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70話 憤怒の乙女たち

 その夜、仕事を終えた金吾は、少し疲れた表情で奥の間を訪れていた。出迎えたユリエラが彼を部屋奥へ案内すると、待っていたのは笑顔のティエリア。


「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」


「うん? 今日は機嫌が良さそうだな」


 機嫌が悪いことが多い彼女だが、今日ばかりはその美形に相応しい笑みで迎えてくれた。いつもよりめかし込んでもいるよう。金吾にはその理由が分からなかったが、特に不思議に思わず彼女に誘われるがままテーブル席に着く。そして、おもむろに室内を見回した。


「しばらく来れなかったが、部屋も随分洒落てきたな」


 彼女がここに来たばかりは荒れ果てたままの部屋であったが、今ではすっかり手入れがされ、王女に相応しい豪勢な空間となっている。


「それはそうよ。人質とはいえ、セルメイル王女に相応しい場所であるべきだもの。お酒、飲むでしょう? 上等な物を取り寄せておいたの」


 更に、ティエリアは進んで酌までしてくれる。その酒の美味さもあって、金吾の疲れは一気に吹っ飛んだ。


「お? これはまた美味い葡萄酒ぶどうしゅだな」


「王室御用達のお酒よ。たっぷり楽しんで」


 上機嫌な彼女の勧めに釣られて金吾も上機嫌。ただ、彼が本当に酒ばかり楽しんでしまっているので、ティエリアは仕方なく自分から本題を振る。


「それで用件というのは?」


「うん? ああ、良い知らせをもってきたんだ」


「はい!」


 乙女、しっかり聞くべく背筋を伸ばす。


「いきなりこのオカヤマに連れて来られて苦労しただろう」


「はい!」


「魔族に囲まれた不慣れな環境で、人質としてよく務めてくれた」


「はい!」


「だからな……」


「はい!」


「お前をセルメイルに帰す」


「はい! ………………は?」


「セルメイルとは昵懇であり、人質はもう必要ない。我が国の誠意としてお前を親元へ帰すことにしたのだ」


「……」


 満面の笑みで伝える金吾に、満面の笑みで聞くティエリア。だた、ティエリアの方の笑顔は完全に固まっていたが。


 それを傍で見ていたユリエラが慌てて助け舟を出す。


「あ、あの、ところで金吾様。嫁取りをされると耳に挟んだのですが……」


「耳が早いな。実はな、バスタルドの姫をめとることにしたのだ」


「はあああああああああ!?」


 ティエリア、驚愕。


「それでな、ティエリアを帰して空いたこの部屋に迎え入れようと思ってな」


「はああああああああああああああああああ!?」


 ティエリア、絶叫。


 そして……憤怒の表情で目の前の男に怒鳴る。


「ふざけるな……」


「え?」


「時間を掛けてここまで模様替えしたのに、何でよりにもよって憎きバスタルドの皇女なんかに明け渡さなきゃならないのよ!」


「えっ? えっ?」


「誰が出ていってやるものですか! ここは私の部屋よ! 一生居ついてやる!」


「い、いや、だがな……」


「だがな、じゃない!」


 解せない鈍感に、苛立つ多感。


 そして葡萄酒の酒瓶を投げつけられると、乙女心を理解出来ない無粋者ぶすいものは堪らず退散するのであった。


 片や、そんなことでティエリアの怒りが収まるはずもなく。彼女はこぼれた葡萄酒を見ながらこう命じる。


「ユリエラ、明日マゼルバの元へ行くわ」




 一方、部屋を出て廊下に逃げ出した金吾は、葡萄酒が掛かった服を拭いていた。


「何だってんだ……?」


 金吾、当惑。だが、そこに更なる混沌がやってくる。


「うおっ!?」


 金吾、驚愕。すぐ傍にファルティスが立っていたのだ。廊下の暗闇に溶け込んで全く気づかなかった。


 そして「何でこんなところに?」と金吾が問おうとする前に、彼女が言葉を放つ。静かな怒りを込めて。


「他の女を嫁に取るってどういうこと?」


「え?」


「金吾にとって最も大切なのは私じゃないの?」


 いや、それは怒りというより殺気だった。それに気づいた金吾は後退りしようとするも、ファルティスの素早い手に阻まれる。首を握られて。


 必死に解こうとする金吾だったが、信じられない膂力りょりょくを前に成す術なし。首がミシミシと悲鳴を上げていく。


「他人に奪われるくらいなら……」


 そして、ファルティスの目が血のような赤い輝きを見せると……、


「愛を得られないなら、ここで壊してやる」


「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」


 死を悟った金吾の情けない叫びがオカヤマ城に木霊こだまするのであった。


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