74話 勝者と敗者の振る舞い
翌日、ティエリアとユリエラら従者たちは街に出ていた。今回の目的は買い物。溜まっていた鬱憤を発散するには最適であり、街中を歩いているだけでも楽しいものがあった。
「相変わらず活気がある街ねー」
ティエリアが街を見回しながらユリエラに言った。
「先の魔界統一宣言で、移民者が更に増えているらしいですよ。お陰で街を早急に拡大しなくてはならず、街並みもかなり乱雑になっているみたいです。だから、危ないところもあるらしいので気を付けて下さい」
「スラムってこと?」
ティエリアがそう問い返していると……、
「まるでスラムだな。この街は」
前方から同じことを言う男がやってきた。配下を引き連れたバスタルドのカラフ伯爵である。使節団の務めの一つとしてオカヤマの街並みを見聞していたのだが、その所感は好意的なものではないよう。
「雑多で、下品で……。まぁ、魔族の街に相応しいと言うべきか。こんなところと盟を結んだらと思うと悪寒が走るわ」
すると、カラフもティエリアに気づいた。彼女の前に赴くと早速挨拶をする。
「おやおや、セルメイルのティエリア王女とお見受けした。某、バスタルド帝国使節団のカラフと申します」
表面上は丁寧だが不躾とも感じられる挨拶。ティエリアは一瞬不愉快になったが、隣のユリエラが視線で嗜めてくるので一先ず礼儀をもって応じる。
「使節団が来訪しているのは聞き及んでいます、カラフ伯爵。如何ですか? この街は。人間と魔族が共存する素晴らしいところでしょう?」
「素晴らしい? ふふ、そうですな。セルメイルの王女からすれば、このような混沌も素晴らしく見えるでしょうな」
「っ!」
「何百年も前の廃墟を突貫工事でそれらしく見せた紛い物。まぁ、品性や道徳が望めない魔族や流民が作ったというのなら納得は出来ますか」
ただ、相手はそのつもりがないようで、そう嘲笑を含ませながら言った。更にこんなことも……。
「そういえば、王女にドレスをお贈り致しましたが、如何だったでしょうか?」
「え? ええ、とても素晴らしいものでした」
「そうでしょうな。セルメイルにはない代物でしょうな。尤も、あの程度のものバスタルドには吐いて捨てるほどありますが。まぁ、大切にお使い下さい」
「なっ!?」
それはあまりな物言い。
憤るティエリア。それは彼女も同じだった。
「伯爵、あまりにも失礼ではありませんか?」
自重を促していたユリエラも相手に苦言を呈する。ティエリアには大人として振舞えと言っていたが、そもそもその相手にその気はなかったのだ。
それでもカラフの態度は変わらない。
「失礼? フン、セルメイルのような小国が我がバスタルドと対等でいようとすることの方が失礼であろう。オカヤマ征伐の結果がどうであれ、バスタルドが大国なのは変わりないし、セルメイルは弱小なままだ。なのに、オカヤマは我々に用意する公館をセルメイルと同じものにしようとしている。実に不愉快だ」
そして、そのまま溜まっていた不満を吐き出す。
「国命なので渋々こんなところに来たが、やはり臭くて敵わん。魔族の臭いがプンプンしておる。下品で野蛮な国よ。そして、こんな国を気に入っているセルメイルの王女もまた同じく下品で野蛮ということかな」
「っ……!」
そのあまりの無礼な発言に、ティエリアは堪らず拳を握ってしまう。だが、昨夜の叱責がそれ以上はいけないと押し留めてきた。
しかし、次の言葉がその堰を切らせてしまう。
「王女がこれならセルメイルの王や民も高が知れているな」
それは、昨夜ユリエラに言われたことそのものだった。
ティエリアは改めて思い知る。父や民を侮辱されたことの悔しさを。
それが彼女に拳を上げさせた!
と、思ったら……、
何とカラフの方が上がった。身体そのものが。
「な、何だ!?」
当人も当惑。配下たちも。
それを成したのは、彼が最も忌み嫌っているものだった。
「好き勝手言うじゃないか。人間」
ガッシュテッドだ。突然現れた三メートル超の彼がカラフを掴み上げたのである。
「この間の戦いで大負けしたくせに、何でそんな偉そうに振舞えるんだ?」
どうやら、街をぶらついていたところカラフの暴言を耳にしたようだ。そして、ティエリアと同じく憤慨もしていた。
一方、カラフは掴まれた状態でも態度を改めなかった。
「こ、この魔族め! 私を誰だと思っている? バスタルド帝国の正使だぞ!」
「あん?」
「私に何かあったら、バスタルドはもといオカヤマだって黙ってはいないぞ。貴様は処罰されるんだ! 処刑だ!」
「何故だ?」
「それが外交儀礼というものだからだ! 全く、やはり魔族は下品で野蛮で礼儀知らずだ。分かったなら早く下ろせ」
確かに、金吾も外交儀礼は尊重している。それがなければ、人間国家とまともに交渉が出来ないからだ。
ただ、ガッシュテッドは下ろさなかった。代わりに問い返す。
「お前、矛盾していることに気づかないのか?」
「あん?」
「魔族が下品で野蛮で礼儀知らずなら、外交儀礼なんて通用するのか?」
「……え?」
「弱っちいくせに態度がデカいのは、呆れを通り越して感心するぜ。それに免じて一口で呑み込んでやる」
そして、ガッシュテッドは手の中の獲物を大きく開けた口の中へ……。
「うわあああ! やめろ! やめろおおおおおお!」
カラフもまた大きな口を開けて叫ぶのだった。
そして……、
……。
……。
……。
ドン――。
尻餅。不意に地面に落とされたカラフは放心状態。そんな彼にガッシュテッドは顔を近づけながら言う。
「ハハハ、冗談だよ、冗談」
「っ!?」
「人間は好きだろう? 冗談ってヤツが」
「くぅっ!」
茶化されたと分かると恐怖から憤怒へ。しかし、抗議など出来ようがない。カラフは配下と共に這う這うの体でその場から逃げ出すのだった。
それを見送るティエリアは、ガッシュテッドとユリエラらと共に大笑いした。
「ハハハハハハ! あー、スッキリした。ありがとう、ガッシュテッド」
「なに、オカヤマ征伐戦勝の宴で舞を見せてもらった礼だ」
ティエリアの礼に、ガッシュテッドもまた礼を返した。更に、彼はこうも助言する。
「ティエリア、お前も一々ムキになるな」
「え?」
「俺たちは勝者であり、アイツらは敗者だ。お前の方が立場は上なんだよ。敗者が何を言おうと負け犬の遠吠えだと聞き流せばいいんだ」
それは力が物を言う魔界の考え方だった。
「そうか……。そうだね」
バスタルドは最早憎き敵ではない。自分たちに大敗を喫した哀れな敗北者なのだ。そう思うと、ティエリアの中にあった憎しみは不思議と収まっていった。
勝者は堂々としていればいい。バスタルドの皇女が嫁いでこようとも、勝者として敗者を迎えてやればいいのだ。
「なに、また連中と戦になったら俺が大暴れしてやるからよ」
「うん」
何より、魔族という心強い味方がいるのだから。
去っていくガッシュテッドの背に感謝の眼差しを送るティエリア。そんな彼女の表情を見てユリエラも安堵を覚える。
「よく堪えましたね」
「最後は殴り掛かりそうになったけどね」
「それと、私は謝らなければなりません」
「え? 何を?」
「あのドレス、やはり突き返すべきでしたね」
ユリエラがそう謝ると、ティエリアはまた笑うのであった。




