6話 新たなる主君
そして、その気持ちは彼女らの根拠地に着くと更に膨れ上がってしまった。
「なんじゃい、これは」
唖然とする金吾の目に入ってきたのは、荒れ果てた山岳地帯の谷間にある殺風景な街並み。どの建物も半壊しており、塵埃塗れだ。一応、立派な城はあるが、これも外壁はところどころ崩れ、修復もされていない有様である。生活感を全く感じられない完全な廃墟だった。
一先ず入城し、玉座の間の上座に腰を据えた金吾は、ファルティスからその理由を聞かされる。
「ここは元々人間の街だったのですが、魔族側が優勢だった五百年ほど前に放棄されたそうで、その後、私たちが拠点として使っているんです」
「え? つまり、五百年前のままで修復はしていないのか?」
「ええ、私たち魔族は人間のような建物を建てる文化はありませんから」
「何故?」
「建てる必要がないのです。人間と比べ遥かに強靭な肉体なので、寒さや風雨から身を護る必要がない。ですから、直す技術がないというか、直す必要がないというか……」
「成る程……」
筋は通っているか。金吾はファルティスとその後ろに控える魔族たちを見渡すと、彼女に従って良かったのか改めて確認する。
「ところで、何故俺を誘った?」
村で仕入れた酒を啜りながら、彼は問うた。
「勇者ですから。もし、貴方が別の人間国家に迎えられれば、貴方を旗印に魔族側へ大攻勢を仕掛けてくることでしょう。また、他の魔王勢力も貴方のことを知れば、危険視して抹殺に動くはず。騒乱を起こさないためには、我々が迎えるのが一番だと思ったのです」
「お前の目的は?」
「勿論、魔族の再統一です。このまま魔族同士がいがみ合っていれば滅びしかありません」
「それで、力を合わせて人間側に立ち向かうと?」
「いえ、人間とも争いません。魔族は強大ですが、内乱によって種として瀕死の状態に陥っています。今は人間とも和平を結び、これ以上の疲弊を避けるべきだと思うんです」
ファルティスはそう力説した。だが、金吾が彼女の後ろに目をやってみれば、魔族らは皆それに不満そうだった。ルドラーンがそれを代弁する。
「ファルティス、それは無理だ。俺たち魔族は欲望を満たすことを本能……『性』としている。食欲、性欲、物欲……。それらを俺たちは何千年にも亘って人間から手に入れてきたんだ。本能として身についてしまっている。今更それを禁じても誰も従わない」
「けれど、争い続ければ弱体していくだけよ……」
「性を満たさないことも弱体化に繋がっていくだろう。狼が草だけで生きていけるか? 魔族の中には人間を主食にしている者もいるんだぞ」
牛顔の魔族ガッシュテッドがそう反論した。
「魔族から最も掛け離れている言葉が『我慢』だ。魔族は性を満たすことで強くなる。お前の考えは自殺に等しい」
翼竜のような魔族ラシャークも苦言を呈した。更に、他の魔族たちからも不平不満が噴出。お陰で、ファルティスはアワアワと大戸惑いだ。
そして、トドメは金吾が。
「ルドラーンたちの意見に賛成だな。俺も酒のためなら人だって殺すだろう」
「なっ!? 金吾さんは人間でしょう?」
「人間と言えば人間だが、日ノ本の人間だからな。俺からすれば、この世界の人間も魔族も同じ異人だ。区別はしない」
彼は呆気らかんと答えた。堪らず閉口のファルティス。彼女には彼を取り込むことで人間側との橋渡しを望んでいた面もあったのだ。対して、他の魔族たちは大歓迎。
「お、いいことを言うじゃねぇか! 俺は気に入った!」
是認したのはガッシュテッド。更に他の者も同調し、次々と賞賛の声を上げていく。
「金吾、お前は強い。僕たちの王に相応しい!」
そして、ラシャークがそう提案するとそれは最高潮となった。
魔族が最も憎むべき存在、勇者。されど、自分たちへの害意がないと分かれば、主に推戴しようという柔軟さが彼らにはある。
魔王たる資格は強さ。逆に言えば、強ささえあれば種族には拘らないということだ。その考え方は単純だが、悠揚自在で賢い。金吾も魔族の優れた部分として感心した。嘗て、織田信長が渡来したばかりの南蛮文化を積極的に受け入れていたことを思い出す。
