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38話 決戦、金吾 対 ブラウノメラ②

 瓦礫がれきの山から勢いよく飛び出た金吾。彼は岩場の上に着地すると、陣羽織の襟を正して相手に見せつけるように波游兼光を仰々しく構えた。戦術は決まっている。あとは、この異世界まで付いて来てくれた相棒次第だ。


 一方、上空からそれを見ていたブラウノメラもその刀を認めていた。また、金吾にはそれしかないということも。この世界の人間には魔術を使える者もいるが、金吾は一向にその気配を見せていない。つまり、武器はあれだけだと確信したのだ。そして弱点まで見出している。ブラウノメラが敢えて地上に降りてきたのも、それを突くためだ。


「あの攻撃でも健在では、もう直接この爪で首を獲るしかないようだな」


「奇遇だな。俺も同じことを考えていた」


 見合う両者。互いに構え、一太刀目を入れる隙を探る。だが、ない。ならば、強引に作るまで。先にそう判断したのはブラウノメラだった。


 獣の凶爪たちが再び猛威を振るう。上下左右、あるゆる方向から金吾に襲い掛かった。対して、彼も真っ向から応じる。


 打ち合い、打ち合い、打ち合い、打ち合う!


 互いに互いの刃を激突させる度に、轟音が天を駆け、衝撃が大地を揺らした。


 その最中、金吾はブラウノメラの攻勢が先程よりも慎重なことに気付いた。次いで、この攻めが隙を作るための囮であることも。この場でそれに気付かなかったのは、戦うことが嫌いなファルティスだけだ。


「金吾!」


 だから、彼女は瓦礫がれきの中に潜みながらも憂慮の声を上げてしまった。そして、それこそがブラウノメラが待っていたものである。


「っ!?」


 突如崩れるファルティスの足元。それを成したのは地中から現れた触手の大群だ。それらが彼女に巻きつき拘束すると、そのまま地上へと持ち上げ晒した。金吾の弱点、それはファルティスの存在そのものである。


「小早川金吾! 貴様の主はこちらの手の内だ! 足掻けば殺す!」


 これがブラウノメラの作戦、人質戦術だ。古典的謀略だが、だからこそブラウノメラも気に入っている策。そして古典的ということは効果的ということ。金吾も主が捕らえられたとなれば刀を止めざるを得なかった。


「ブラウノメラ、これがお前の取って置きの謀略か?」


「オカヤマはファルティスがいてこそだからな。しかし、近くに潜んでいると思っていたが、自ら居場所を晒すとは本当に甘い女よ……。さぁ、ファルティスの命が惜しければ剣を捨てろ」


 一方、囚われのファルティスは、「私に構わずに!」とオカヤマのために戦うことを望んだ。だが、そのオカヤマのためには彼女が必須。結局、金吾に選択肢はなかったのだ。彼は大人しく従い波游兼光を遠くへ投げ捨てた。


「ごめんなさい、金吾……」


 そう詫びたファルティスは己の不甲斐なさに情けなくなった。戦い嫌いの真面目さ故に、からめ手に弱かったのである。自分のせいでオカヤマという理想、性が壊される。それは魔族として耐え難いことだった。オカヤマには象徴として彼女は必要だ。しかし、それを築いた金吾もまた不可欠なのである。


「ふふふ、様はないな、小早川金吾。俺の謀略を散々妨害した男も、遂にはこんな単純な策で敗れるのだからな」


 謀略が成功し、ブラウノメラの機嫌は上々。片や、金吾はこのような状況においても落ち着いている。泰然だった。乱世を生きた戦国武将故か。尤も、ブラウノメラには強がりにしか見えなかったが。


「安心しろ、ファルティスは殺さん。コイツにはこのままオカヤマの王をやらせる。そして、貴様の代わりに俺がファルティスを操って、オカヤマから天下統一を成し遂げてやるのだ!」


「成る程、バスタルドでやろうとしていたことをオカヤマに変えて続けるというわけか」


「貴様のせいで狂った謀略を、貴様が作ったオカヤマで成してやる。謀略の性の俺は再起の策も生み出せる!」


 ブラウノメラの野望は潰えていない。されど、それを邪魔したことは決して許さない。金吾への憎しみが獣の牙を鋭くさせる。


「我が謀略は不死身だ! そして貴様は死ぬのだぁ!」


 そしてそれを本人へぶつけるのだ。ブラウノメラが止めを刺すのに選んだのは、魔族が人間を殺す常套手段、食人である。


 勝利の咆哮を上げながら開かれる巨大な口と剣山の如く生え並んだ牙が、確然たる絶命を約する。抗うことも避けることも許されない金吾は、ただただそれを受け入れていた。そこは正に土壇場。それでも彼は天下人の息子らしく泰然自若たいぜんじじゃくを貫く!


