56話 美麗の性
その後、金吾は身を整えると改めて旅を再開。白狐の案内の下、遂に目的地に着くのだった。
それは砂漠の中に聳え立つ巨大ピラミッド。勿論、日ノ本にはないものなので、金吾はまたまた感心する。
「何だ、こりゃ。山? 人工物か?」
「さぁの。大昔からある廃墟で、妾たちも最近居に選んだばかりじゃ」
そして、入り口からその内部へと入っていく。魔族は人間より目が良いので、案の定、その中は真っ暗だったが、金吾ももう馴れたもの。されど、彼にはまだ敵わない。
「お、金吾殿!」
真っ暗の先から聞こえてきた呼び声。目の良い魔族リアスターである。顔見知りと出会って金吾も安堵した。
「おお、リアスター殿。約束通り来ましたぞ」
「この砂漠を一人で渡られたとは流石ですな。生息するサースティンガーは魔族すら餌にする猛獣ですのに」
「ああ、あれは厄介だったな。ラーダマーヤ殿が単眼を求められても、配下たちは手を上げ辛いわけだ」
「ええ、だからご自分で取りに行かれたのです」
「……ん?」
「そこで出会われたのでしょう? 我が主、ラーダマーヤと」
リアスターは金吾の隣の白狐に手を翳しながらそう言った。
金吾、渋い顔で白狐を見る。
白狐、得意気な顔で金吾を見る。
「……何で言わなかった?」
「訊かれなかったから」
確かに、質問したのは『ラーダマーヤの配下か?』ということだけだったが……。
何はともあれ、遂に魔王の一人ラーダマーヤとの対面が叶った。場所をピラミッド内にある松明が灯された大広間に移すと、金吾は上座に腰を下ろすラーダマーヤに平伏する。
「この度、対面を叶えて頂き感謝致します。ラーダマーヤ殿」
ただ、金吾が敬意を示していたのはそこまで。騙されていた彼は、それ以上は敬語で話す気にすらなれなかった。
「さて、お互いのことはもう十分分かっただろう。早速用件に入る。こちらの要望はファルティスに降ることだ。どうだ?」
「正直、主にはガッカリしたぞ。あの先代魔王を討った勇者の再来と聞かされていたが、実際はあんな虫にすら手こずる程度だったとは……。妾の配下たちよりはマシだが、それだけじゃ」
ラーダマーヤは前足でサースティンガーの単眼を弄り回しながら、臨席しているリアスターら配下たちを見て言った。しかし、金吾もそれには納得しない。
「単眼を壊していいなら、もっと楽にやれた。それはお前も同じだろう。それに先代魔王は消息不明なだけだ」
「倒されたところを誰も見ていなかっただけじゃ。それに主としては先代が生きていたら寧ろ困る方じゃろう?」
「まぁ、確かにな。魔王はファルティス一人で十分だ。それはともかく、今魔界は転換期を迎えている。ファルティスを頂点としたこれまでにない全く新しい体制が成ろうとしているのだ。いずれ、全ての魔族がひれ伏すことになる。それは絶対だ。俺がそうさせる」
「従わなければ妾を滅ぼすと?」
「こちらにはヴァルサルドルムもいる」
最強の魔族の名を出すと、配下たちは僅かにどよめいた。しかし、ラーダマーヤには全く通じていない。
「その名を出されて怯むようでは、そもそも魔王など名乗っておらん。主は口説き下手じゃな」
やはり魔王なだけあって並大抵のことでは動じないようだ。但し、金吾もそれは予想していた。
説得材料はちゃんと用意してある。
「では、とっておきの口説き道具を出そう」
金吾が出したのは、背負っていた風呂敷の大荷物。その中身が晒されると、ラーダマーヤもつい瞠目してしまった。
出てきたのは宝石、アクセサリ、食器、ドレス等、人間界の美しい産物の数々。魔界では決して手に入らない絶品たちだ。以前、ティエリアを名店街に連れ出して選ばせたアレらである。
その美に引き寄せられるよう歩み寄るラーダマーヤ。足元にあった単眼を部屋隅へ転がしてしまったが、気にも止めていない。
「これらはオカヤマを通して人間界から手に入れたお前への土産だ。収めてくれ」
金吾の言葉も届いていないようだ。人間たちが加工し、より美しさを磨いた宝石たちが、原石しか知らない魔族を魅入らせている。
