71話 バスタルドの要求
だが、金吾は生きていた。
「全く、昨夜は死ぬかと思ったぞ……」
「魔王はやはり魔王ってことですね」
首を擦りながらぼやく金吾に、ラナは苦笑しながら言った。
翌日、死地から何とか逃れられた金吾はルドラーン、ラナといつもの三人合議を開いていた。
「けれど、金吾……いや、関白閣下ももう少し女性たちに気を遣ってあげないと。年頃の女性には恋愛は付きものですから」
「閣下ではなく殿下だ。お前はしているのか?」
「え? あ、いや、いえ、その……」
その時に、ラナは隣のルドラーンをチラチラ見ながら答えに窮してしまった。
「まぁ、親父様とねね様はそれだったらしいが、俺は恋愛などしたことなかったからな。上流階級の結婚なんて家の事情でやるものだろう。お前の国だってそうではないのか?」
「まぁ、確かに……。それで魔王はお許しになったのですか?」
「正室は置かず側室にするって言って納得させた」
「それで納得してくれたんですか……。因みに、ファルティス陛下と結婚することは考えてないのですか?」
「必要性がないからな。臣下が皇族との結婚を望むのは権力掌握のためだが、今の俺は既にそれを手に入れている。ここで魔王との結婚の前例を作ると、将来それを企む政敵が現れるとも限らん。不必要なことはしない方がいい」
「成る程。確かに……」
それはさておきと、金吾は今回の議題に入る。
「さて、本題に入ろう。昨日の使節の件だ」
昨日の使節。それは、あのバスタルド帝国からのものだった。祖国のことをよく知っているラナもその到来には驚いている。
「まさかバスタルドが和平を申し込んでくるなんて……」
「おかしなことではない。オカヤマ征伐の大敗は戦力の消失だけではなく、バスタルドの覇権国家としての立場も揺るぎかねないものだった。そこにこちらの魔界統一だ。戦力で屈服させることを完全に諦めたのだろう」
一方、金吾としては予想通りの流れである。急いで行った魔界統一宣言は、見事に敵を減らしてみせたのだ。
「それで使節は何と?」
「三つ、要望を申し込んできた。一つはバスタルド皇女を俺に嫁がせること。向こうから人質を差し出すというのだろう。これは拒む理由がない。二つ目はセルメイルとの断交。仇敵セルメイルを討つために、その後ろ盾であるオカヤマを自陣営に組み込みたいのだろう。これは拒む理由しかない。取り敢えず、皇女の輿入れと公館設置を進めてくれ」
「承知致しました。公館はこちらで決めて宜しいですか?」
「ああ。ただ、セルメイルと同規模のものにするように。向こうの顔を立てておきたい」
「分かりました」
「あと、隣同士というのも駄目だぞ」
「はい」
「それと人間界に近いところはいかん。穴を掘られて地下道を作られかねん」
「……もう、後から後から注文が多いんだから」
ぶつくさ言うラナ。
一方、これまで黙って聞いていたルドラーンが金吾に言う。
「しかし、結婚とやらにそれほど意味があるとはな。子を成すためのただのつがいではないのか」
「まぁな。結婚することで『家』と『家』との繋がりが強まるんだよ。要は、味方に引き込む効果があるんだ。『家』自体が存在しない魔族には無関係だろうがな」
「ここの魔族たちにもその文化を教えていくつもりか?」
ルドラーンがそう問うと、ラナがまた彼をチラチラと見始めた。
ただ、そんな乙女心を他所に、金吾はこう断言する。
「いや、柵の方が大きい。結婚を使って人間が魔族を利用するということもありえる。この際、魔族の結婚は禁じてしまうか」
「ちょ、ちょっと、それは早計じゃないですか?」
すかさず口を挟んできたラナに、金吾は「え?」と呆けてしまった。
「結婚とは古くから行われてきた人間文化の象徴の中の象徴。魔族に人間文化を楽しんでもらうには、結婚……つまり恋愛も必要不可欠です。これは絶対推奨すべきなんです!」
彼女が身を乗り出しながら熱く語るも、鈍感二人の反応は微妙……。
「いや~、恋愛なんてな~。お前も興味ないだろう? ルドラーン」
「うむ」
金吾はもとよりルドラーンも無関心そうだった。されど、ラナがそれを許さない。
「教えるから! 私が教えるから!」
彼女がそう叫びながらルドラーンに縋り付くと、彼も「う、うむ」と頷かざるを得ず。
「ま、まぁ、やりたい奴はやればいいさ……」
金吾もまたその勢いに負けて禁止を見送るのであった。
それに、もっと考慮しなければならない事案もある。バスタルドの三つ目の要望だ。
「問題は三つ目だ。決めかねているので保留にしているのだが、お前たちの意見も聞きたい」
「何です?」
「俺をバスタルドに招きたいそうだ」
金吾のバスタルド訪問。それがバスタルド側からの三つ目の要望である。
驚く二人。それは内容ではなく悩んでいたことそのものにだ。
すかさず意見を出すのはルドラーン。
「受ける理由が見当たらない。五大老が帰順してまだ浅く、この街に不慣れな魔族も未だ多い。この不安定な状況において、国家の手綱を締める関白閣下が留守にしたら崩壊する危険がある」
続いて、ラナも。
「バスタルドに赴けば関白閣下の身が危険です。暗殺を企てられかねない」
二人とも反対だ。そして金吾自身も。
「その通りだ。俺の暗殺をやり易くなるし、オカヤマから離れさせればその崩壊も狙える。バスタルドにとっては良いこと尽くめだ。それと閣下ではなく殿下だ」
人手が不足している現状を考えれば、彼がオカヤマを離れるなどとても出来やしなかった。答えは明白である。悩む必要などないのだ。……だが、それでも彼は迷っていた。
「ただ、バスタルドを見ておきたい気持ちもある。人間国家は魔族とは違う強さがある。オカヤマを護るためにも無駄にはならないはずだ。今後、あの国に堂々と入れる機会など、もうないだろう。それに……」
「それに?」
「バスタルドは天下に誇る大国だという。俺も見たことのないのような娯楽がたくさんあるだろうなー」
「はぁ~~~~~~~~~?」
金吾が迷っていた理由。それは彼の性のせいであった。ラナは堪らず呆れの声を上げてしまう。
「そんな下らない理由でオカヤマを留守にしたいというのですか?」
「したいとはまだ言っていない。ただ、バスタルドの都はさぞや凄いんだろう?」
「ええ、まぁ。バスタルドの帝都アルステイムには演劇、音楽、美術など世界中のあらゆる珍しいものが集まっています。オカヤマなんて目ではないくらいに」
つい素直に答えてしまったラナだったが、ルドラーンが突っ込むように肩を軽く突くと彼女も失言に気づく。お陰で、金吾の娯楽欲は更に増してしまった。
何とかして行く理由を見つけたい金吾だったが、ルドラーンとラナは断固反対。されど、二人の言葉だけでは諦めさせることまでは出来ず、決断には至らなかった。
やがて沈黙……。
……。
……。
……。
「考えてみれば、何かを決める時はいつもこの三人だな」
「本当、人手不足ですよ」
金吾がついぼやいてしまうと、ラナも苦笑して同意した。
「俺たちの知恵だけではそろそろ限界か。助けがいるな」
されど、そんな者はいない。
……。
……。
……。
いや、金吾は一人だけ思いついた。もしかしたら彼なら必要としている答えをもっているかもしれない。
さすれば善は急げである。