 その口の中に消えても……。


「金吾ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 飲み込まれた彼の代わりにファルティスが悲鳴が上げた。


 次いで……、


「あがっ!?」


 ブラウノメラも!? その弱々しい声は慮外である表れ。


 そして最後に……、


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 金吾が雄叫びを上げて現れた!? 何と、飲み込まれた彼は、そのままブラウノメラの後頸部ごけいぶを打ち破って勢いよく飛び出したのだ!


「馬っ鹿な……!?」


 強健を誇ったブラウノメラも首に大穴を空けられれば流石にただでは済まず。金吾が華麗に着地するのと同時に、その大きな頭を地べたに叩きつけた。そして……二度と上げることはなかった。


 逆転。……否、至当。一切泰然を乱さなかった金吾を見ていれば、この結果は全て彼の企み通りだったと思える。獣の尾からは力が抜け、ファルティスも囚われから抜け出せた。


 しかし、何故こんなことが? その疑問を解くべく、ブラウノメラは残った僅かな力をもって金吾を見た。そして驚愕する。


 金吾が手にしていたのは脇差。彼が波游兼光と共にこの世界に持ってきた相棒『岡山藤四郎おかやまとうしろう』である。


「も……もう一本隠し持っていたのか!?」


 その実に簡単な答えに、獣は喉の痛みも忘れて叫んでしまった。単純。謀略とも言えない謀略に、謀略の性は敗れたのである。


「流石、太閤秀吉が遺した吉光が名刀……。短くともいい切れ味だ」


「ふ、ふざけるな! そ、そんな……そんな馬鹿みたいな手に、俺が……」


「奥の手というヤツだな。謀略は単純なほど効果的だ。ブラウノメラ、貴様はその性故に策に固執する癖があるようだ。策の成功が貴様に快楽を与えるのだろう。だから、俺は敢えて貴様の策に嵌ったように振舞った。結果、俺の些細な行動を意に介さなかった。いや、意に介したくなかったのだ。己の策が成功していると信じたくて……」


 金吾が瓦礫の中から姿を現した際に陣羽織の襟を正したのは、裾で腰の岡山藤四郎を隠すため。その後、相手に見せつけるように波游兼光を仰々しく構えたのは、そちらに注意を促させるため。そして、この世界に来てから岡山藤四郎を全く使ってこなかったのは、その存在を世に知らせないため。また、脇差文化のないこの世界の者にとって剣は一人一本という思い込みもあった。ブラウノメラの謀略家としての矜持きょうじが、それらを都合よく処理してしまったのだ。


 その事実を突きつけられたブラウノメラは心臓を鷲掴みにされた思いをした。ぐうの音も出せず、抗う気も起きない。波游兼光を拾いに行く金吾を呆然と見つめている。


「相手の術中に己の策を仕込む。これが小早川金吾の謀略だ」


 こうして、相手の謀略を断つように波游兼光を振るう金吾の姿は、ブラウノメラに謀略家としての完全な敗北を受け入れさせるのであった。尤も、その謀略を成功に導いたのは、強大な魔王に対する金吾の毅然とした振る舞い、確たる器があったからこそだ。


 決着はついた。金吾の勝利、圧勝である。ファルティスも笑みを浮かべ彼に駆け寄ろうとした。……が、手を差し出され止められる。まだ終わっていないとばかりに。そして、波游兼光の刃先を敗者に向けた。


「ブラウノメラ、貴様は見せしめにする」


「っ!?」


「嘗て、太閤秀吉は圧倒的な力をもって関東の北条家を滅ぼし、東北の諸大名を無抵抗で屈服させた。俺もまた貴様を一方的に討ち果たし、他の魔王たちを服従させる」


「お、俺を……天下を取るための道具にするつもりか?」


「貴様が俺でそうしようとしていたようにな」


 勇者を利用して天下を取ろうとした魔王は、その命をもって勇者の天下統一を導く。己の謀略に付け込まれるどころか、謀略そのものを奪われるとは……。『謀略の性』はもう悔しさすら浮かばなかった。そしてストロイベンの言葉を思い出す。


 策士、策に溺れるとは正にこのことだな――。


 彼の敗因は金吾を召喚したこと。それ一つに尽きる。


「俺は己の性によって身を滅ぼすの……か。……ふふふ、こればかりはどうしようもない。何せ、これが己の性なのだから」


 ブラウノメラは力なく笑った。強がりでない。自嘲じちょうでもない。感心しているのだ。己を凌ぐ謀略家に。謀略で敗れるのは苦心であるが、謀略で死ぬのもまた謀略の性にとって理想の死に方だった。


「俺が呼んだ勇者が、俺の死を使って天下統一を成す。……最高だな」


 敗者が己の運命を受け入れまぶたを閉じると、勝者は粛々と刀を振り上げた。感服に値する神妙な態度に、金吾もまた武人としての敬意をもって接する。


「俺は……己の死をもって最高の謀略を生み出すのだ!」


 ブラウノメラの遺言が天を駆けると、落雷の如く刃が落ちる。



 振り下ろされるは、この世のしがらみを断ち切る刃。



 それはこの世界を変える一振りだ。


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