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83話 ストロイベンの思惑

 一方、そんな快活な金吾らとは逆に、彼は終始暗い顔だった。


 アルステイム中心部にあるヒョーデル公爵邸。そこでアルフは叱責を受けていた。


「申し訳ありませんでした」


 執務室にて頭を垂れる勇者。対して、カラフを侍らすストロイベンもまた険しい表情で彼を見ている。


「間違っていたと分かっているなら、もう何も言うまい。もう二度と軽率な真似は控えるように」


「はい」


「それでオカヤマの魔族と手合わせをしてみてどうだった?」


「少なくとも、あのルドラーンという魔族はこれまで国内に出没していた野良魔族よりは手強いと感じました。これまでの多くの魔族にあった攻撃性は感じられず、慎重に確実に事を進めるタイプのようです」


「やはり、オカヤマの重臣なだけあって腕も確かか」


「しかし、小早川金吾はそれ以上です」


「それほど強いか?」


「直接剣を交えたわけではわけではありませんが、俺が会った中では人間魔族を含め一番かと……」


「成る程な。メルベッセが奥の手として呼び出しただけのことはある。だが、驚かされたのは政治の才覚だ。威風堂々としつつも傲慢ではない。何でもかんでも意志を押し通そうというような頑固さはなく、外交では折り合いをつけることも知っている。魔界を武力ではなく口で統一させたということだが、納得出来た。何でも、元の世界では天下人の息子だったそうだ。政治というものを知っている。もし、農夫や靴屋の息子だったらここまでにはなっていなかっただろう。メルベッセもとんでもないものを呼び寄せたものだ」


 そして、彼はおもむろに問う。


「殺れそうか?」


「っ!」


 アルフは即答が出来なかった。自分は勇者であるし、ストロイベンには恩がある。出来ないとは言えなかったのだ。ただ、ストロイベンもその困惑を察し、言い直す。


「いや、命じはしない。ただ、小早川金吾を殺そうと思えば出来るのかと聞いている」


「……正直、簡単にはいかないかと」


「それだけ聞けば十分だ」


「?」


「今回の使節団の招聘しょうへいには、和平交渉の他に三つの思惑があった。一つ、小早川金吾の暗殺。二つ、オカヤマの内乱の誘発。あわよくば、それらでオカヤマを崩そうという甲案を目論んでいたのだ。だが、あの金吾ならどちらも承知の上だろう。事実、オカヤマにいる密偵からは街に騒乱の様子は見られないと報告が来ている。恐らく、オカヤマに留まっている魔王ファルティスが見事に治めているのだろう。その魔王の寵愛ちょうあいを受けている小早川が暗殺されれば、崩壊どころか報復の可能性が高いと見た。そのため、甲案を捨て乙案であるオカヤマとの協調路線でいくことにした。……だが、継戦派はそうは思うまい。使節団を完全に隠し通すのは難しく、いずれ気づかれ、使節団を葬り去ろうとするだろう。そこで思惑の三つ目が生きる」


「三つ目?」


「思惑の三つ目、それはオカヤマの力を利用して継戦派を潰すだ。継戦派が襲撃すれば、オカヤマ使節団は反撃に出るだろう。その争いに勝利すれば、我々和平派が帝国の主導権を握れる。小早川もその協力をする気配を見せているからな。ただ、継戦派が使節団に手を出すと、それは外交問題と捉えられることもあり得る。それを理由に、オカヤマはバスタルド侵略の大義名分を得ることになるだろう。あの小早川ならば協調路線が駄目なら支配しようと考えるはずだ。今のバスタルドでは魔界を統一したオカヤマの総力には敵わず、この国は魔族の植民地となり人間は奴隷にされる」


「そんなことが……」


「だからアルフ、お前は使節団の護衛に付け。使節団が襲われるのを見て見ぬフリをすれば、和平派もオカヤマから敵と見なされる。また、連中の力だけで継戦派を潰すという結果もオカヤマにイニシアティブを取られ、連中によって帝国の主導権を与えられたということになってしまう。あくまで和平派とオカヤマの共同という形で継戦派に相対するのだ。オカヤマに敵対するのは継戦派という一部の連中であり帝国の総意ではないと示せば、侵略の大義名分は失われるはず」


「な、成る程」


「但し、継戦派には魔術庁など帝国の戦力の中枢が与している。他の勇者もお前以外のほとんどが向こう側だ。また、私も知らない秘密兵器もあるかもしれん。何千、何万という魔族は無理でも、八人程度なら十分討てる可能性がある。決して甘く見るな」


「い、色々複雑なのですね。俺、頭の中がこんがらがってきました」


「オカヤマと組んで継戦派を潰し、帝国の主導権を握る。それが今の我々にとって最善だということだ。それだけ分かっていればいい」


「承知しました」


「頼むぞ」


 話は以上。ただ、アルフにはまだ訊きたいことがあった。


「あの……ラナ様は連れ戻さないのですか?」


 未だ彼女のことを想っていたのだ。ストロイベンもその心情は理解している。彼こそがアルフと孫娘の婚約を決めたのだから。だが、もう情勢が違う。彼は間を置くと淡々とこう答える。


「アイツのことは忘れろ」


 アルフの頼みの綱は……切れた。


 彼の退出後、この場にいながらずっと黙っていたカラフがストロイベンに問う。


「公爵、本気ですか? 魔族と手を組むなど」


「……」


「私は小早川金吾をアルステイムに誘き寄せてオカヤマを切り崩すと聞いていたから、正使の役目を受けたのです。下品なオカヤマに渋々赴いたのです。なのに……! 乙案など本気で考えておられたのですか!?」


「仕方がない。小早川金吾が聡明そうめいだったのだ」


「公爵……!」


「話は仕舞いだ。お主も下がれ」


 その方針に不満があったのはアルフだけではなかった。いや、和平派と言いながら和平に本当に納得しているのは誰もいなかったのだ。


 このストロイベン自身でさえも……。


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