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50話 調和の性

 そして翌週、ヴァルサルドルムのオカヤマ入りの日がやってくる。


 最強の魔族が現れるということで街中はお祭り騒ぎだった。魔族は勿論、人間側にもその名は轟いており、怯えて家に篭る者もいたが、そのほとんどが一目見たさに大通りに溢れていた。オカヤマ征伐凱旋以来の盛り上がりである。


 金吾もまた誠意をもって出迎えるべく、魔界との入り口である魔界口の関所にて配下の魔族たちと共に待っていた。


「金吾よ。本当にあのヴァルサルドルムが降るのか?」


 金吾の隣に立つ牛顔魔族のガッシュテッドが訊いた。オカヤマ征伐では活躍した彼であるが、政には不向きなため、この件を聞かされたのは周りと同じくつい最近だった。


「だから不遜な態度は取るなよ? 敬意をもって応じろ」


「ああ、この街で少なからず社会性というものは身につけたからな。だが、向こうの態度次第じゃ容赦はしないぞ。たとえ、相手が最強の魔族であろうがな」


「大丈夫さ」


 やがて、それはやってきた。


 山々の向こう側から姿を現したのは空を飛行する百の軍団。魔族だからこそ成せる空中行進である。


 整然と、悠然と関所の前に着地した彼らを金吾が先頭に立って迎える。ただ、ヴァルサルドルムの姿が見当たらない。あれほどの巨体なら見つからないはずがないのだが、どこを見渡しても影すらないのだ。一瞬、不参を疑ってしまう。だが、一瞬だけだ。


 相手の魔族たちが両脇に避けて道を作ると、軍団の中から人間が歩いてきた。ハットで顔を隠し、杖を付いたスーツ姿の老紳士だ。堂々とした佇まいで金吾の前に立つ。


「フフ、もう歳だからか完璧に化けることは出来なくなってしまったが、あの姿よりはマシであろう?」


 そして、そう言い訳しながらハットを上げ顔を明かすと、その部分だけは竜だった。


 金吾も察する。


「ご配慮ありがとうございます。よくぞおいで下さった。ヴァルサルドルム殿」


 その人物は人間に化けたヴァルサルドルム。オカヤマに合わせるために、わざわざ人間サイズに擬態してくれたのだ。金吾も以前ブラウノメラが人間の姿に化けていたと聞いていたが、彼自身は本来の姿しか見ていないため、つい失念してしまっていた。


 ただ、意気揚々だったガッシュテッドは、その老人と対面するやいなや息を呑み無言を貫いていた。彼だけではない。オカヤマ側魔族の全てが、ヴァルサルドルムの実物を前に臆していたのだ。外見以外のものから畏怖を感じ取っているのか。


 一方、ヴァルサルドルムにも両脇に二人が従っていた。一人はジーグリーン。もう一人はほぼ完全に人間だが、耳だけは異様に長い十四歳ぐらいの小柄な少女。


「ジーグリーン殿と……。ってことは……。お前、女だったのか!? ユリエド」


「女で悪い?」


 ユリエドは人間の姿でも不機嫌な顔をさせていた。




 その後、軍団は用意された屋敷へ入り、ヴァルサルドルム本人と側近だけはオカヤマ城に入城。玉座の間にて玉座のファルティスと対面した。


「よく来て下さりました、ヴァルサルドルム。貴方の英断により魔族とオカヤマは明るい未来を見出すことが出来ました」


「そうさせたのは儂の出した条件を満たした金吾である。彼を褒めてやるといい」


 魔王でありながら下手に出るファルティスに、魔族らしからぬ丁寧に応じるヴァルサルドルム。更にその金吾もこう説明する。


「今回は引き連れてこられる配下を百人のみに限りましたが、街の拡張が済み次第その枠も広げる所存。ただ、魔族が群れ社会に馴れるのは難しいことでしょう。オカヤマ外の配下と度々入れ替えて、徐々に馴れさせていただければ幸いです」


