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4話 凶悪な魔族と可憐な少女

 一方、その外では動きがあった。


「暴れるのは止めなさい、貴方たち!」


 大暴れの魔族たちの前に、一人の女性が立ち塞がったのだ。


 若い。十六、七歳ぐらいか。あでやかな長髪をなびかせた少女で、それでいて威厳のある立ち振る舞いに着飾ったドレスの格好をしていることから、高貴な人物と思われる。そして、これまで出てきた南蛮人の誰よりも美しかった。巨大な魔族たち相手でも全く怯んでいない。彼女はこの虐殺を止めようとしていた。


 対して、魔族の一人が少女にこう答える。


「ファルティス、邪魔をするな! 俺たちは魔族だ。人間を殺すのが本能なんだよ。それに従って何が悪い?」


「でも、このままでは魔族と人間の対立は深まる一方です」


「望むところよ。それがこの世の摂理だ。立ち塞がるというのなら、貴様ともケリをつけてやる」


 そう勇んだ魔族はその鋭い爪をファルティスと呼んだ少女に向け拒絶した。他の魔族たちも同じよう。


 交渉はもう叶わず、あとは殺るか屈するか……。しかし、ファルティスはどちらも望まない。引かず、押さず、両者は不退転の覚悟で対峙した。


 交わる闘志。


 ぶつかる矜持きょうじ


 決してブレない決意の睨み合い!


 ……。


 ……。


 ……。


 ………………が、ブレた。


 二人の間を通った金吾に視線を釣られたから。絶賛大暴れ中の体長三、四メートルの巨大な獣の集団。そのど真ん中を人間があまりにも堂々と横切ったので、ファルティスも魔族たちも全員呆気に取られてしまった。


「おい、そこの人間」


 魔族の一人が呼び止めるも、金吾は無視。かんさわったからか、その大きな爪で無理やり肩を掴んで振り向かせるも、金吾が見せたのは幽鬼のような表情だった。魔族もついギョッと引いてしまうが、そう至ったことには理解を示す。


「ふん、この虐殺の中で気が狂ったか。所詮、人間などこんなものだ。こんな脆い生物に怯える必要などない!」


 そして………、


「消えい、乱心者が!」


 見せしめとばかりに、その目の前の人間に巨爪を振り下ろす!


 一瞬。一閃。ファルティスが止めようとする間もなく、綺麗に斬り落とされた! ………………爪の方が。


「はぁ!?」


 正確には手首か。予想外の痛みに激しく悶える魔族。片や、ファルティスは逆に静かに瞠目していた。その瞳に映っていたのは、いつの間にか刀を抜いていた金吾の姿。


 目にも留まらない高速の抜刀術。あまりの速さで刀には血糊ちのりが付いていないほどだ。その彼が幽鬼の表情のまま口ずさむ。


「乱心……。乱心か……。生前もよく言われたものだ。特に関ヶ原での裏切りについてはな」


「っ……」


「だが、今こそ本当に乱心してしまいそうだ……。何でもいい。何でもいいから斬り殺したい。百姓だろうが、坊主だろうが、君子だろうが、鬼だろうが……」


「この、人間風情があああああああああ!」


 人間如きに屈しはしない。その引けぬ決意が、魔族に残っていたもう片方の巨爪を振り下ろさせた。それが地面に大穴を開けさせ、地響きを起こさせる。しかし、金吾はものともしない。何故なら、既に宙に逃げていたから。


 そして、彼は目の前で瞠目している巨大な頭を真っ二つに両断した。


 再び見せた一瞬・一閃の太刀。非力なはずの人間が強大な魔族を討ち殺したことに、魔族たちの好戦的な本能も堪らず怯え震えてしまった。普通ならあり得ない。あり得ないが……それでも魔族たちには心当たりはあった。


「コイツ、『勇者』か!?」


 魔族の一人がそう叫ぶと、他の者も一斉に警戒心を露にした。人間でも『勇者』と呼ばれる者は魔族にとっても脅威らしい。


「人間どもは、人間でありながら魔族に抗える力をもつ者を勇者と呼んでいるらしいな」


「ウヨウヨいるからな、人間は。時にはそんな突然変異も現れるだろう」


「だが、対抗出来るからと言って、たった一人ではな!」


「殺せ!」


 それにも関わらず魔族たちが戦いを選んだのは、戦いを好む本能のせいだろう。そして、金吾がそれに応じたのも乱心という感情のせいだった。


 獣の群れが一斉に一人の人間に襲い掛かる!


