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52話 憤怒の指

 こうして最優先の懸念事項は解決。その後も金吾はいくつかの案件を進めて一先ず区切りをつけた。


 翌日、金吾はティエリアを連れて馬車で街に出ていた。目的の一つは、ヴァルサルドルム勢がオカヤマ入りしたことによる街の変化を窺うことである。問題が起きていないか、見回りに出たのだ。


 そして、その街並はというと特に変わった様子はないよう。ティエリアも馬車から外を窺っていたが特に異変は感じられなかった。


「大量の魔族がいちどきにやってきたというのに、いつもと変わらない感じね」


「ヴァルサルドルムがよく差配しているようだ」


 それは金吾の望み通りのもの。ヴァルサルドルムの調和の性は本当のようだ。


 やがて、馬車はヴァルサルドルム邸にやってきた。オカヤマ城に次ぐ巨大な建築物。最強の魔族の相応しい住処だ。


 馬車が邸の前にある大通りで停車すると、ティエリアは窓からそれを見上げてその出来栄えに感心してしまった。


「立派ねー。ってか、オカヤマ城より綺麗な感じね」


「こっちは新築だからな。しかも、基本的に魔族しか使わないから、その巨体に合わせなくてデカくさせてある」


「お金が掛かるわけだ……。ならさ、オカヤマ城ももっと手入れしてよ。こっちが主筋なんだから」


「嘗て、石田冶部(三成)は豪傑渡辺勘兵衛(わたなべかんべえ)を家臣にするために、己の俸禄の全てを与えたという。賢人を手に入れるには、それぐらいしないといけないということだ」


「えー、納得いかなーい」


 しかし、ヴァルサルドルムが賢人なのは確かなようだ。屋敷やその周りでその配下が揉め事を起こしたという知らせはなく、実際この目で様子を見てみれば平穏そのものだった。大通りを行く人々も恐れてはいない。


「これならオカヤマを留守にしても大丈夫そうだな」


 やはり、ヴァルサルドルムから懐柔して正解だったようだ。




 次いで二人が訪れたのはオカヤマきっての商業地。セルメイルなど周辺国からやってきた装飾品店や仕立て屋などが並ぶ名店街だ。


 金吾はティエリアと従者と共にその街を散策していた。ただ、ティエリアはその理由を聞いていない。


「ねぇ? どんな用事?」


「うん? まぁ、ちょっとな」


 それを問うも、彼は適当にいなすだけ。怪しい。


 ……しかし、ティエリアはその怪しさをネガティブな方には考えなかった。そして、金吾の次の言葉でそれは確信となる。


「どこか入ってみたい店はあるか?」


 淑女を気遣い、淑女をエスコートする紳士。


 つまり、これはデートなのである。金吾もそれを認めるのが恥ずかしいのか、それを口に出来ないだけなのだ。そう気づくと、ティエリアの乙女心はウキウキと跳ね出すのであった。


「じゃあ、あの装飾品店にでも」


 早速、近場にあった装飾品店に入店。店主の歓迎を受けると、商品であるアクセサリー類をふんだんに見せてもらった。


 選り取り見取り。美しいアクセサリーの数々を前に、ティエリアの瞳もまた美しく輝く。王女の身なら見慣れたものばかりであるが、やはりこういう美麗は女を牽きつける力があるもの。それに、これまで買い物といえば専ら商人側が出向いていたものだが、自分から店に赴いたのは初めてだった。そのためか、新鮮な高揚感を覚えていたのである。


 そんな心弾んでいる彼女に金吾が促す。


「気に入ったものはあるか?」


「いいの?」


「そのために連れてきた」


 彼の笑みから吐かれる心地の良い言葉。乙女はそれを素直に受け取ると、喜んで選ぶのであった。


 その後も様々な店を回っては、ティエリアが望むがままに購入。金がないと言っていた金吾も気前良く金を出してあげていた。


 ただ、変わったこともあった。


 それは仕立て屋でのこと。ティエリアが店主から様々な生地を見せられている中、金吾は店内に展示されているドレスの数々を眺めていた。


「ティエリア、この中から選んでみろ」


「この中って、出来合いじゃない。オーダーメイドじゃないの?」


 少し不満げなティエリア。最上流階級であるセルメイルの王女には相応しくないものだろう。しかし、彼は構わず。


「オーダーメイドだと時間が掛かるだろう?」


「? ……うん、分かった」


 買ってもらっている以上、ここでの文句ははしたない。結局、ティエリアは店主の説明を受けつつその中から選んだ。


 何はともあれ、金吾の方から誘ってくれたデートである。楽しくないわけがなかった。帰りの馬車の中で礼を言う。


「ありがとう、金吾。こうやってお忍びで買い物をするのも楽しいものね」


「楽しんでくれたなら何よりだ」


「それにしてもデートに誘うなんて気が利くじゃない。トイレの件の罪滅ぼしのつもり?」


「え?」


「お金がないといいつつも、こんなにプレゼントしてくれちゃってさ。もう、可愛いところあるんだから?」


 指で金吾の頬をちょんちょんと突くティエリア。実に上機嫌である。今夜は満足するまで酌をしてあげようとまで思っていた。


 尤も、その気分も次の返答で掻き消されてしまうのだが。


「いや、これはお前へではない」


「……は?」


「ただ、品選びを手伝ってもらいたかっただけだ」


「……」


 火照ほてっていた心に冷や水を浴びせられた乙女。その笑顔は見る見るうちに失われ、頬を軽く突いていた指は爪を立てながら思いっ切り突くようになる。


 「痛い、痛い」と訴える金吾を他所に、彼女は憤怒をもって穿り続けたのであった。


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