5話 異世界事情
この世界では人間の生息域を人間界、魔族の生息域を魔界と称しており、両者は長年に亘って鎬を削り合っていた。とはいえ、形勢は常に身体能力が優れている魔族側が優勢で、その勢力は最盛期には世界の九割にも及んだという。脆弱な人間たちは、そんな彼らの機嫌を伺うかのようにひっそりと生きていくしかなかったのだ。
しかし、四百年前にその状況が一変することになる。劣勢な人間側がとある魔術を生み出したのだ。それは魔族に対抗出来る者を生み出すというもの。彼らはそれによって日ノ本から戦士を呼び出し、魔族との戦争の切り札にしたのだ。実際、呼び出された戦士は彼らが望む以上の戦果を挙げ続け、遂には魔族の長である魔王と矛を交えるまでに至った。その結末は両者行方不明であったが、魔族勢力は長を失ったことで瓦解し、衰退。世界の覇権は人間側に移ったのである。のちに人々は彼のように魔族に対抗出来る者を『勇者』と呼び、その中でも『異界の勇者』は魔王を討ち果たすほどの力をもつ者として崇めるようになったのだった。
というこの世界の状況を、金吾は魔族の背の上でファルティスから聞いていた。
帰路に着く魔族の一団。彼はその中の牛のような魔族に乗り掛かり、村で調達した衣服に着替えていた。その悠々とした度胸ぶりに、ファルティスを始め魔族たちも唖然としてしまうが、一方で流石勇者だと感心もしてしまう。
また、金吾の方も少しずつ状況を理解し始めていた。
「瓦解か」
「はい、生来、魔族とは我の強い生き物。魔王亡き後は、我こそが次の魔王と称する者が数多く現れ、それぞれが独自勢力を結成、魔族同士で激しく争うようになったのです。結果、命を落としたり屈したりして、今では大まかに七つまでに勢力は搾られましたが、未だそれぞれが魔王を自称しております。私もその内の一人です」
「天下人がいなくなり、大乱が起きたか……。どこも同じだな」
「この内乱により魔族は大きく衰退してしまいました。私たち魔族の生存圏も今では世界の一割程度でしょう。その上、分裂状態。魔族は滅亡の危機に瀕しています」
「人間側が魔族を滅ぼすには今が絶好の機会。その決め手として、バスタルドは勇者を召喚しようとした。それで呼ばれてしまったのが俺というわけか」
「ええ、恐らく。けれど、どうしてバスタルドから離反されたのです?」
「いや、呼ばれた際、向こうから全然説明がなかったから敵だと思ってな……。もしかしたら、連中は俺が全ての事情を承知の上でここに来たと思い込んでいたのかな?」
「四百年ぶりの召喚だったので、彼らもどういうものか詳しく把握していなかったのかもしれませんね。人間の寿命は短いですから」
「しかし、勇者か……。確かに、この世界に来てからすこぶる身体の調子がいい。というか、自分でも驚くぐらい丈夫になった。……いや、生まれ変わったというべきか。まるで鎮西八郎になった気分だ。やはり、この世界の人間にはない力だよな?」
「たった一人で魔族を打ち破るその力こそ勇者の証です。昔耳にしたのですが、召喚された勇者は神の加護を受けているとか」
「なら、きっと俺が信仰している諏訪明神のご加護だろうな。……ところでファルティス」
「はい?」
「折角なんだから、お前も背に乗れ」
金吾は牛魔族に並進している彼女にそう言った。このファルティス、魔王でありながら自分の足で歩いていたのである。
「いえ、そんな。他人に乗り掛かるなんて」
「何だよ、それじゃまるで俺が偉そうじゃないか。なぁ? 乗っても構わないよな?」
そう言って金吾が牛魔族の背を叩くと、その魔族も「え、ええ、勿論」と作り笑いをして応じた。もうこの中で彼に逆らえる者はいない。
どうあれ当人も認めたのでファルティスも申し訳なさそうにその背に腰を掛けることにした。
だが、それにしても彼女は王らしくない。金吾も苦言を呈する。
「しかしお前、もう少し威厳をもったらどうだ?」
「威厳ですか?」
「魔王とやらを名乗っているのなら必要なものだろう。人を惹きつける武器になる」
「金吾の言う通りだ」
横からそう口を挟んだのは、巨大な甲冑を髣髴とさせる姿をした魔族ルドラーン。
「ファルティス、アンタは優しい。魔族とは思えないほどにな。それがアンタの魅力でもあるが、だからとて気遣い過ぎるその態度は好きにはなれない」
「ルドラーン」
「魔族は単純だ。強さを好む。そして、強さは魔王たる資格だ。他人を従わせるためには圧倒的な力が必要なのだ。それは外見や仕草なども含めてなのだが、お前にはそれが全く足りていない。俺たちもそれが不満だったし、そのせいで野良魔族たちもお前に与しようとはしない。他の魔王たちに遅れを取っている一番の原因だ」
この世界に無知である金吾もその説明には納得出来た。ただ、当のファルティスは納得出来ていないよう。
「けれど、皆は私を頼って来てるんだから偉そうにするのも何か違うと思うし。皆で協力して事を成すんだから上下関係なんてないと思うし……」
彼女がそう答えると、魔族たちは皆溜め息を吐いた。素晴らしい博愛精神であるが、魔族の性格には向いていないのも分かる。いや、金吾がいた日ノ本でだって、このような大名は長生き出来まい。乱世に相応しくない主である。
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