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64話 あべこべの魔族

 半刻後、その場に呼ばれたサルベイダとシルンシを迎えたのは、ぼんの上に置かれたマベッシュの首だった。


 首の前に腰を下ろし言葉を失っているサルベイダに、上座の金吾が険しい表情で問い質す。


「某の命を狙って凶行に及ぼうとした。それについてガイゼルバッハ側の釈明を聞こう」


 この詰問はガイゼルバッハの命運に関わること。臣従勧告を受けた時以上の滅亡の危機である。それを前に、サルベイダは気を取り直して両手を床に付け弁明する。


「これはマベッシュの乱心によるもので、我が主ガイゼルバッハの与り知らぬこと。決して我々にオカヤマへの反抗の意志はない。マベッシュを監督出来なかったのは、俺の不徳に致すところ。謝罪する」


 魔族らしい無骨な言葉で弁明するサルベイダ。


 そして……、


「もし、ガイゼルバッハに落とし前を求めているのなら、このサルベイダを首を差し出す。これで勘弁してもらいたい!」


 自らの首を差し出して許しを請うた。後ろに控えていたシルンシが慌てて彼の肩を掴み首を引き上げようとするが、頑なに差し出し続けている。


 命を懸けて誠心を見せるその姿に、金吾もまた誠心にて応じる。


「ガイゼルバッハを護りたいか?」


「主には乱世の初期より従っていた。今、天下が治まり、ファルティスが絶対の魔王となってもその気持ちは変わらん」


「そうか……」


 思慮する天下の為政者いせいしゃ。しばらく黙っていた彼は……ゆっくりと決を下す。


「マベッシュの暗殺は単独による稚拙ちせつなものだった。恐らく衝動的なものだったのだろう。残念ながら、このオカヤマの街に馴れなかったのだろうな。魔族の生態を考えれば、その心情は理解し、同情もする。そして、お前の主への忠誠心に免じて今回に限り不問に付そう」


 無罪放免である。その予想外の寛大かんだいな裁定に、サルベイダは喜びのあまり人間のように頭を下げてしまった。そんな彼に金吾はこう続ける。


「サルベイダ。お主の心意気、感心したぞ」


「は?」


「孤独を好む魔族が敢えて各魔王に従っているのは、己の保身のためであろう。なのに、お主は己の命を捨ててまで主を護ろうとした。お主ほど忠義に厚い魔族は初めてだ。まるで人間のよう」


「っ!?」


「利己を捨て、組織を導く……。魔族でありながら、最も魔族に遠い男。正に、このオカヤマに相応しい魔族だ」


「お、俺が……オカヤマに……」


「お主がそこまで忠義を示す主、ガイゼルバッハに興味を覚えたぞ。会ってみたいものだ。早々にオカヤマ入りするよう伝えてくれ」


 金吾の言葉はサルベイダに衝撃を与えた。


 これほど憎んだオカヤマにとって、自分こそが最も相応しい魔族だというのだ。


 そして魔族にあるべき姿を求めながら、自分こそが最も魔族らしくないというのだ。


 また、反オカヤマ同盟を結ぼうとしたこと自体、孤独を好む魔族に反する行為とも言えるだろう。


 全てあべこべだったのだ。


 言葉を失い、金吾に返答出来ずにいるサルベイダ。


 だから、代わりに彼が答える。


「金吾殿に提案がある」


 それはシルンシが初めて発した言葉だった。彼は粛々とこう言い放つ。


「小早川金吾とガイゼルバッハ、二人きりの決闘を望む。これは本人からの言伝ことづてである」


「っ……」


 それには金吾も虚をかれた。サルベイダが「シルンシ!」と制止しようとするも、彼は構わず続ける。


「それを伝えるか判断するのが私の役目だった。そして、貴公はそれに相応しいと私は認めた」


「その結果次第でそちらの去就きょしゅうを決めるのだな?」


「如何にも」


 金吾は思慮した。だが、それも僅かな間だけ。


「……分かった。受けよう」


 魔族を従わせるには魔族の流儀に従うこと。


 それこそが魔王を心服させる正道である。




 面会後、サルベイダたちを帰らせた金吾は、窓から見える月をさかなに酒を啜っていた。その満足そうな表情に、ルドラーンが疑問を投げ掛ける。


「良かったのか? 暗殺を不問にして」


「マベッシュのようにオカヤマに馴染めない魔族は、他の元魔王たちの配下からも出てこよう。あそこでガイゼルバッハに責任を負わせれば、元魔王たちにも詰めなければならなくなる。それは成ったばかりの従属関係の破綻を招きかねない。初めは緩めに、体制が強固になったらきつく締めるようにすればいい」


 金吾も同情だけで許したのではなかった。それに、それだけではない。


「また、サルベイダのことも気に入った。あの忠誠心ならガイゼルバッハからも重用されているだろう。逆に、奴の進言ならガイゼルバッハも聞き届けるかもしれない。あの男は優秀な伝達役になる」


「成る程」


「そして何より、あんな男を従わせるガイゼルバッハの器量だ。配下に命を掛けさせるほどの魅力的な者なら、残り六割の野良魔族たちを纏め上げ、オカヤマに匹敵する勢力を築くこともありえる。無碍むげには扱えん」


「そこまで考えていたか」


「今はこの体制を強固にするだけだ。太閤秀吉が秀頼のためにしてやりたかったことを、俺はファルティスのためにやってみせる」


 日ノ本の天下人の息子である。体制維持には長けていた。


 ただ、暗殺不問以上のことがこれから待っている。ルドラーンからそのことを問い質されないので、金吾からそれを振ってみた。


「決闘については何か言わないのか?」


「それに関しては俺から言うことはない。俺も交渉だけで統一を成すのは、魔族として釈然としないところがあったからな。強者同士の戦いで決する。それはお前が現れるより以前、何百年、何千年と続いている魔界のルールだ」


「そうか」


 先ほど言った思惑も、全ては決闘次第。


 そしてこれは数々の魔王を伏させていった中で最も至難の試練でもあった。




 ガイゼルバッハ邸に戻ったサルベイダは、再び屋根の上からオカヤマの街並みを眺めていた。手に持ったマベッシュの首と共に。


「お前はこの時勢に絶望し、死を選んだ。その行動はガイゼルバッハの立場を悪くさせるものだったが、それこそが利己的な魔族のあるべき姿だったんだろう。お前は見事なまでに魔族だった」


 彼は仲間の自死を責めなかった。


「対して、俺はこの時勢に相応しい魔族なんだと……。笑えるだろう? 皮肉だ。皮肉過ぎる……」


 寧ろ自分自身を責めていた。自己嫌悪に陥っていたのだ。シルンシがやってくると、彼に謝罪までする。


「すまない。……ただ、何故決闘を申し込んだ? 俺も予め聞いてはいたが、まさか本当に……」


「マベッシュに応えてやりたかった。『力で決する』というアイツの考えは、他のガイゼルバッハ配下の魔族も同じだろう。なら、その主として応えてやるべきだと思ったんだ」


「……」


「リアスターが勧めた肉もジーグリーンが出した茶もどれも美味かった。この地は欲望に溢れている。魔族が虜になるのも当然だ。そして、それを成した小早川金吾は今まで戦ってきたどの相手よりも強大。これまでの魔族の戦い方は通じない男……。戦わずに屈するのは納得出来ないし、それ以上にあの金吾と戦ってみたくなったんだ」


「そうか……」


 彼が決めたのなら、自分から言うことはない。


 魔族に相応しくないサルベイダに出来るのは、主の武運を祈ることぐらいか。


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