75話 金吾の恋
それからティエリアはすっかり落ち着いた。
金吾がバスタルドへ赴く前夜、彼女は彼の自室、御座の間を訪れる。
「お前から来るのは珍しいな」
マルタの酌で月見酒を嗜んでいた金吾は、その来訪に素直に驚いていた。
「しばらく顔を見られなくなるので」
ティエリアは彼の隣に座ると、マルタが持っていた銚子を受け取り、代わりに酌をする。
「バスタルド皇女が来るのはまだ先になりそうですか?」
「ああ、普通なら先に人質である皇女を受け取ってから赴くものだが、バスタルドはいざとなれば皇女を切り捨てるだろう。なら、どちらが先でも構わない」
「だとしたら、皇女は気の毒ですね」
「ん? あんなに毛嫌いしていたのに同情するのか?」
「冷静に考えてみたんです。オカヤマ征伐敗北直後のこの同盟は、バスタルドにしたら敗北を認めることに等しいと。つまり、この魔族の街に嫁ぐ皇女は生贄のようなもの。さぞや心細いでしょう。気の毒です」
「随分大人になったな」
「やっと思春期が終わったんです」
「なら、優しく迎えてやってくれるか?」
「はい」
金吾の頼みに彼女は笑顔で答えた。
「ふふ、怒っている顔よりそっちの方がずっといい」
金吾が再び酌を受けると、今度は彼からティエリアに酌をする。
彼女はそれを口にするとこんなことを言った。
「それとこうも考えるようになったんです。これからは我慢したり、察してもらおうとしたりせず、自分から思ったことをどんどん言おうって」
次いで、金吾の頬に手を当て自分へ顔を向けさせた。
「月ばかり見ず、酒ばかり味わわず、私を見て私を味わって下さいませ」
ティエリアらしくない本当のティエリアに金吾の頬も綻んだ。
「愛い奴だ。これまでで一番可愛いぞ」
「そう思って下さるなら、この新妻を可愛がって下さいませ。それが旦那様の義務ですよ」
「今夜は酒はほどほどにしておくか」
彼も杯を置くと、彼女を優しく押し倒した。
「そういえば、これまではこうなる度にファルティスに邪魔されていたな」
「本当。結局、キスすら出来なかったし」
「……」
すると、金吾はそのまましばらく考え込んだ。
……。
……。
……。
そして離れた。
怪訝になるティエリアに彼は言い訳する。
「明朝、オカヤマを出なければならない。初夜はバスタルドから帰ってからにしよう」
尤もな理由に、新妻も納得せざるを得ず。折角の気分なのにお預けをくらい、ティエリアは少し不満げに頬を膨らませるのであった。
尤も、その言い分は金吾の逃げ口上でしかなかったのだが。
月明かりに照らされるオカヤマ城。ティエリアを帰した金吾は、その屋根の上に登っていた。
そして彼女の隣に座った。
「こんなところにいたのか、ファルティス」
一人座って夜景を眺めていたファルティスに、彼はそう声を掛けた。金吾は嫁を二人も取ったことで、彼女の不興を買ったのではないかと懸念していたのである。
そして案の定、彼女は答えず。一瞥もせずに無表情で街並を見つめていた。初めて見るファルティスの冷めた態度に、金吾も少し警戒してしまう。
「バスタルド皇女だけではなくティエリアまで娶ったこと、怒っている?」
「……」
「この結婚はあくまで政治的なものだ。それ以外にない」
「……」
「たとえティエリアと結婚しなかったとしてもアイツとの付き合いが浅くなるわけではないし、もしお前と結婚したとしても今より親密になることはない。結婚したからといって情に変化が起きるわけではないんだ」
そう弁明すると、ファルティスもやっと顔を向けてくれた。
こう突っ込みながら。
「でも、ティエリアは結婚しなければ国に帰すつもりだったんでしょう?」
「ぅ……」
金吾、図星を突かれ言葉を失う。
ただ、ファルティスの方も少し態度を和らげた。
「けど、確かにそれは結婚と情は関係ないことの証明にはなってるけどね」
「まぁ、最近アイツも態度が柔らかくなってきたし、可愛げも出てきた。以前よりずっと良くなっている。ただ、恋愛までには至らん」
「私とも?」
「恋愛とは執着だ。女に執着して国を傾けた為政者は古今東西ごまんといる。国家を担う者には不要だ」
「言いたいことは分かったけど……何か寂しいな」
「別に、お前たちを蔑ろにしているわけではないからいいだろう? 程よい関係が最も健全で最も長続きする。そういうものだ」
「そういうものか……」
恋愛に無知な魔族のファルティスも人間の金吾にそう説かれれば納得するしかなかった。
「それじゃ金吾は恋愛をしたことはないんだ?」
「ああ、ない。……あ」
自信満々に頷く金吾。……が、思い出してしまう。
「あった……。俺にも心を奪われた相手が!」
「なっ!?」
その衝撃の告白にファルティスは愕然。一方、金吾の脳裏にはその相手のことが蘇ってきていた。
「日ノ本時代のことだが、俺好みのすっっっごい可愛い子がいたんだよ。一目惚れだったな……。伊達政宗という大名の下にいたんだが、何度催促してもあ奴は渡さず、結局手に入れられなかった。あ~~~、今思うと悔しい! 俺のモノにしたかったぁ!」
嘆き、嘆き、嘆く金吾。先の言葉とは裏腹に思いっ切り固執していた。そしてファルティスはというと、その嘆きを聞く度に怒りが込み上がっていた。
それでも、すぐにはそれを吐き出さない。彼女は冷静を装いながら刺々しく問う。
「その子、何て子?」
「片倉左門ちゃん!」
「………………男っ!?」