 だが、その光景はすぐさま一人の人間が獣の群れを撫で斬るに変わった。


 魔族の勢いが良かったのは初めの数秒だけ。初手の攻撃を金吾の反撃でくじかれると、あとは一方的になぶられていく。


 斬られて、斬られて、斬られて、斬られて、斬られて、斬られて、斬られて、斬られて、怒涛の如く落命していく魔族たち。今更ながら逃げ出そうとする者もいたが、時既に遅し。金吾は容赦なくその背を斬り裂いた。


 片や、その虐殺の外にいたファルティスは呆然と見つめるだけ。ただ、魔族による人間の殺戮を望まない彼女は、その逆もまた然りだった。


「待って下さい! 十分です。皆、もう争う気はありません!」


 気を取り戻したファルティスは勇気を出して金吾の前に立ち塞がる……も、


「この俺を諫止するか、生意気な!」


 と、問答無用に刀を振り下ろされて慌てて避ける様だった。されど、そのぐらいで諦める彼女ではない。一旦退くと、周りを見渡して止める手段を探す。そして、目に入った木片を彼の頭に投げつけた。


 「痛っ!」っと、鬼の形相を振り向かせる金吾。……が、今度は薪。更には瓶まで飛んでくる。


「なっ!?」


 煉瓦、壷、鍬、岩石、大根、斬り落とされた魔族の手足……。ファルティスは「やめて下さい!」と叫びながら何でもかんでも投げまくった。この突拍子もない攻撃には、金吾も堪らず狼狽ろうばいだ。


「ちょっ」


 ポコっ。


「お前は……」


 ポコっ。


「この……」


 ポコっ。


「やめ……」


 ポコっ。


「やめんか」


 ポコっ。


「小娘!」


 ドゴォっ!


「あがっ!?」


 そして五百キログラムもの酒樽をぶつけられると、彼はやっと倒伏した。衝撃で樽は割れ、当人は全身ずぶ濡れ。……ピクリともしない。


「あれ……?」


 やり過ぎた!? と、ファルティスに緊張が走る。ただ、恐る恐る彼の顔を覗いてみれば、何故か満足そうな表情でこうぼやいていた。


「はぁ~、酒は浴びるように飲むものだが、本当に浴びて飲んだのは初めてだ。これほど痛快とは……」


 とにかく落ち着いたようで何よりである。他の魔族たちもすっかり意気消沈しているので、一先ず場は収まった。ゆっくり上体を起こした金吾は、ファルティスから慎重に話し掛けられる。


「失礼致しました。あの、大丈夫ですか?」


「うむ、生き返った気分だ」


「それは良かったです。……それでつかぬことをお伺いしますが、貴方は何者なのですか? バスタルドの手の者?」


「ばすたるど? ……ああ、確かアイツらそんな名乗りをしていたな。俺はそこから逃げてきたんだ」


「では、ご出身はどちらなのです?」


「日ノ本」


「ヒノモト……!? やはり、貴方は『勇者』!?」


「そういえば勇者などとも呼ばれたなぁ」


 そう明かすと、ファルティスは生き残った魔族たちと見合わせた。蒼白になった顔で。


 次いで思慮する。何か引っかかるものがあったらしく、やがてまた質問を。


「これからどちらへ?」


「当てはない」


 それは彼女が望んでいた返事だった。すかさず、こう申し出る。


「もし宜しければ、私のところに来られませんか?」


「正気か、ファルティス! だってこいつは……」


 魔族たちもまたすかさず異を唱えた。彼女と対立していることを忘れているかのようだったが、それほどまでに金吾が恐ろしかったのだ。実際、全滅させられかけている。しかし、彼女はがんとして譲らない。


「だからこそ必要な方なのです」


 そして金吾も問い返す。


「酒はあるのか?」


 その問いにファルティスが頷くと、それは決定となった。


 立ち上がる金吾。彼女から次に投げようとしていた布巾を渡されると、それで顔を拭いた。


「そういえば、まだお名前をお聞きしていなかったですね」


「小早川中納言秀秋。備前岡山五十五万石の領主だったが、今は素浪人だ。人は俺のことを金吾と呼ぶ」


 顔を拭き終えた彼の目には生気が蘇り、濡れた髪は美しく輝いている。先の幽鬼のような表情はすっかり消え、改めて現れた面構えは実に力強いものだった。唯我独尊、誰にも屈しないという不屈の精神を感じさせる。それは魔族の矜持と似たものでもあった。……因みに、彼は火炙りから脱出して以来、ずっと素っ裸のままである。


 片や、乙女は全く気にせず。魔族好みのその顔つきに見惚れてしまい、遅れて返事をする始末だ。


「私の名前はファルティス」


 そして、優しい笑みでこう挨拶した。


「この者たちを治める魔王です」


お読み頂き、誠にありがとうございます。


ブクマや↓の☆☆☆☆☆の評価を頂けましたら大変嬉しく存じます。


今後ともよろしくお願い致します。

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