譲り願いたい。数は千人ほど」


「何のために?」


「ファルティスの根拠地を整備するための人員だ。今は廃墟同然となっているが、某は天下一の都にしようと考えている」


「都!? 魔族の街を作るというのか?」


「いや、魔族と人間の街だ。魔族は優れた生き物だが、文化の素養が全くない。人間の力がなければ都市のていは成さないだろう」


 その宣言の前にエルゼンはしばらく思慮してしまう。本当に予想外の連続。何をするのが正解で何をするのが間違っているのか、英傑な彼をもってしても全く分からなかった。


 黙り込んだ主君を見て、隣に立っていたメルタニーが金吾に問い質す。


「バスタルドが非道とはいえ、貴公は人間たちを裏切ることに罪悪感はないのか? 勇者とあろう者が凶悪な魔族に手を貸すことに後ろめたさはないのか!?」


「全くない。と言うより、俺はここの人間たちに仲間意識はない」


「貴公でも知っておろう。人間の魔族被害を。弱者を見捨てるのか?」


「弱者と言うのなら、それは世界の果てに押し込められている魔族の方ではないか?」


「ぐっ……。し、しかし、魔族が人間にとって脅威なのは変わりない。此度の人員の供出も人を食うためではないのか?」


「違う」


「千人の命の保障が出来るのか?」


「出来ない。と言うより、保障を証明する術がない」


「そんな条件でこちらが承諾するとでも?」


 メルタニーが呆れながら突っ込むも……、


「断られるとは思いもしなかった」


 金吾は本当に驚いたように答えた。尤も、その反応は至極全うである。何せ、彼の後ろには五十もの魔族が控えているのだから。


 この人間界において魔族の力は一騎当千と言われている。それを信じるなら、この五十人で一般兵五万の兵力に相当するというのだ。人間相手の交渉だったからか、メルタニーもつい失念してしまっていた。


「脅しのように聞こえるのなら言い方を変えよう。セルメイルには都を作る手伝いをして頂きたい」


 金吾が慰め程度に譲歩すると、エルゼンも聞く耳をもつ。


「見返りはあるのか?」


「今後一切、セルメイルの土地を荒らしはしない。……それとこれは結果的にだが、貴国に莫大な富を与えよう」


「千人か……」


「一先ず、大工や工匠だ。次いで鍛治師や山師。あとは各種の商人たちや芸子など……。ああ、酒屋は必ず入れろ。ただ、今すぐ千人とは言わない。数回に分けてくれて結構。今回は二百人ほどを望む」


 それが用件の一つ目。次いで二つ目。


「もう一つ、こちらの街にセルメイル屋敷を設けよう。今後の交渉はそこを窓口にする」


「在魔界公館を設置しろというのか……」


「そこには相応の者を配置して頂く。国王の代理となる者をな」


 その金吾の考えを聞かされると、エルゼンも真面目に考慮せざるを得なかった。魔族側は今後も本気で自分たちと交流を続けようというのだ。


 そして三つ目。


「最後に、我々とセルメイルの関係を断絶させないために人質を差し出してもらう。国王の子供なら男女は問わない。そちらの都合に合わせよう」


 奇しくも、金吾が示した三つの用件はバスタルドが突き付けたものと同じものだった。


 こうなれば、あとは人間と魔族、どちらと手を結ぶかだ。エルゼンは再び思慮に更けると、決断を下すために必要な糸口を求める。


「一つ問いたい」


「何か?」


「貴公は何故、人間ではなく魔族を選んだ?」


「初めに会ったバスタルドは、某をこの世界に無理やり呼び寄せた身勝手な連中。その次に出会った村民たちに至っては、某を火炙りにしようとした。……ファルティスだけだ。彼女だけが俺を礼をもって受け入れてくれた。それだけだ」


 勇者金吾にとって人間と魔族に区別はない。判断を下すのは、種族ではなく情だというのだ。そして、エルゼンもまたその理屈を素直に受け入れてしまった。それに、今のセルメイルにとって魔族よりバスタルドの方が恐ろしい。魔族が興盛こうせいだった時代だろうが、人間が隆盛りゅうせいである時代だろうが、結局、弱者は虐げられるしかないのだ。ならば、己を縛る倫理など捨てるしかない。人間が結束する時代はもう終わったのである。


「そちらの用件、全て承知しよう」


 国王エルゼンは要望を承諾した。隣の老臣からの諫言も聞かず、早速引き渡す人員の選定を命じる。


 バスタルドの要求には考慮すらしなかったのに、魔族の求めには応じる。それは武力で脅されたからか? それとも相手もまた魔界での弱小勢力だからか?


 否、理由は小早川金吾その人だ。人間と魔族を従わせるこの男に、閉塞へいそくした情勢を打開させる光明を見出したのである。


 エルゼン・ロッシュモンドは、この天下の裏切り者に王国の命運を賭けたのだ。


お読み頂き、誠にありがとうございます。


ブクマや↓の☆☆☆☆☆の評価を頂けましたら大変嬉しく存じます。


今後ともよろしくお願い致します。

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