「儂も街で揉め事を起こすことは望まん。配下にも言いつけておこう」


 それにもヴァルサルドルムは全面的に理解を示してくれた。


 順調である。


 恐ろしいほどに。


 それが金吾には引っ掛った。


 だから、それを明らかにすべく彼と二人っきりになる。


 場所を出来たばかりの新しい応接間『藤の間』に移す。この部屋は茶室のようなこじんまりとした和式で、部屋に面した日本庭園を眺めることが出来た。因みに、この日本庭園は金吾の指示で設えたものである。


「趣があるな。一万年以上生きた儂ですら初めて見る光景だ」


「お気に召して頂けたようで」


「先代魔王と共に消えた勇者といい、勇者の中でも異界からの勇者はとてつもないこと成す」


 そして、金吾は最も訊きたいことを問う。帰服する条件の二つ目、お使いの件だ。


「クリスタリアを求めながら、いざ持ち帰ってみれば某に与えた。あれは何だったのです?」


「何だと思う?」


「……某を試したかったのは分かります。以後の貴公の対応を見るに合格だったのでしょうが……」


「あれは貴公という人物を見るためのものだった」


「某の?」


「儂が望んだのはクリスタリアということだけ。だが、貴公は敢えて手に入れ辛い貴重なルーン・クリスタリアを選ぶという誠意を見せてくれた。次いで、ラーダマーヤの配下に出くわしても、戦うどころか誼を結ぶ度量もあり、そのお陰でルーン・クリスタリアも手に入れられた。最後に、反抗者たちを誅殺してみせる実力も証明してくれた。これなら、本当に魔界統一を成せると思えたのだよ」


 どうやら、彼は水晶の山にラーダマーヤの配下がいたことも、反抗者たちが金吾を襲撃することも全てお見通しだったようだ。それをどう凌ぐかが、あのお使いの意味だったよう。


「やはり、全て貴公の掌の上だったというわけか」


 金吾もやっと理解し感服する。まるで操り人形であったが、自身には全く不利益はないし、魔界統一のためには面子など二の次、三の次だ。怒りの代わりに笑みを浮かべた。


 その態度がヴァルサルドルムをより感心させた。


「儂の期待通りの人間だったということだ。お陰で、反抗者たちを処分したことで儂はスムーズにオカヤマ入りが出来たし、そちらもラーダマーヤとの伝手を作れただろう」


「如何にも。貴公のお陰で統一が早まりそうです。……ただ、一つだけまだ分からない。何故、貴公はそれほどまでに協力的なのですか? 他の魔族にあるような自尊心や好戦的なところが見られない。魔族とは思えない」


「いや、儂は典型的な魔族だよ」


 老練な魔族は笑って否定した。そして、全てを次の一言で明かす。


「儂は『調和の性』の持ち主なのだ」


「っ!」


「争いは好むところではない。だから、魔界統一が崩れた後はあの灼熱地獄に篭っていた。このオカヤマは儂の性を満たすのに打ってつけなのだよ。己の性の話は自ら弱点を明かすようなものだが、貴公の人間性を見せてもらったのだ。儂も誠意を見せようではないか」


 全ては己の性を満たすため。金吾たちと利害が一致していたのだ。瞠目した金吾からも残っていた疑問が払拭ふっしょくしていく。


「最強の魔族が最も苦手とするものが争いとは、皮肉ですな。この件、他言無用と心得ます」


 ブラウノメラを討つことが出来た彼もその重大性は認識している。そして、その告白はヴァルサルドルムが信頼に値するという考えにも繋がった。


「金吾殿、貴公のお手並み、傍でじっくりと見させてもらうぞ」


 そして、ヴァルサルドルムもまた金吾を信任したのであった。


 今回のヴァルサルドルムの帰服は、嘗て太閤秀吉が徳川家康を服属させたのと等しい大成果である。秀吉もあれ以降、敵なしとなったのだから。


「この小早川金吾の手腕、とくとご覧あれ」


 金吾の天下布武は、遂に現実的なものとなってきた。


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