「いい……。いいではないか」
感嘆もした。ウットリした目つきで宝石の数々を見入り、続いてアクセサリ、手鏡、ドレスを眺める。どれも魔族では生み出せないものだ。
「素晴らしい。素晴らしい! 金吾、これらを持ってきたことを、何故もっと早く言わぬ!? 知っていればサースティンガーの単眼なんて放っておいたものを」
「えぇ……」
あの苦労は何だったのか……。
「これらは道具なのか?」
「自身を煌びやかにする道具さ。ただ、ドレスだけはお前には使えないかもな」
「人間の衣服というやつか……。どれ」
すると、白狐が徐に光り出した。何事だ? と、金吾は目を見開くが、それが収まるとその目は更に瞠目する。
光の中から現れたのは裸の女。靡く白い長髪に、豊満な胸と滑らかな曲線を併せもつ抜群の肉体、そして圧倒的な美貌を備えた顔。絶世の美女である。
「どうじゃ? 似合っているか?」
そして、ドレスを身につけた彼女は嬉しそうに一回転してみせた。
呆気に取られる金吾。それでも状況は理解している。ラーダマーヤが人間になったのだ。魔族の変身する様は初めて目にしたが、驚いている理由はそれだけではない。
「どうじゃ? と、訊いている」
ラーダマーヤが聞き返しても、ただただ彼女を見つめるだけ。だから彼女も眉間に皺を寄せてしまったが、お陰でその顔を見ていた金吾も気を取り直せた。
「あ、すまん。あまりにも美しかったので、つい見惚れてしまった」
「っ!」
「俺も育ちが良いからあらゆる美しいものを見てきたが、しかしこれほど心を奪われたのは初めてだ。この世界に来て、最も……、いや、日ノ本でもお前ほどの美しさには触れなかった。正に、天下一の美貌だ」
金吾のそれはご機嫌取りであったが、間違いなく本音でもあった。彼女のその美しさは『美麗の性』だからこそ成せるものなのだろう。
片や、ラーダマーヤは怪訝面のまま金吾に迫る。
「主は……」
迫る。
「主は……」
迫る。
「主は!」
そして、その目の前に腰を下ろすと……、
「何と良い男なんじゃ?」
恍惚の表情で愛おしそうに彼の首に両腕を回した。
「それじゃ! 妾が聞きたかったのは、それじゃ! 妾が望むのは美麗なもの。そして、妾の美しさを褒め称える言葉じゃ」
更に、金吾の頬に頬擦りまでする。狐だった時の癖か。金吾も少し困った表情で受け入れている。
「配下の木偶の坊どもに褒めろと言っても、どれもこれも『妾は強い』だとか、『妾こそ真の魔王だ』だとか、下らないことばかり言う。全く気が利かない連中じゃ。妾はそんなことを聞きたいのではない。魔王を名乗って四百年。やっとその言葉を言ってくれる者が現れてくれた」
それは魔族たちがもつ強さが全てという価値観のせいだろう。
「はぁ……。何と愛おしい男じゃ。妾が望むものを全て与えてくれる。主、妾のものになれ。たっぷり愛してやろうぞ」
美女に求められるのは、金吾も悪い気はしない。だが、機嫌を取ったのは転職ではなく、吸収合併のためだ。彼は腕を回されたままキッパリと断る。
「俺はファルティスの臣だ。そして、オカヤマには俺が今与えたものを遥かに凌ぐ品々がある。それらがお前が来るのを待っているのだ、ラーダマーヤ」
「……」
「お前の望む全てがオカヤマにある。ファルティスを魔王と認め、己の性を存分に満たすがいい」
「……」
すると、ラーダマーヤは土産の一つである手鏡を手に取った。己の姿を己の目で確かめ、オカヤマがもたらした嘗てない美を味わう。今のままでは決して手に入れられない人間たちの産物に、この魔族は小さな敗北感と溢れ出る欲望を感じ取っていた。
そして、彼女は立ち上がるとこう返答する。
「妾も所詮魔族よ。性には勝てぬな」
法悦の笑みで。
相手の弱点を突く。それは戦争においても交渉事においても定石である。
こうして小早川金吾はその才知によって、二人目の魔王も軍門に下らせた。
ヴァルサルドルムに続いてラーダマーヤの臣従。それは魔界でのファルティスの覇権を決定付けるものであった。




