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61話 お茶

 次いで、サルベイダたちが訪れたのはヴァルサルドルム邸。オカヤマ城に次ぐ広大な屋敷だが、魔族しかいないためか屋敷内は与えられたままの殺風景な様相である。


 その応接間にて、三人はヴァルサルドルムの腹心ジーグリーンと会談していた。


「そうか。使者の大任ご苦労だったな。この街で分からないことがあれば何でも聞いてくれ。以前は争い合っていた仲だが、今は同じ魔王に従う同志である。共に衰えた魔界を盛り立ていこうではないか」


 茶をすすりながら彼らの労をねぎらうジーグリーン。


 一方、サルベイダは自分たちに出されたテーブル上のカップを見つめ続けていた。


 見つめ続け、


 見つめ続け、


 見つめ続け、


 そして、その苛立ちの視線をジーグリーンに向けた。


「まるで人間だな。ジーグリーン」


 接茶せっちゃは人間界の文化。当然、魔族にそんなものはない。片や、ジーグリーンもその苛立ちをいなすように飲み続けている。


「試してみろ。中々悪くないぞ。金吾より贈られた高級茶だ」


「ふざけるな!」


 怒声を上げたのはマベッシュ。目の前のカップを払い除け、ジーグリーンを責める。


「どいつもこいつも人間なんぞに被れおって……。貴様、それでも最強の魔族の腹心か!?」


「ここは魔族と人間が共存する世界だ。おかしくはないだろう」


 次いで、サルベイダも。


「貴様たちはこれでいいと思っているのか? ファルティスに屈することを受け入れるのか? あの軟弱なファルティスに」


「……」


「貴様とは何度も戦い、その実力は一目置いていた。なのに、一戦もせずに屈するとは……。しかも、これらを仕組んだのは人間の勇者だ。我々魔族の天敵だ。そんな奴にいいようにやられて、貴様らには矜持はないのか?」


「……」


「共に戦おう。軟弱な魔王を討ち、憎き勇者を滅ぼす。魔族のあるべき姿を取り戻すのだ!」


 ファルティスへの叛乱はんらん。その味方を作るのが彼らの真の目的だったのだ。そして、彼らを知っているジーグリーンもそれを聞かされて驚きはしなかった。


「やはり、それが用件か……」


「最強の魔王が最弱の魔王に平伏す。そんな異常、魔界にあってはならない」


 それは魔族の常識だ。されど、今までの常識でもある。新しい世に生きるジーグリーンの答えは決まっていた。


「……教唆きょうさが下手だな。ブラウノメラならもっと上手く、巧みに謀略を企む。そんなでは失敗するぞ。尤も、そのブラウノメラを討ったのが小早川金吾だがな」


「っ!」


「人間だからとて甘く見るな。腕が立つのは当然だが、奴には魔族にはない強さがある。嘗ての先代魔王は『恐怖』で我々を支配していた。だが、金吾はその正反対、『悦楽えつらく』で我々を虜にしているのだ」


「悦楽だと?」


「食欲、性欲など、魔族の性の多くは人間を介して得るものだ。そして、この街では人間たちが進んでそれらを差し出してくれている。それがこれまでの強引に奪う方法より上質なものであることは、お前たちでも分かるだろう。もうこの街なしでは生きていけないと思っている者もいるはずだ」


「……」


「確かにファルティスは弱い。だが、魔族たちはこの環境を保つために彼女を支持するだろう。魔王は力を見せつけるものではなく、守るもの……。もう、今までの常識とは違うのだ」


 言葉を失うサルベイダ。彼は少し沈黙すると、次の言葉を必死に捻り出す。


「ヴァルサルドルムも同じ考えなのか?」


「我が主が決めたことだ」


 そう言われれば、もうそそのかす言葉は思い浮かばなかった。


 唯一、シルンシだけが勧められるがまま茶を啜っていたが、それに苛立ったマベッシュがまた取り上げる始末。


「……どうやら、最強の魔族も老いさらばえたようだな」


 そして、サルベイダは捨て台詞を吐きながら席を立った。そんな彼にジーグリーンは本心からのいましめを送る。


「短気を起こすなよ、サルベイダ」


「っ!」


「ここで人を傷つけたり街を壊そうとしたりすれば、それは即ちガイゼルバッハの宣戦布告と取られる。ファルティスの命により、我が主やラーダマーヤがお前たちを滅ぼしにいくことになるぞ。俺がその尖兵せんぺいを担うことになるな」


「……」


「機を失したのだ。天下を取る機をな」


「まだだ! まだ決まってはいない! 我々は魔界の天下を巡って四百年間争い続けていたのだぞ。それを突然現れた人間にかすめ取られるなど……、そんなこと認められるか!」


「お前の気持ちは分かる。よく分かるよ」


 ヴァルサルドルムこそ次の魔王と信じていたジーグリーンも、彼らのその気持ちは理解出来た。しかし、その答えは既に現実が示している。


「だがな、我々は四百年間も争い続けながら魔王を決められないでいた。されど、小早川金吾はフラっと現れて僅か半年で成してしまったのだ。それはつまり、我々の中に魔王に相応しい者がいなかったということではないのか?」


「っ!」


「そして金吾こそが魔界の王に、覇者に相応しいということではないのか?」


「そんなこと……」


「時間切れだよ。この四百年で魔王を決められなかった我々の負けなのだ」


「……」


 憤ってばかりだったサルベイダも、この時ばかりは静かになっていた。その通りだと思ってしまったから……。


 突然現れ、瞬く間に天下を平定する。方法は違えど、それは魔族たちが求めていた圧倒的な強さそのものである。


 今度の魔王は暴力以外の力によって支配するのだ。


 邸を後にする三人。そのどこか哀愁あいしゅうを感じさせる後姿を、密かにヴァルサルドルムが上階のバルコニーから見送っていた。


 それに唯一気づいたのはシルンシ。彼は最強の魔族に一瞥すると、つい右目をでてしまうのであった。


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