73話 憤慨のティエリア
それから数日後、金吾はバスタルド使節のカラフ伯爵に招待に応じる旨を伝え、バスタルド公館の設置の段取りを決めた。
そしてカラフが退出したのと入れ替わるように、今度はマゼルバがやってきた。
松の間にて対面すると、彼は深く頭を下げながら挨拶する。
「ご機嫌麗しゅうございます。関白閣下」
「うん、マゼルバ殿も健やかそうで何より。それと閣下ではなく殿下だ。それで用件は?」
「はっ、閣下とセルメイル王女ティエリアとの婚姻を申し込みたく参上致しました」
いきなりの申し出だったが、金吾は特に反応を示さなかった。予想の内だったから。
「今日まで我がセルメイルとオカヤマは蜜月の関係を築いておりますが、より強固なものにするためにもこの縁組は欠かせないものと存じます。また、ティエリア王女自身も閣下に好意をもっておられますので、良き妻として閣下を支えることでしょう」
その言葉に、金吾は瓶を投げつけられたことを思い出しながら眉間に皺を寄せてしまった。
それはともかく、この申し出は間違いなくバスタルドの動きに合わせたものだろう。彼の国にオカヤマとの関係を先んじられることに危機感を覚え、急ぎ対処したというところか。
どちらにしろ、金吾としては断る理由はない。
「某がバスタルド皇女を娶ることは存じているか?」
「存じております」
「某は正室は置かず側室として迎えるつもりだ。ティエリア王女も同じ待遇で良いのなら、その話を受けよう」
「申し分ございません」
こうして、金吾は同時に二人の妻を娶ることなったのであった。
勿論その後、そのことを知ったファルティスに再び首を締められたのであったが……。
その夜、奥の間。窓の外を眺めていたティエリアはユリエラから婚姻が認められた旨を伝えられていた。されど、その顔はいつもの仏頂面。だからユリエラは問うてしまう。
「嬉しくないんですか? 王女」
セルメイル側も婚姻同盟を結ぶというマゼルバの提案。父王も賛成し、ティエリア自身も金吾に嫁ぐことに文句はなかった。ただ、その経緯が気に入らなかったのだ。
「まるでこっちが妥協したみたいじゃない」
「殿方から申し込んで欲しいだなんて、王女は乙女ですね」
図星だったので、ティエリアは「ムっ」とユリエラを睨んでしまう。だが、彼女は構わず続ける。
「結婚してしまえば同じじゃないですか。それより、これでもう人質ではないんですよ。これからは妻として夫を支える立場なんです。その仏頂面も厳禁です」
「分かってるわよ。それより、問題はバスタルドの女の方よ。きっと性格の悪い女狐みたいな奴が来るのよ。どんな嫌がらせをしてくるか、気を引き締めておかないと」
「仲良くなる気はないんですか?」
「仲良く? 相手は仇敵バスタルドの皇女よ? あり得ない!」
「けれど、これからは一つ屋根の下で一緒に暮らしていくんですから、弁えて下さいね」
「分かってる……」
「本当に?」
「分かってるって!」
念を押すも、その返答はどうも怪しい。
すると、そこに来客が……。
「こんにちは~。……あれ? 夜だから『こんばんは』だっけ?」
マルタである。大きな箱を持って訪ねてきた。彼が現れれば、ティエリアもつい頬を緩ませてしまう。
「いらっしゃい。どうしたの?」
「これ、ティエリア様への贈り物だそうです」
「へー。何だろう?」
ティエリアが箱を開封してみると、それはドレスだった。しかも、オカヤマでは手に入らないようなかなり上等なもの。
試しに鏡の前で身体に合わせてみると、それだけで彼女をより美しく映えさせた。
「どう? 二人とも」
「とてもお似合いですよ、王女」
「はい、綺麗です」
褒めるユリエラとマルタ。お陰でティエリアの機嫌も一転して良くなる。
「いいじゃない。こんな素敵なドレスを贈ってくれるなんて、金吾もセンスがあるわ」
金吾が新妻のために用意してくれた。彼女はそう思ったのだ。
だが、違った。マルタが正直に言う。
「いえ、それはバスタルド使節団からのものです」
「……」
またまた一転、ティエリアから熱が引いていく。無表情になると、手に持っていたそれを床に放り捨てた。そして冷めて表情のまま言い放つ。
「ユリエラ、突き返してきて」
「王女」
「突き返して!」
マルタはその突然の変節の意味が分からず怖がり、ユリエラも戸惑ってしまう。それでも侍女として主人を諭す。
「相手は輿入れしてくるバスタルド皇女と仲良くしてもらいたいがために送ってきたのです。着なくても構いませんが、突き返すのはそれを拒むようなものです」
「構わないわ。誰がバスタルドなんか……」
「マゼルバ伯爵も仰っていたでしょう。大局的に物事を見ろと。バスタルドと仲良くするのはセルメイルのためなのです」
「そんなの、納得出来ない!」
「大人になって下さい」
「うるさい!」
年長のマゼルバの言葉でも承知させられなかったのだ。若いユリエラでは更に若いティエリアを納得させるのは至難である。
そして、ティエリアは怒りに身を任せたまま……、
「こんなもの……!」
ドレスを踏み躙ろうと足を上げた。
それが彼女に昔を思い出させる。
「ティエリアぁ!」
「っ!」
ユリエラの怒声。何事も冷静に嗜めてきた彼女が声を荒げたのだ。ティエリアも驚いている。
「貴女ね、何なの? その態度は」
「ゆ、ユリエラ……?」
「ドレスを床に放り投げた挙句、踏み潰そうだなんて……。そんなはしたないこと母が教えた?」
「っ……」
それは侍女が主人に向けて放つような言葉遣いではなかった。だが、それには理由がある。
ティエリアの乳母がユリエラの母親で、二人は姉妹のように育てられた経緯があったのだ。幼くして実母を亡くしたティエリアにとって、乳母は頼りになる母親であり、ユリエラは掛け替えのない姉なのである。その姉が叱っていた。
「私が望んでここに来たのは、恐ろしくて身勝手で下品な魔族から貴女を護るため。けれど、今の貴女はそれ以上に下品よ。貴女はセルメイルの王女なのよ? 貴女のその態度が、国王やセルメイル王国の面子を潰すことになるの」
「……」
「母がこのことを知ったら嘆くわ。育て方を間違えたって。だから、いない母の代わりに私が嗜めているの」
昔からの情をもって説くと、ティエリアからも怒りが引いていった。
「ティエリア、納得出来ないのは分かる。でも、嫌うにも上品に振舞って欲しいの。王や民の名誉のためにも」
「……ごめんなさい」
そして、姉は反省する妹を優しく抱き締めるのであった。
「明日は気分転換に出掛けましょう。街も賑やかになっているでしょうし」
「うん」




