77話 バスタルド交渉①
その後、金吾たちは一休みして疲れを取ると、宮殿内の応接間に赴いた。到着早々、バスタルドとの会談があるのだ。互いに時間は無駄にしたくない。会談場所がここなのは、金吾たちを世間の目に晒したくないからだろう。
先方より先に席に着いた金吾は、その部屋にもまたまたまた感嘆。
だだっ広い空間に、これでもかと装飾が施された椅子と美しい輝きをもった大理石のテーブル。壁には絵画が飾られ、陽を入れる大窓はとても大きくとても透明なものだった。感嘆のあまり上を向けば、そこにすら荘厳な天井画が一面に広がっている。
「これは石だよな?」
「大理石よ」
目の前のテーブルを擦っている金吾の問いにラナが答えた。日ノ本ではまだ流通していない建材である。
「凄いな……」
もう感嘆しっ放しである。オカヤマも様々な贅沢品を人間界より輸入しているが、これほどのものはお目に掛かれていない。
「ここは外交の場でもありますから、バスタルドも力を入れてるんですよ」
ラナがそう説くも、そのバスタルドの思惑通り金吾は圧倒されてしまっていた。
「オカヤマもいつかこんな屋敷を建ててみたいものだ」
そして相手方がやってくる。大人数のようで、彼らバスタルド高官たちは勢い良く堂々と扉を開けて入室してきた。……だが、それも最初だけ。先頭の三人が金吾らを見ると、途端に足を止めた。正確には、金吾の隣のルドラーンを見るとだ。
「な、何故、魔族がいる!?」
どうやら交渉の場には人間しか出てこないと思っていたようだ。ルドラーンを見た彼らは怯え……いや、恐慌に陥っている。金吾はその動揺振りを見ていると、道中警護をしていたバスタルド兵たちは怯えつつも軍人としての矜持は保っていたのだと感心した。
「公爵、お逃げ下さい! 魔族です! 魔族がおります!」
先頭の高官がまだ廊下にいる上司を止める。されど……、
「構わん」
上司はそう言いながら周りの制止も聞かず金吾たちの前に姿を現した。
魔族を前にしても毅然さを失わない老輩の男。金吾はその胆力に感服し、ラナは顔を強張らせてしまった。
彼の名はストロイベン・ヒョーデル公爵。ラナの祖父である。
一方、席に着いたストロイベンは孫娘には一瞥しただけで済ます。バスタルド側の多くの高官たちもルドラーンへの恐怖は止まなかったが、上司に従って何とか席に着いていった。その席にはバールやこの間の正使カラフ伯爵もいた。
「私は帝国公爵ストロイベン・ヒョーデル。バスタルド皇帝の代理人だ」
「関白、小早川金吾。此度のお招き、感謝する」
双方が軽く挨拶を済ませると、会談は開始となる。
まずはストロイベンから。
「小早川殿、此度のバスタルドとオカヤマの同盟の承諾、感謝致す。先の大戦からまだ間もないが、禍根を残さず両国が末永く繁栄するよう手を取り合っていくことを願う」
「無論だ。天下のバスタルドが我がオカヤマを承認してくれたことは、新しい時代への大きな一歩である。他の人間国家も貴国の動きに追従し、魔族と人間との新しい関係が広まっていくことだろう」
「うむ。我が国の働きを認めてくれているのなら話はし易い。我が臣民もそちらとの交易に積極的になり、オカヤマに在住する者も増えていくだろう。それを踏まえて、我が国からオカヤマにいくつか要望がある」
「聞こう」
「一つ、交易に関して優遇を頂きたい。我が国との交易は貴国に多大な利益をもたらすであろうし、こちらも大々的に交易態勢を整えるつもりだ。その投資と思って、関税優遇や貴国で産出される資源の優先的取引をしてもらいたい」
「……」
「二つ、オカヤマにバスタルド軍の駐留を認めてもらいたい。オカヤマは建国して間もなく、五大老と呼ばれている魔王たちが降ったばかりだ。情勢は不安定と思われる。オカヤマ在住のバスタルド民に安堵を与えるためにも軍隊を置きたい」
「……」
「三つ、軍事同盟を結んで頂きたい。我が国と貴国が力を合わせれば、この世界に敵はいない。新たなる秩序を与えられる。オカヤマは宗主国の一つとして人間界にも影響を与えられるようになるだろう」
「……」
「如何か?」
それは明らかにバスタルド優位の要求ばかりだった。バスタルド人であるラナさえも、そのあまりの不平等ぶりに険しい表情をしてしまっている。ただ、金吾は顔色一つ変えずに黙って聞いていた。そして、その顔のままこう問い返した。
「それに答える前に確認したい」
「どうぞ」
「貴公の提案はバスタルドの総意なのか?」
「っ!」
眉間にシワを寄せるストロイベン。他の高官たちが小さくざわめく中、金吾は構わず続ける。
「某は人間界から来る移民や商人、セルメイル、そして元バスタルド軍人のラナ・ヒョーデルを通して、そちらの内情をある程度は知っているつもりだ」
その言葉でストロイベンが孫娘に視線をやると、彼女は気まずそうに俯いた。
「バスタルドは大国だ。故に人も多く、その意志を統一させるのは困難だろう。長年恐れていた魔族の国家と手を結ぶことに反対意見がないというのは考えられない。また、ブレネイの戦い、続いてオカヤマ征伐でも我々に敗北を喫し、覇権国家として立場が揺らいでいるとも聞いている。その原因であるオカヤマに反撃ではなく和解をしてしまったら、世間からは魔族に屈したと思われるのではないのか?」
「……」
「また、バスタルドでは長らく宰相メルベッセ(ブラウノメラ)による独裁が続いていたと聞く。そして、その対抗派閥の長が貴方、ヒョーデル公爵だった。某はメルベッセの指示で召喚された勇者。つまり、メルベッセの置き土産だ。反メルベッセ派であった貴方としては、魔族を率いる某を排除するのが道理であり、立場上求められているのではないのか?」
「……」
「メルベッセは某を召喚し、某は魔界を統一し魔族国家オカヤマを建国した。つまり、オカヤマはメルベッセによって生み出されたようなものだ。反メルベッセ派ならば、オカヤマを認めることなど絶対出来ないはずだ」
「……」
今度はストロイベンが黙って聞いていた。代わりに、周りの高官たちのざわめきが増し、動揺を隠せないでいる。金吾は図星だと捉えた。
そして金吾はやっと顔色を変え、笑みを見せながら本音を明かす。
「そこで腹を割って話をしたい。某はこのバスタルドの主導権を親オカヤマ派に握らせるためにやってきたのだ」
「っ!」




