42話 新たなる試練
オカヤマ征伐での戦勝から一週間。オカヤマの街は熱が冷めるどころか、更に活気に溢れていた。バスタルドら反魔族国家の敗退によってオカヤマとの交易が憚られなくなったため、多くの人々が商売を求めて押し寄せていたのである。
元々勢いづいていたオカヤマは、この戦勝によって更なる隆盛期を迎えていたのだ。
しかし、その功労者である金吾は既に切り替えていた。
オカヤマ城・松の間。金吾が配下と面会する際に使われる和式の対面所で、彼はそこにファルティス、ルドラーン、ラナの首脳部三人を呼んでいた。
そして、その面々に浮かない顔を見せつけていた。
「さて、どうしたものか……」
この地の職人に仕立てさせた異世界風の小袖・袴を身に付けた彼が、これまた同じく仕立てさせた扇子を扇ぎながらぼやく。
ただ、人間のラナだけはその意味が理解出来ないでいた。
「今回の戦勝で人間界からの脅威はほぼなくなりました。反魔族派を駆逐したセルメイルは我々との盟約をより強固とし、痛手を受けたバスタルドもしばらくは軍事行動は出来ないはず。今のオカヤマは繁栄の途にあります。何が問題と?」
「人間側はそうだろう。人間側はな……」
ルドラーンがそう答えると、ラナも察した。更に彼は補足する。
「魔王ファルティス率いるオカヤマが、大国バスタルドを中心とした対魔連合を撃破し、七大魔王の一角ブラウノメラを討ち滅ぼした。この件は、人間界と魔界に瞬く間に広まることだろう。人間たちはこちらの実力に戦き、強硬路線から協調路線へと変わるはずだ。だが一方で、好戦的な魔族たちの判断は違うものになるだろう」
「こちらを危険視し、攻めてくると?」
「残り五人の魔王の戦力はどれもこちらを遥かに凌いでいる。連中との対決は先の戦の何十倍もの大戦となろう。そして勝機は限りなく薄い」
次いで、ファルティスも憂慮を口にする。
「それ以上に問題なのはこのオカヤマの街です。ブラウノメラほどの魔族をもってすれば、この街を灰燼に帰するのは容易い。この街は私たちの生命線。決して失うわけにはいきません」
ブラウノメラの閃光一発によって対魔連合の兵数千が命を落としている。それほどの破壊力をもつ魔族が攻めてくれば、被害を抑えるのは難しいだろう。この街は恐ろしく脆弱だった。
「この街を戦場にした時点でこちらの負けってことか。なら、もうこちらから攻めるしかないじゃない?」
「だが、それは自殺行為だ」
ラナの案をルドラーンは否定した。
「残りの五人の魔王はいずれもブラウノメラより強大な勢力を誇っている。そもそも魔王が勢力を大きくするには、魔王自身が力を誇示するのが正道だ。故に、人間界に紛れ込んでいたブラウノメラの勢力は小さかった。それでも、我らより三倍以上いたがな。他の魔王を同じように考えていると痛い目を見ることになるぞ」
無識な彼女への忠告。ただ、それは同時に金吾へ向けたものでもあった。魔王を一人倒したからといって勢い任せに行動するのは反対である。そして、金吾もまたその心中を察している。
「安心しろ。確かに俺はブラウノメラに圧勝したが、あれでイキるような子供ではない。『謀略の性』のブラウノメラが己の性に反する正攻法に出てしまった時点で、奴は弱体化していた。相手に本領を発揮させない戦い方は気持ちがいいが、何度も上手くいくとは思っていない」
「では、どう戦う?」
「戦わん」
「っ!?」
その返答にはラナは勿論、自重を促していたルドラーンすら閉口してしまった。慌てて口を開いて問い返す。
「確かに自制は望んでいるが、戦わないというのは解せない。勇者であるお前がファルティスを奉じて残りの五大魔王を討つ。そうやって魔界を統一していくつもりではないのか? 少なくとも我々はそう思っていた」
魔族のルドラーンも人間のラナもそれしかないと思っている。されど、その二人とは全く別の人種である日ノ本人の金吾の考えは違った。
「我らの目的が魔界統一なのは変わりない。だが、他の魔王を討つというのは手段の一つでしかないのだ。社会が成熟した人間国家との戦とは違い、魔族同士の戦いでは得るものも少ないしな。オカヤマを灰塵にさせないためにも戦争は避けなければならないのだ」
では、どうするのかというと……。
「交渉だ。俺が他の魔王たちを口説き落とし、ファルティスの配下にさせる」
「本気か!?」
冷静なルドラーンが堪らず叫んだ。これまでも現地人が考えもつかないことをやってきた金吾だったが、今回の策はいつにも増して飛び抜けていた。
