63話 愚直なる者の凶行
式典が近いということもあって、オカヤマ城は夜になっても政務で慌しかった。
松の間にてルドラーンとラナ、各奉行衆が待ち構える中、金吾が「あー、忙しい、忙しい」と言いながら、本当に忙しそうに入室してくる。
「全く……。ゆっくり酒を飲む暇もない」
彼が上座に着座すると、一同は挨拶の礼をした。
「さて、取り敢えず全ての魔王が臣従することになった。めでたい。これで魔界統一式典を堂々と執り行える。一同は予定通り準備を進めるように。ただ、ガイゼルバッハとベリアルドゥの二人にはオカヤマ入りの猶予を与えた」
「では、式典は二人が不在のまま執り行うと?」
ラナが質問した。
「魔界統一宣言は早めにしておきたい。これは魔族向けというより、人間界に対する安堵と威圧が目的だ。魔族の勝手がなくなったことへの安堵と、魔王ファルティスが強大になったという威圧のな」
「全ての魔王が臣従したとはいえ、こちらに与していない魔族はまだまだ大勢いるんでしょう? どこにも属していない野良魔族たちが……」
その疑問にはルドラーンが答える。
「魔王勢力に入っていない者は、凡そ六割というところか」
「六割!? 多っ!? オカヤマに従わないのが六割もいて魔界統一って言えるの?」
「とはいえ、野良魔族のほとんどが群れるのを嫌った一匹狼だ。まぁ、中には群れを作っている者たちもいるだろうが、それでも数人というところだろう。脅威にはなりえない」
更に金吾も補足。
「お前の国、バスタルドにだって国に反抗する賊みたいな連中はいるだろう? 全てを完全に従わせるのは無理だ」
「まぁ、そうか……」
「そういう連中は、今後時間を掛けて従わせるか討ち滅ぼしていけばいい」
野良魔族たちについては、今のところ頭を悩ませる必要はない。気にすべきは一気に巨大化したオカヤマのことだろう。
「今回の魔王たちの従属によってオカヤマは大きくなった。それで、これを機会にオカヤマでも官職を作ろうと思ってな。今は奉行しか置いていないし」
「それは良いと思います。というか、一番気になるのは金吾殿の立場でしょう。今は魔王の代理人という曖昧なものですし」
ラナも賛成。彼女などの人間からしたら金吾をどう呼べばいいか困る節があった。
「やはり『宰相』でしょうか?」
「いや、もう決めてある。『関白』だ」
「カンパク?」
「日ノ本における帝を補佐する官職だ。まぁ、こちらの宰相と同じだな」
「関白閣下?」
「違う。関白に対する敬称は『殿下』だ」
「えー、それはおかしいでしょう。殿下は王族に対するものじゃない」
「そういうものなのだ。ただ、問題は五人の元魔王たちの方だ。魔王の呼称は使えなくなったが、それに代わる相応しい立場を与えてやらないといけない。ラナ、何かあるか?」
「うーん、尤もらしいのは……公爵かな?」
「その公爵の位は人間界にもあるのだろう?」
「ええ、私の家が公爵家だから」
「じゃあ駄目だ」
「何で!?」
「つまり、お前の家と同等ということだろう? 魔王たちが納得出来るものではない」
「ムっ! まぁ、確かに我が家と元魔王が同格なのは、私自身も首を傾げたくなるし……。なら、王族扱いする?」
「それも駄目だ。将来、魔王の位を巡って争いを引き起こしかねない」
「えー、じゃあ思いつかないよ。なら、そっちも金吾が作ればいいじゃない。関白とかいうワケの分からない官職みたいにさ」
「まぁ、この際、全て日ノ本流にした方がいいか」
すると、そこに部下が報告をもってきた。マベッシュが来訪したというのだ。
「こんな夜中に会いたいだと? しかも一人で? ……まぁいいだろう。ラナ、お前は奉行衆と式典について詰めておけ。ルドラーンは従え」
魔族だから昼夜など気にしていないのかもしれないが、ガイゼルバッハに関する急ぎの知らせの可能性もある。金吾はルドラーンを伴って席を立った。
オカヤマ城・菊の間。普段あまり使われず、蝋燭の火も乏しい暗い石畳の洋間にて、マベッシュは立ちながら瞑想していた。これまでとは違う、感情を押し殺した静かに雰囲気に、入室してきた金吾は違和感を覚える。
「一人か? サルベイダはどうした?」
「……」
「こんな夜中に何の用だ?」
「……」
ルドラーンを脇に控えさせ、椅子に腰を掛けながら声を掛けるも、彼からの返答はなし。……いや、ゆっくり目を開けると静かに話し始めた。
「昼間、この街を見させてもらった。他の魔族たちとも会ってみた。人間が魔族に笑顔で話し掛け、魔族もまた人間の文化を満喫している。ここが魔界などとは、とても信じられなかった」
落ち着きながらも、その目には決意の炎が宿っている。
「いや、この世の出来事とすら思えなかった。まるで幻、夢のようだった。……悪夢だ」
そして、その根源である金吾を睨んだ。
「この世界は歪んでいる!」
マベッシュ、強襲!
一瞬で金吾との間を詰めると、鋭い爪を突き立てる! ……が、その間にルドラーンが割り込んだ。
二つの巨体が重なり合い、二つの殺意がそれぞれの的に放たれる!
ルドラーンの刃に変えた手刀はマベッシュの腹を貫き、マベッシュの爪はルドラーンを無視して金吾に放たれていた。……されど、それは鼻先寸前で止まっていたが。
そして、金吾自身はその光景を顔色一つ変えず見ていた。何事にも動じない覇者の如く。
マベッシュ、吐血。何とか後退りしてルドラーンの刃を腹から抜いた。
「はぁ……はぁ……。ルドラーン、何故、その男のために身を挺する? そいつは人間の勇者だぞ? 我々魔族を滅亡に追いやる死神だ」
次いで、力なく跪いてしまう。
「この街を見て分かった。魔族たちは喜んで人間の文化を味わっているが、あれはただの餌付けではないのか? あんなものを覚えれば、いずれ娯楽なしでは耐えられなくなるぞ。そして、それを餌に人間にいいように使われるようになるのだ。馬や牛のようにな」
更に両手を床に付け……、
「小早川金吾は確かに恐ろしい力をもった勇者だ。このような手で我々魔族を滅ぼそうなどとは……」
身も伏した。
「気づけ、魔族たちよ。我々の本来の姿を取り戻すのだ」
そして……、
「この先にあるのは……魔族にとっての暗黒時代」
……、
「そんな世の中で……生きる……くらいなら……」
涙を浮かべながら息を引き取った。
マベッシュも乱世を生き抜いた戦士である。相手の力量を見誤ることはない。つまり、この行動は……。
金吾もその心情に気づいていたから何も言わなかった。代わりにルドラーンが問う。
「どうする? 金吾」
「……」
「これはガイゼルバッハの反逆に当たるのではないか?」
「……サルベイダを呼べ」




