43話 秘境の遭遇
数日後、金吾は魔界の奥地に足を踏み入れていた。目の前には生い茂った森が延々と広がり、空はどす黒く曇っている。もう初夏だというのに、遥か先に見える山々は雪で真っ白で気温は氷点下に近かった。少なくとも人が踏み入っていい世界ではない。
オカヤマも魔界とはいえ、人間界との境界にあるため然程変わらず。これが彼が初めて経験する魔界と言えた。
そして早速その洗礼を受けていた。
魔界の野生生物・『魔獣』に襲われていたのだ。
『魔獣』とは人間の命を容易く奪える力をもつ動物全般のことを指し、人間界・魔界問わず生息しているが、魔界の方が凶暴で危険な種が多い。
その内の一つ、リーンバイソンが金吾に襲い掛かっていた。並みの倍ほどもある毛むくじゃらの牛で、鋭い角を四本も備えている怪物である。
「全く……。魔獣というヤツは、こちらに気づいたらすぐ襲ってきやがる」
畜生相手では交渉も敵わない。先を急ぐ彼は刀を抜くと、現れた四頭全てを一太刀で斬り伏せていった。これで数十度目の襲撃である。
「やれやれ、魔界も少し奥地に入れば人間がいられるところではないな」
納刀しながら愚痴を零す金吾。片や、ファルティスは慣れっこのようで、「こっちよ」と言いながら悠々と案内してくれる。魔獣に襲われているとはいえ、今のところ順調な旅路だった。
「この辺りはもうヴァルサルドルムの勢力圏なのか?」
「ええ。ヴァルサルドルムは老練な魔族よ。魔族の寿命が千年、二千年と言われている中、彼は一万年以上も生きていると言われている。ただ、自ら行動を起こすことは少なく、長い間一つのところに留まっているわ。今もそこにいるはず」
ならば、そろそろ相手側の出迎えを受ける頃合いだろう。手荒な出迎えを。
「っ! ファルティス!」
「え?」
そして案の定、それは真上から来た。上空から放たれた無数の光弾が二人の頭上に降り掛かる。咄嗟に主を抱きかかえた金吾は、光弾の爆発を躱し続け、更に木々を隠れ蓑にしつつその場から離れた。されど、そこには既に回り込まれていた。
「これは驚きだ。どこの野良魔族が迷い込んできたのかと思いきや、まさかまさかのあのファルティスとはな……」
そう言って二人の前に立ちはだかったのは、兜のような頭をした魔族。次いで、後ろから塞ぐのは、先ほど光弾を撃ってきたであろう長い耳の魔族。その長耳が兜頭に向かって警告する。
「ジーグリーン! それは私の獲物だ。出しゃばるな!」
「初めに仕留め損なったお前が間抜けなんだ、ユリエド。俺がこの女の首を獲って我が魔王に献上する」
長耳魔族のユリエドに、兜頭魔族のジーグリーン。相手が二人なら、金吾たちにもまだ選べる選択肢は多い。……と思っていたが、あの爆発で呼び寄せられたのか他の魔族たちも現れ出すと、そんな余裕もなくなってしまった。
殺気立った二十もの魔族の囲まれた彼はファルティスを下ろすと、一息置いてこう申し出る。
「某はオカヤマの小早川金吾! 主、ファルティスと共にヴァルサルドルムとの面会に赴いた。目通り願いたい!」
「面会? 面会だと? 何だ? 我らが魔王に降るというのか?」
「似たようなものだ。まずはそちらの主と話をしたい」
そういうことならばとジーグリーンも一先ず思慮する。
「その必要はない。貴様らはここで死ぬのだからな」
しかし、ユリエドは聞く耳すら持たず。手の五本の爪を剣のように伸ばすと、その先を金吾へと向けた。
「そうだ! 殺せ!」
「俺にやらせろ!」
「皆殺しだ!」
周りの魔族たちも囃し立てる。やがてジーグリーンも金吾への返答を決めた。
「成る程。だが、それを素直に信じるほど間抜けではない。敵の話を鵜呑みにしてホイホイ案内した結果、魔王に叱られるなんて末路は御免だからな」
「全うな意見だ」
「小早川金吾、貴様のことは噂で聞いている。ブラウノメラを討ったそうだな。腕に覚えがあると見受けられる。ならば、我らを倒して突き進むのも手だと思うが?」
「それは最後の手段だな」
「いや、唯一の手段だ」
そして、ジーグリーンも周囲の魔族たちも身構えると選択肢は完全に一つとなった。金吾も腰の波游兼光の柄を握って応じる。ルドラーンの言う通り交渉など望めるものではなかったか……。
しかし、こんな状況下でも一人身構えない者がいた。ファルティスは両手を開いて両者の間に立つ。
「待って下さい! 私たちは争いに来たのではないんです」
本心から非戦を訴えるという魔族から最も離れた行為をする魔族の王。ジーグリーンも堪らず渋い顔を晒してしまう。
「ファルティス……。貴様は相変わらずだな。その魔族らしくないところが拍子抜けさせる。とても先代魔王の直系とは思えん」
「戦いだけで物事を決めるのは間違っています。私自身がここに赴いたのは他意がないことを証明するためです」
「自分の命が惜しくないのか?」
「平和を叶えるという自分の性を満たすためには、自分の命だって懸けられます。私も魔族なのです」
威風堂々のファルティス。非現実的な野望を説くところは実に魔王的ではないか。それを前にしてはジーグリーンも構えを解いてしまった。
「無抵抗な貴様を殺すのは気が進まん。我が魔王も貴様のことは好意的に見ているしな」
そして周りにもそれを命じる。
「皆、手を下ろせ。二人を魔王に会わせる」
「なっ!? 馬鹿なことを言うな!」
反対のユリエド。しかし、彼の決心は変わらない。
「殺すのはいつでも出来る。だが、この女の命に関しては魔王の意思を確かめたくなった。なに、我が魔王は寛大な方だ。もし怒りに触れることになっても俺一人が命を捧げれば済むことだろう」
ユリエドたちにとっても己の魔王を怒らせたくはない。その責を一人で背負うというのなら、渋々ながら受け入れるのだった。
一先ず危機は去り、金吾も安堵しながら柄から手を放す。
「お前を連れてきて正解だったな」
そんな彼に、ファルティスは持ち前の笑みを返すのだった。