「それこそイキり過ぎだ! 叶うわけがない。先のブラウノメラとの盟は奴の『謀略の性』のお陰で成ったに過ぎず、案の定裏切られたではないか! それを五人全員と成功させるだと!?」
「金吾は魔族のことを見誤っている。本来の魔族は凶暴で争いを好む種族よ。相手に弱みを見せるだけになる」
ルドラーンもラナも猛反対。しかし、やはり金吾は考えを覆さない。
「ルドラーン、お前が慎重な性格なのは、その『護りの性』のせいだろう。それは正しい。全くもって正しい。頼り甲斐のある性だ。……だがな、弱小の我々には他に生き残る道はないのだ」
正論に正論で返す。この馬鹿げた策に縋るしかないのが、オカヤマの現状だった。
「しかし……」
「大丈夫、俺の養父、太閤秀吉は天下一の人たらしだったんだ。実際、お前たちも俺に口説き落とされたではないか。魔族の天敵である勇者の俺に」
そう言われれば、ルドラーンも降将であるラナももう言い返すことが出来なかった。
それでも二人は納得出来ないでいたが、結局決めるのはここの主である。黙って聞いていたファルティスは、三人に視線を送られるとゆっくりと心のうちを明かす。
「魔族が争い合う時期は終わった。人間とも争うことはない。人間と魔族を結ぼうとする勇者金吾の登場は、平和の時代への幕開けの証よ」
それは『愛の性』をもつ彼女らしいものだった。
「確かに難しいかもしれない。けれど、私が望んでいたそのものでもあります。金吾なら叶えてくれる。そう思えるの」
金吾は魔王すら魅了させる勇者。そんな男をこの世界の常識で測ることなど出来やしないと、ルドラーンとラナは思い直すのであった。
これまでの奇跡が全て金吾が生み出したものなら、今後もその奇跡を信じて突っ切るべきか。弱小な自分たちにとって、勢いというのもまた大きな武器なのだから。
オカヤマ城・御座の間。
その夜、この上階の部屋にて金吾はいつものように縁側に腰掛け街を眺望していた。ただ、いつもと違うのは、酒がなかったこととその顔がどことなく晴れていなかったところだ。畳に腰を下ろして酒の用意をしようとしたファルティスもそれに気づく。
「お酒はいいの?」
「ああ、今日はちょっとな」
先ほどの自信満々ぶりが嘘のよう控えめの態度。……いや、実際嘘だった。
金吾は徐にファルティスに寄ると、その膝に頭を乗せ膝枕をさせる。突然のことに驚く彼女だったが、すぐに優しく受け入れてくれた。
「憂鬱だ」
「え……?」
「此度の交渉は、オカヤマ征伐以上の至難なものになるだろう。オカヤマの最大の試練だ。俺は死ぬかもしれん」
「珍しく弱気なのね」
「そもそも俺は戦が嫌いだ。政も嫌いだ。面白おかしく遊んで暮らすために、渋々こなしているに過ぎん。……なのに、その渋々で命を落としかねないことをしようとはな。矛盾している。何故だろうな?」
「私のためでしょう?」
「ああ、その通りだ」
自分を理解してくれている言葉を聞くと、金吾もやっと笑みを浮かべた。
「今回の件は内密だ。周りに知られたら混乱を招きかねない。だから、交渉も俺一人で赴く。それで、まずはどの魔王から当たってみるかだが、話し合いが出来そうな相手からがいいな」
「ヴァルサルドルムなら、もしかしたら……」
「どんな奴だ?」
「嘗て、先代魔王と肩を並べていた古から生きる古代魔族。魔王勢力の中で最大の勢力を誇り、今現在において最強と呼ばれている魔族よ」
「それはいいな」
金吾のその返答は決して皮肉からではなかった。
「最強の魔王を口説くことが出来れば、他の魔王も追従するかもしれない」
「ええ、私も昔会ったことがあるから、話を聞いてくれるかもしれないしね」
「うん? お前も付いてくる気か?」
「勿論、金吾一人だけに背負わせないわよ」
そう答えるファルティスもまた笑顔を見せる。愛の性が生み出す、人の心を落ち着かせる慈愛の笑顔を……。そんなものを見せられれば、どんな我儘も許してしまうだろう。
「そうだな。失敗すれば全てが終わりならば、それもありか」
決心。金吾が身を起こして杯を手に取ると、ファルティスはそれに酌をする。次いで、今度は彼が彼女のために酒を注いだ。
「金吾、貴方がいてくれるなら、どんな困難も乗り越えられるわ」
「ファルティス、お前のその清純さが俺を癒してくれる」
そして成功を祈って乾杯。今の二人にはもう気後れはなかった。




