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59話 ガイゼルバッハの使者

 ラーダマーヤの臣従から早二週間。普段から賑やかなオカヤマの街も、近頃は更に活気にあふれてきていた。それは他の魔王たちがオカヤマ入りしたのもあるが、金吾の命によって街を挙げての式典の準備が行われていたからでもある。


 それは魔界統一式典。幾多いくたもいた魔王が一人となり、四百年ぶりに魔界が統一されことを世界中に知らしめるのだ。先のオカヤマ征伐戦勝祝いを凌ぐ、オカヤマ最大の式典になるだろう。


 その様子をオカヤマ入りしたばかりのある魔族が興味津々に、そして含み笑いをしながら眺めていた。二人の連れと共に城へ続く大通りを歩いている。それを先導するのは、出迎え役のルドラーンだ。彼はその客人に問い掛ける。


「これで信じてもらえたか?」


「さぁ、どうかな? 人魔共存など魔術による幻ということもある」


「それはゆっくり確かめていけばいい。そして、お前の主にしかと伝えるのだな。サルベイダ」


 客人の魔族の名はサルベイダ。未だ服従していない魔王の一人、ガイゼルバッハの腹心である。彼は主の正使として金吾の服従勧告に対する返答のためにやってきたのだ。


「では、まずは小早川金吾に挨拶してもらう。その後、オカヤマにおいて与える屋敷に案内しよう」


「屋敷ね……」


 ルドラーンの説明にサルベイダは適当に相槌を打った。どうやら、彼の思惑はかんばしくないもののようだ。それでもルドラーンは釘を差しておく。


「旧知の縁で忠告しておく。金吾は魔王ファルティスの代理人だ。礼儀をわきまえて振舞った方が身のためだぞ」


「礼儀? 人間のようにか? 貴様もすっかり牙を抜かれたようだな。ルドラーン」


「牙を抜かれたかは分からないが、俺が変わったのは確かだ。そして、ヴァルサルドルムやラーダマーヤまでもな。金吾にはそれほどの力がある」


「……」


「三日前には四人目の魔王ベリアルドゥから従属受け入れの返事が来た。金吾は今、オカヤマ入りしたばかりのネトレイダーと謁見中だ。お主たちが最後。返答はよく考えたものであることを期待する」


 ルドラーンのその脅しは、彼らから笑みを消させるのに十分だった。




 オカヤマ城・松の間。そこに通されたサルベイダたちは、金吾が来るのを待っていた。いや、待たされていたというべきか。既に二時間も経っている。人間界ではよくあることだが、我慢というものが嫌いな魔族にはかなり堪えるものだった。


「遅い……。何をしている?」


 同行している副使の一人、巨漢のマベッシュが苛立ちの言葉を吐く。サルベイダ自身も同じ気持ちだが、正使に選ばれただけあって忍耐はある。


「くそ! 馬鹿馬鹿しい! 引き上げよう、サルベイダ」


「堪えろ。話もせずに引き返すのは、我らが主の命に背くことになる」


「だがな……。おい、シルンシ。お前も何か言えよ」


 マベッシュはもう一人の副使であるシルンシに言ったが、小柄な彼はただ黙っているだけ。


「チっ、相変わらず寡黙かもくな奴だ。気味が悪い。サルベイダ、何故こんな新参者を連れてきた?」


「主の命令だ」


 すると、そこにやっとやってきた。


「やぁ、やぁ、よく来たな」


 そう言いながら入室してきた金吾は、実に上機嫌そうだった。待たせたことを悪びれもせず、上座に腰を下ろす。


「いやいや、ネトレイダーと語らいが弾んでしまってな。お前たちのことをすっかり忘れていた」


 そして、取り出した扇子で煽りながらその理由を明かせば、サルベイダまでも顔に苛立ちを浮かべさせてしまった。だが、金吾はそれに気づかぬように話を進める。


「サルベイダとマベッシュ、シルンシと言ったな。ガイゼルバッハの使者、ご苦労であった。それで臣従の件の返答は如何に?」


「我が主は概ね従うつもりだ。されど、あまりに急な話。オカヤマ入りはしばらく待って欲しい」


 ガイゼルバッハの返答は『承諾』だった。条件付とはいえ、オカヤマ側にとって理想的な返事である。サルベイダたちもそう考えて答えていた。


 ところが……、


「そうか。降るのか」


 意外なことに金吾の言葉には落胆の色があった。サルベイダたちもついいぶかしんでしまう。されど、次の言葉でそれは憤りとなった。


「いやな。一人ぐらい反抗する者がいてくれれば、魔王たちの結束と見せしめのために討伐してやろうと思っていたのだ」


「なっ!?」


「まぁ、ともあれ、全員が降るというのならこれ以上のことはないな。オカヤマ入りの猶予についても、ベリアルドゥも同じことを願い出ていたので認めよう。我が魔王もお前たちの決断をめてつかわすだろう。ガイゼルバッハにもそう伝えておくように」


 実に傲慢ごうまんに満ちた金吾の応対である。ヴァルサルドルムやラーダマーヤの時とは真逆のこれまでの彼らしくない態度であるが、ファルティスに覇権が決定的となればそうもなるだろう。


 だが、相手は我慢ならない。長時間待たされた挙句のこの仕打ちに、自尊心の高い魔族たちの怪訝けげん顔が赤くなっていく。


「貴様!」


 マベッシュが堪らず立ち上がって吼えた。しかし、金吾の態度は変わらず。


「何を怒っている? お前たちの要望は認めると言っているのに」


「気に食わぬ! お前たちが戦いたがっているのなら、いつでも受けて立ってやる!」


「それはガイゼルバッハの意思と見なして相違ないか?」


 金吾がすかさずそう問うと、流石にサルベイダがマベッシュを止めた。それでも彼自身、憤りは隠せていない。


 そんな三人に金吾は忠告する。一転、いかめしい面で。


「ヴァルサルドルムは最も初めに臣従し、ネトレイダーは自ら進んで頭を下げた。それらと比べれば、後追いの立場が悪くなってしまうのは社会性のない貴様らでも分かるだろう」


「……」


「ガイゼルバッハに告げよ。今はオカヤマに代理を置くことで勘弁してやる。だが、オカヤマ入りを引き伸ばして機を伺っているようならば、いずれ身を滅ぼすことになるぞ、とな」


 そして、彼は力強く立ち上がると一瞥もせずに退出していくのだった。


 二時間待たされた挙句の二分の会談。しかし、サルベイダたちにとって十分な警告となった。副使のマベッシュが怒りで肩を震わせる一方、その意味を理解した正使サルベイダは神妙な面持ちを晒さざるを得なかった。


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