65話 決闘、金吾 対 ガイゼルバッハ①
決闘は夜明け前に行われることになった。場所はオカヤマより百キロほど離れた荒山の山間。草木がほとんど生えていない禿げた地だ。人気のないここなら気兼ねなく決闘に望めるだろう。
まず最初に着いたのは金吾だった。彼は辺りを見回して地形を頭の中に叩き込むと、瞑想に浸る。ルドラーン以外には知らせていないし、口止めもしてある。策は弄さず正面から受ける気だ。
しばらくすると、相手方も現れた。やはり一人。ただ、金吾がゆっくり開いた目に映ったのは、小柄な人物だった。
シルンシである。
彼は先と同じように粛々と言う。
「よく来てくれた、小早川金吾。貴公の誠意に感謝する」
すると、彼の小柄な身体がみるみる膨れ上がっていった。刺々しい装甲を纏う腕に、太く逞しくなる足。厚みを帯びていく古傷塗れの胴体と、その背に生える二枚の翼。頭部から伸びる猛々しい角に、臀部から伸びるのは鋭い尾。そして、勇ましくも右目が潰れた顔立ち。それは身長四メートルに及ぶ人型の竜のような姿である。
「改めて挨拶する。私がガイゼルバッハだ」
魔王ガイゼルバッハ。魔族の擬態能力は人間に化けるだけに留まらない。シルンシという仮初めの姿になり、オカヤマと金吾をこの目で探りに来ていたのだ。旧知のサルベイダのみに知らされていたことである。
対して、金吾は特に驚きは見せなかった。予想していたわけではない。ガイゼルバッハと戦うことだけを考えていた彼にとって些細なことだったのだ。
そんな金吾が微笑んで応じる。
「オカヤマはどうだったか?」
「驚くべき世界だった。歴史の変わり目に立ち会っているようだ」
「俺は新しい歴史を作ろうとしている」
「だが、誰もが望んでいるわけではない」
構えるガイゼルバッハ。
対して、金吾も柄に手を当て抜刀の構えをした。
その頃、傍の山腹ではある人物がその決闘の見物をしていた。ヴァルサルドルムである。最強の魔族が配下も連れずたった一人でその様子を見ていたのだ。……否、一人ではない。
「おや、ご老体も観覧か?」
後ろから彼に声を掛けたのはラーダヤーヤ。オカヤマで手に入れたのであろう華美な扇子を持って一人で現れた。
二人とも知らされたわけではない。魔王と呼ばれるほどの猛者故に、何か感じ取って現れたのだろう。
「面白いものを見たいところじゃが、金吾はガイゼルバッハ相手にどこまでやれるかな? あやつ、サースティンガー如きに手間取っていたからのう」
彼女の見立てではガイゼルバッハが有利のよう。一方、ヴァルサルドルムは違った。
「儂は逆だ」
「金吾が勝つと?」
「ガイゼルバッハが金吾相手にどう戦うか……。そちらの方に興味がある」
「フ、そういえば主とガイゼルバッハは度々争っていたのう。奴はその度に強くなっていった。主が育てたようなものじゃ」
「先代の跡を継ぐ魔王はガイゼルバッハと思っていた。金吾が現れるまではな」
「情があるのか?」
「奴は力を絶対視し、求め続けていた。魔界の摂理に則ったその生き方は、正に魔族の権化と言っていいだろう。魔王に相応しい。だが、金吾という傑物の登場によって、その摂理そのものが変わろうとしている。金吾が生み出した時代の波に、ガイゼルバッハが挑んでいるのだ。これは古き時代と新しき時代の対決だ」
「金吾が死ねばオカヤマは崩壊、昔に逆戻りか……。妾としては金吾に勝ってもらわなければのう」
そこに三人目の観覧者が現れた。
「金吾は負けません」
ファルティスである。彼女もまた感づいてやってきたのだ。
「主も嗅ぎつけたか。腐っても魔王じゃのう」
そして、最後にヴァルサルドルムがこう締める。
「金吾は口が上手い。だが、耳を傾けてくれる魔族は少ない。結局、魔族の上に立つには実力がなければな」
金吾とガイゼルバッハ、二人にとってこれは試練である。
三人の魔王が見守る中、静かに対峙する両者。
金吾は先のユリエド戦のように後手を望んでいた。猛々しい戦い方をする魔族相手には、最少の動きで放つカウンターが適している。
一方、ガイゼルバッハは常に挑戦者。自ら強者に挑んできた。そして今回も。
先手はガイゼルバッハ。彼は龍の口を大きく開けた。
閃光!
魔術の光線を吐いたのだ。ガイゼルバッハは歴戦の猛者。金吾が待ちに徹していたのはすぐに気づいていた。ブラウノメラも放っていた破壊の光が金吾を襲う。
直撃は不味い!
金吾、横へ回避!
そして、その回避先には先回りしていたガイゼルバッハが待ち構えていた。
着弾による大爆発の光と熱と衝撃を受けながら、二人は即座に一撃を放ち合う!