誰もが金吾を受容し、誰もが金吾を歓迎する。彼を拒んでいるのは、「ちょ、待って、皆!」と必死に場を収めようとしているファルティスだけか。好戦的な金吾が魔王になれば争いが酷くなると思っているのだろう。
……いや、もう一人いる。
「お主、関白にならんか?」
金吾は、嘗て太閤秀吉から言われたその言葉を思い出していた。
そして、再び同じ返答をする。
「ならない」
その返事に魔族たちは落胆し、ファルティスはその大きな胸を撫で下ろした。ただ、一方で金吾にも言い分がある。
「そもそも、お前たちだって一度はファルティスを主として認めたのだろう。そう簡単に主を変えようとする部下など、こちらから願い下げだ」
そう突っ込まれれば、魔族たちも反論は出来なかった。とはいえ、彼らにもファルティスを主に選んだ理由があるはずだ。
「たとえば、ファルティスが他の魔王より優れている面は何だ?」
「やはり、度量だろう」
金吾の問いにルドラーンが答えた。
「彼女は慈悲深く、誰であろうと迎え入れる寛容さがある。それに関しては魔族一だ。……甘いとも言うがな」
「確かにな。仇敵である勇者を迎え入れようなんて普通は思わないだろうし、一度は離反しようとしたお前たちも無条件で許している。そういうところが魅力かもな」
「というより、他の魔王に仕えることが出来なかったはみ出し者にとって、ここしか行くところがなかったという感じだな」
「ああ、成る程」
「魔族とはその暴力性や本能を優先する性故に、本来は群れることに向かない生き物。しかし、このように組織を作っているのは先代魔王の登場が原因だ。圧倒的な力をもつ先代魔王に殺されないために、それに従属する。魔族の軍団とは、自分たちの命を護るための生存本能に過ぎなかったのだ。だから逆に言えば、魔王に力がなければ従属する意味がない。軍団を維持するためにも力は必要不可欠だなのだ」
「なら、コイツも一応魔王を名乗っているんだから、それなりに強いんだろう?」
「それもあるが、ファルティスはちょっと特殊でな。彼女は先代魔王が直接生み出した唯一の魔族なんだ」
「?」
「人間界で言えば子供というやつだ」
納得。金吾がその当人に目をやれば、可愛らしい笑顔を見せてくる。
人間の世界なら血縁は絶大な武器になろう。下手な真似をしなければ、ほぼ間違いなく魔王を継げるはずだ。しかし、そうなっていないということは、魔族世界では勝手が違うのだろう。
「人間の世界……いや、少なくとも俺の世界なら、子が親の地位を継ぐのはよくあることだが、こちらでは違うのか?」
「こちらの人間界でも子が親の地位を継ぐ。ただ、やはり魔族は強さが絶対だな。俺たちがファルティスを選んだのも、将来先代魔王のように強くなるかもしれないという期待からだ」
「期待かぁ……」
金吾がまた当人に目をやれば、また可愛らしい笑顔を見せてくる。
可愛い。歳相応の少女らしさを感じさせる。だが、それはまた頼りなさも表していた。今の彼女では乱世を生き抜くのは難しいだろう。それは、この世界に来たばかりの金吾でも分かった。
それでも、彼女がそんな無垢な笑みが出来るのは、己の信条を固く信じているからだろう。
そして金吾も昔その笑みを見たことがあった。
まだ幼子だった義弟、豊臣秀頼の笑みである。
「金吾、秀頼を頼む」
金吾は、嘗て太閤秀吉から言われたその言葉を思い出していた。
そして今回も頷いた。
「これも何かの縁だ。俺もファルティスの覇業を手伝おう」
その言葉でファルティスと魔族たちは初めて一緒になって喜ぶのであった。金吾にとっても御曹司としては安住の地が欲しかったところ。
それに何より、現世で果たせなかった約束をこちらで成しておきたかったのだ。
こうして天下の裏切り者小早川秀秋は、今度は人間側を裏切って魔族に与するのであった。
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