79話 勇者の実力①
会談が終わると、金吾は側近二人を連れ庭に出た。だだっ広い芝生の上を歩きながら、感想を口にする。
「思っていたより良い感じだな」
「良い感じでしたか?」
彼の満足そうな表情に、ラナは首を傾げてしまった。
「ああ、お前の祖父は話が通じそうだ。久しぶりの再会だったのに話さなくて良かったのか?」
「ええ、祖父は厳しい方なので」
「ただ、連れていたあの男はな……。勇者か……。こちらへの牽制のために出席させたんだろうが……。そもそも勇者の定義をよく分かっていない」
「『勇者』とは魔族に匹敵する力をもつ人間のことです。普通の人間は肉体でも魔力でも魔族には全く敵いません。それはお分かりですよね?」
「ああ、以前ブレネイの戦いで、お前が率いていたバスタルド軍は俺のオカヤマ軍に手も足も出なかったよな」
「ムっ! 私が率いていたんではありません。あくまで副官です! ……えっと、基本的に人間は魔族には敵いません。しかし時には、突然変異で魔族並に魔力をもった人間が生まれてくることがあります。そういった者たちなら魔族と戦うことが出来る。まぁ、要約すれば、個人または少数で魔族を討てる者。それが勇者です」
「魔力があれば人間でも対抗出来るってことか。しかし、魔力とはそんなに重要なのか? 魔族が口から熱線とか吐いていたアレのことだろう?」
「それは魔力の使い道の一つでしかありません。魔族はそういう攻撃で使うのが主ですが、人間は多種多様な魔力の使い道『魔術』を見出しています。例えば、魔術で人間の身体能力の向上させ、魔族並の丈夫さにさせるとか……」
「魔術とやらでそれなりに戦えるようになるわけか。しかし、勇者はそう多くはない」
「はい、バスタルドは比較的に多くの勇者を有していますが、それでも数十人程度。天下に誇る大国でもそれぐらいしかおりません」
「単純計算すると魔族数十人分の戦力か。今のオカヤマの街にいる魔族だけで千は超えている。魔界全土なら何万……いや、それ以上になるだろう。総力戦になれば勝負にならないな」
「ただ、人間界において勇者の人気は絶対的なものです。人間たちにとって彼らは恐ろしい魔族から自分たちを護ってくれる守護神なのです。そして、先ほどのアルフはバスタルド勇者の中で最強と言われている人……」
「アイツはただ強いだけではない。民に人気があると?」
「彼は元々没落貴族の末裔でした。けれど、祖父が彼の才能を見出し、勇者になれるよう支援したのです。結果、彼はその期待に応えてバスタルド一の勇者になり、それは祖父の派閥であった反メルベッセ派の勢いにも繋がりました。それに焦ったメルベッセ宰相は己の派閥の象徴となるようなアルフ以上の勇者を求めたのです。そして……」
「俺を召喚したってわけか!?」
これが金吾がこの世界に呼び出された経緯。彼とアルフはライバルだったのである。また、アルフが反魔族思想ながらストロイベンに従っている理由も分かった。
「成る程な。しかし、俺はメルベッセ派の象徴になるどころか、魔族を治めるという真反対のことをしてしまったわけだ」
皮肉なことである。
ただ、金吾には気になることがあった。
「ただ、気になることがある」
「何です?」
「俺、魔術とか使ったことがないのに、何で魔族並に丈夫なんだ?」
「え?」
すると、そこにそのライバルがやってきた。
「ラナ様!」
アルフだ。彼は険しい面でラナに寄ってくる。帯剣もしていた。
「ラナ様、ご無事で何よりです。魔族の軍勢に捕らわれたと聞いた時は大変心配致しました」
「アルフ、ありがとう。私は大丈夫よ」
「俺も助けに向かいたかったのですが、公爵がお許しにならず……。さぁ、一緒に戻りましょう」
そして、アルフは彼女に手を差し伸べた。
