37話 決戦、金吾 対 ブラウノメラ①
遂に対峙した勇者と魔王。金吾の登場に驚いたブラウノメラだったが、その戦意は滾ったままだ。
「貴様が小早川金吾か……」
「どうやら貴様がブラウノメラらしいな。やっと会えた」
「貴様だ……。貴様のせいで俺の謀略が狂った! 貴様がこの世界に召喚された時、素直にバスタルドに与していれば全て上手くいったのだ!」
その罵倒が金吾に悟らせる。
「お前が俺をこの世界に呼んだ元凶か?」
「そうだ。冥土の土産に教えてやろう。この世界は先代魔王を失って以来、魔族勢力が内乱で衰退する一方、人間たちはその隙をつき順調に勢力を伸ばしていた。そこで俺は考えた。ならば、このまま人間たちに全世界を支配させて、その人間たちを裏から操ってやればいいとな。そして俺は人間メルベッセとしてバスタルドに潜り込み、宰相にまで成り上がったのだ」
「成る程、それがザルツフォンが言っていた貴様流の人間との共生か」
「ただ、魔族の強さは俺もよく知っている。魔族勢力を完全に根絶させるには、今の人間側では決定力が欠けていた。そこで一計を案じたのだ。新たな勇者を召喚し、人間側の尖兵にするという策をな。勇者の力が加われば天下統一は必定。それを裏から支配するこの俺が天下の覇者になるはずだった。……はずだった。……はずだったのだ! 貴様がバスタルドから離反しなければな!」
「……」
「何故だ、何故、ファルティスに与した!? お陰でバスタルドに屈しようとしていたセルメイルもファルティスと手を組み、息を吹き返した。人間界一強だったバスタルドの牙城が崩れ始めたのだ。俺の天下が遠のいた! 何故だぁ!」
憤怒を吐き出すように熱く叫ぶブラウノメラ。己の最大の謀略を打ち壊した金吾は、この世で最も許し難い男である。すると、その男が冷笑しながら答える。
「バスタルドから離反した理由は至極簡単だ。いきなり呼び出されてハイハイ従うほど俺の頭が空っぽではなかったということだ。一兵卒ならともかく、俺は岡山五十五万石の大大名。ザルツフォンにも言ったが、こういうのは根回しが重要だ。その辺、内府(徳川家康)は上手かったな」
「ぐぅ」
「そしてファルティスに与した理由……。それも簡単だ。それは、この世界で彷徨っていた俺に初めて手を差し伸べてくれたからだ」
「それだけで?」
「貴様は理屈だけで物事を考えている。だから、人間が複雑で感情的な生き物だということを分かっていない。結局、貴様の策は机上の空論でしかないということだ。愚策よ」
「愚策だと!? 俺は『謀略の性』の持ち主だぞ。魔界一の知恵者だ。その俺の策を愚策だと?」
愚策――。それは謀略を性にしているブラウノメラにとって忌み言葉だ。人を知らない獣は、己の存在を否定され激高した。
「貴様の謀略は狸爺、徳川家康の足元にも及ばん」
「黙れ……黙れ……」
「そして、誠実さでは石田三成に遥かに及ばん!」
「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
ブラウノメラの咆哮が天を駆け、金吾を襲う。されど、彼は動じず。次いで迫ってきた無数の凶爪も冷静に応じた。波游兼光で受け、弾き、逆に斬り落とす。先のファルティスのように見事な立ち回りで捌いていたが、更に驚くべきは彼が一歩たりとも動いていないことだ。不退転の覚悟を示し、全ての挑戦を受け跳ね返してみせる。金吾が見せているのは圧倒的な格の差だ。それがブラウノメラをより激憤させる。
「小早川金吾、貴様だけは許さん!」
「勝手に呼び出しておいてよく言う」
獣の大口が閃光を吐くと、流石に金吾も回避を選ぶ。但し、正面にだ。閃光を潜ると、そのまま距離を詰め超接近戦を挑んだ。
「ちょこまかと!」
巨体の周りを機敏に駆け回る金吾と、それに苦慮するブラウノメラ。大きな図体が仇となり、六本の爪も役に立たない。不意を突くように蜘蛛の下半身から無数の触手を放つも、それも難なく斬り落とされた。ならばと、地中に潜ませていた尾で背後から貫こうとしたが、それすら薙ぎで捌かれる。
金吾も伊達に戦国の世を駆けてはいない。唐入りでは自ら槍を振るった猛将である。命の取り合いには馴れていた。
「流石、勇者というところか。俺も正攻法は好みではない」
勇者相手に押され気味の魔王。されど焦りはない。接近戦での不利を認めたブラウノメラは、蜘蛛の下半身に虫の羽を生やし、上空へと舞う。
「これならどうだ!?」
そしてまたもや口から閃光。しかも何十発も!
山頂に降り注ぐ破滅の光。一発で何千人もの人間を葬った爆発を幾度も起こす。
その爆音は遠く避難していたラナたちにも聞こえた。彼女がそれに釣られ振り向けば、その目に入ったのは山頂に聳え立つ数多の光の柱。山の形が変わっていくその光景は実に恐ろしく、また神々しかった。
やがて光の雨が止み舞い上がった砂埃が消えていくと、禿山となった山頂が露になってきた。激しく荒れた地表はあらゆる生命の存在を許さないかのよう。……それでも、彼らは生きていた。
瓦礫の山の中で押し潰されないよう巨大な岩石を背で支える金吾に、その下で護られているファルティス。
金吾とて、流石にこのような滅茶苦茶な戦法は日ノ本でも経験していなかった。彼女の身を護るのが精一杯である。戦場では常に圧勝を収めてきた彼も、今度ばかりはお手上げか。
「流石、他の魔族とは違うな。あの首は獲り甲斐がありそうだ」
否、金吾に気後れはなかった。大手柄を前に戦意を滾らせる彼は、根っからの戦国武将である。だが、これまで以上の強敵に変わりはない。ファルティスは堪らず請う。
「私も戦う」
「いや、お前を危険に晒すことは出来ない」
「でも……」
「ファルティス、俺がお前を真の魔王にしてやる」
それは日ノ本で成せなかった彼の使命だ。