「うぐっ!」
ガイゼルバッハの左の手刀が金吾の右鎖骨を折る!
一方、金吾の居合いは虚を衝かれたせいで僅かに遅れ、ガイゼルバッハの右前腕の外皮に阻まれた。
一手目の軍配はガイゼルバッハ。だが、彼はそれで満足せず、そのまま二撃目を放とうとした。
金吾は頭部を狙ったその鉄拳を頬を掠めながら躱すと、相手の懐に入って腹を殴り返す。……されど、強硬な外皮には効果なし。
金吾は爆発で上がった土煙を利用して一先ず距離を置いた。
ガイゼルバッハから視線を外さず、刀を構えたまま負傷具合を感じ取る。右肩に痛みはあるが、それはどうでもいい。問題は刀を振り辛くなったことだ。いきなり危機に陥った。
そしてもう一つ頭を悩ませたのは、その外皮である。
硬い。とてつもなく強固だ。殴った左拳の方が血が滲んでしまうほど。身体中が古傷塗れでありながら異様な硬さ。いや、だからこそ、ここまで強固な身体に仕上がったのだろう。その感触から、あのサースティンガーを遥かに超えているのは間違いなかった。
ガイゼルバッハは戦上手だ。事実、金吾に深手を与えたにも拘らず警戒を怠っていない。ブラウノメラより強敵である。
金吾はそれを認めると柄を強く握り締めた。距離を取り続けていると、またあの閃光を撃たれかねない。遠距離の戦いが出来ない彼にとって前進しかないのだ。
そしてガイゼルバッハもそれを察しているからか、手を前に翳し、五本の指先から魔術の光弾を放った。
やはり距離を開けるのは不利。金吾は光弾を掻い潜りながら前に出る! ……も、連射されるとそれも出来なくなる。数発被弾し身体が悲鳴を上げると、堪らず横へ避難してしまった。
五本の指から絶え間なく放たれる殺意の雨。逃げ続ける金吾を発射口が捉え続けている。全て躱すのは不可能。たとえ当たらなくても、足元への着弾によって地面を抉り煙を上げさせ、動きを鈍らせてくる。それが更なる被弾に繋がった。このままではジリ貧。一旦距離を置いたのは失敗だったか。
その様子を見ていたファルティスは心痛の表情を晒し、ラーダマーヤは溜め息を漏らす。
「やれやれ、やはりこの程度か。ブラウノメラを討ったというから、もう少しやれると思っていたのじゃがのう……」
「真逆だからだ」
ヴァルサルドルムが答えた。
「ブラウノメラは己の『謀略の性』を徹底的に潰され、力ずくという性に反する戦い方をいしてしまい敗れてしまった。だが、ガイゼルバッハは『野心の性』。唯一の魔王になるという野心に駆られ、その障壁となる者に対してはとてつもない力を発揮する男だ。今、奴の野心の最大の障壁は、オカヤマを成した小早川金吾であろう」
金吾にとってガイゼルバッハは最も決闘をしてはならない相手だったのだ。
そして、金吾自身もまたこれが今まで経験した中で最も厳しい戦いだと気づいていた。既に、並の魔族なら一発で膝をつき、並の人間なら一発で消し飛ぶ光弾を何十発も受けている。走り続けていても射撃は一向に止まない。
このままだと何も出来ずに敗れる。金吾は逃げながら考え、考え、考えた挙句………………立ち止まった。
敢えて身を晒す。その行為にガイゼルバッハは訝しむが、構わず撃ち続ける。加減は必要ない。もう片手も使って計十本の指から光弾を浴びせた。
集中的にぶち込まれた光弾が爆発、爆発、爆発!
着弾点は激しい炎と煙に包まれ、その中から砕かれた石や岩が飛び散る。巨大な岩石すら吹っ飛ぶ激しさだ。
しばらくして射撃は止んだ。
煙が立ち込める着弾点。徹底的にぶち込んだガイゼルバッハだったが、それでもやはり油断はない。反撃に備え、目の前に集中していた。
金吾の思惑通りに。
「っ!」
ガイゼルバッハがそれに気づいた時には、既に間近まで迫られていた。
金吾、真上からの奇襲。煙と吹っ飛んだ岩石に紛れ、上空に逃れていたのである。
前面ばかりに気を向けていたガイゼルバッハは対応が遅れた。だが、接近を許しただけ。金吾による脳天を狙った高速落下からの刀の振り下ろしに、両腕をクロスして応えた。そして防いでみせた。
硬い――!?
両腕ごと斬り落とすつもりが、その外皮に完全に防がれ、金吾は驚愕してしまった。やはり、その頑強さが一番の厄介だ。
硬い――!?
刀を圧し折ってやるつもりが、刃毀れ一つさせられなかったことに、ガイゼルバッハは驚愕してしまった。最硬を誇る前腕以外なら防ぎ切れなかっただろう。
互いが互いを強敵と認め、二人は死地の接近戦に挑む。