戸惑うラナ。どう返答すればいいのか、どの選択を選べばいいのか、全く分からなかったのだ。
だから、代わりに金吾が答える。
「ラナはオカヤマの重鎮だ。勝手をされては困る」
「勝手だと? 勝手をしたのは貴様らだろう! ラナ様をかどわかし、魔族のために使役している。俺は勇者として、婚約者として彼女を救いに来たのだ」
「婚約者ぁ!?」
金吾、堪らずラナに視線を向けると、彼女も堪らず視線を逸らす。
「いや、祖父が決めたことで……」
どうやら、アルフの敵意は正義感だけではなく個人的な事情も絡んでいるようだ。だからといって、金吾も引き下がるわけにはいかない。彼女は大切な部下なのだ。
「アルフとやら、弁えよ。我々は招待された客人なのだ。お主の無礼は主人の顔に泥を塗ることになるんだぞ」
「黙れ! 天下の裏切り者! 本当なら貴様をここで斬り捨てたいところなんだぞ!」
何とか嗜めようとするも、アルフは猛々しいまま、荒々しいままだ。
「コイツ……、何たる短慮」
この男にまた呆れさせられる金吾。没落貴族の末裔ということだが、碌な教育を受けていないのか。これでは冷静に説いても聞く耳もたないだろう。
そこにストロイベンの高官たちがやってきた。アルフがいなくなったので捜しにきたのだろう。
「アルフ、何をしている。公爵がお待ちだ。早く帰るぞ」
アルフを連れて帰ってくれるよう。金吾にとっては助け舟だ。……だが、
「それはラナ様も一緒だ」
彼らの言葉にも聞く耳もたないよう。お手上げである。
この男が耳を傾けるとしたら、それは彼女の言葉しかない。
「さぁ、ラナ様」
アルフがラナの手を握ろうとしたら、彼女は手を引いて拒んだ。反射的だった。アルフは勿論、彼女自身も驚いている。だが、これで意を決した。
「アルフ、私はオカヤマに残ります」
「なっ!? 何を仰います! コイツらに強いらされているのですか?」
「そう思う気持ちも分かります。けれど、これは私自身の意志です。私のことは忘れて下さい」
「そんなこと、納得出来ません」
彼女の意志は固かったが、アルフもまた固い。構わず強引に彼女の手首を掴もうとする。されど、それは彼が許さない。
ルドラーンだ。これまで静観していた彼の手が、アルフが伸ばした手を遮った。
「ラナに手を出すな」
ラナを護る。それは彼女とした約束である。
しかし、アルフはそれで引くような男ではない。……いや、引いた。身体を引いて、腰の剣の柄を握り抜刀の構えをした。
「引け、魔族! 貴様らはここにいていい存在ではない!」
一触即発。相手が戦闘態勢に入れば、ルドラーンも躊躇はしない。ラナを下がらせた。
「アルフ!」
「ラナ様、貴女は魔族どもに洗脳されてるんだ」
ラナの訴えももう届かず。
その光景を渋い面で見ていた金吾は、ふとティエリアのことを思い出した。アルフの敵意はオカヤマに来たばかりの彼女とそっくりだったのだ。国政に関わらない者にとって、これが一般的な魔族への感情なのだろう。恐れと怒りだ。
彼はアルフに告げる。
「勇者よ。ラナを取り戻すためには武力も辞さないということか?」
「そうだ!」
「ならやってみろ。ルドラーン、相手をしてやれ」
何と、戦いを認めてしまった。慌てて止めようとするラナを無理やり下がらせながら、ルドラーンに「但し、周りは荒らすな」と命じている。金吾はバスタルド最強の勇者とやらの実力に興味があったのだ。これは、いい機会であると。
こうなっては仕方ない。彼女も観念してルドラーンに声援を送る。
「ルドラーン、気をつけて。アルフはこれまで十二人の魔族を倒しているわ」
「十五人だ。ラナ様が留守の間も戦い続けていた」
アルフ、抜刀。
「魔界から逃げ出した野良魔族をいくら討ったところで自慢にはならん」
ルドラーンも右手を刃に変えた。




