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36話 魔王 対 魔王

 オカヤマ勢に立ち塞がる猛る巨獣。そのどす黒い敵意は、争いを嫌うファルティスに苦々しい顔をさせた。されど決して引きはしない。彼女の後ろには護るべき理想郷があるのだから。


 そして魔王同士の直接の顔合わせは、どちらかが息絶えるまで続ける死闘の到来を意味していた。ファルティスはルドラーンに命じる。


「皆を引かせて」


「っ! 何を馬鹿な。ここは総力をもってブラウノメラと戦うべきだろう!」


「彼は強い。折角誰も死なずに済んだのだから、皆を無事に帰したいの」


「一人で戦うと言うのか!? お前は魔王なんだぞ! 魔王が部下のために命をすなんて聞いたことがない! 金吾も言っていただろう。オカヤマはお前がいてこそだ!」


 彼女の脳裏に過ぎる金吾の言葉。筋は通っている。その通りだろう。……でも、それでもファルティスは受け入れられなかった。己の理想に付いてきてくれる仲間を死に追いやるなんて。


「私は……こんな私に付いてきてくれた皆に、オカヤマのために戦ってくれている仲間に生きて残って欲しい」


 そして、彼女は初めて魔王として命じる。


「ルドラーン、命令よ。引かせて。……ごめんなさい、これが私の『性』なの」


 これがファルティスの魔族として性、本能、欲望。それを楯にされれば、同じ魔族のルドラーンも承知せざるを得なかった。彼はラナを抱えると、他の仲間たちに退去を指示する。


 佳境を向かえたオカヤマ征伐。それを締め括るのは慮外の魔王対決だ。


 対峙する二人の魔王。最も美しい魔族と最も醜い魔族が互いに殺意を交わらせる。敢えて自らを苦境に立たしたファルティスをブラウノメラは呆れ見下した。


「貴様はとことん愚かだな。魔王にとって部下は手足だ。消費する手駒でしかない。いや、人間界においても同じだ。貴様のしていることはこの世の摂理に反している。……そして」


 その苛立ちに反応するかのように彼の爪が鋭く尖っていく。


 次いで……、


「そんな貴様に俺の謀略を阻止されたのが……最も耐え難いぃのだぁぁぁ!」


 口から咆哮と共に閃光を放った!


 開戦! 素早くそれをかわしたファルティスだったが、ブラウノメラの長い腕たちがその逃げ道を塞ぐ。無数の鋭爪が襲い掛かると、彼女は華麗な身のこなしでそれを捌いていった。先ほどのドルゴッゾと似た攻め方。優れた肉体を振り回して戦うのが魔族の基本的な戦法のため、似通うのはよくあることなのだ。だから、戦を好まないファルティスはこの手の対応に熟知していたのである。ドルゴッゾより速く激しい攻撃も、彼女は冷静に凌いでみせていた。


 高速、頑強、尖鋭せんえい、数多。速く硬く鋭い爪の大群を、ファルティスは顔色を変えずに躱し、躱し、躱し、躱し、受けては蹴り返す。ブラウノメラに隙が生まれるまで耐え続ける。


 だが、相手は『謀略の性』の持ち主である。


「っ!」


 不意に足が止まってしまったファルティス。その足元を見てみれば、地面から生えてきた長い触手に片足を絡め取られていた。その正体は尾。ブラウノメラは爪攻撃を囮にして密かに地中に潜ませていたのである。


 そして、そのまま尾によって宙に持ち上げられたファルティスは、懐に爪の一撃を打ち込まれた。華奢きゃしゃな身体が地面に激しく叩きつけられ、その表情に苦悶の色が浮かぶ。


「こちらの攻撃がワンパターンなら、その避け方もワンパターンになり易いというわけだ。争いを好まぬ故、戦闘の経験が足りなかったようだな」


 地に伏せる彼女をブラウノメラは再び見下ろした。自分こそが本物の魔王であると格の違いを思い知らせるかのように。


「先代魔王はそれはそれは強かった。圧倒的な力をもって人間のみならず魔族からも恐れられていた。魔王を自称する俺とて、あれほどの暴力をもつことは叶わん。それに比べ、貴様はその先代魔王の直系とは思えぬ堕落ぶり。呆れるわ」


「私の生き方が堕落なら、そう言われても構わない。私は私の性に従って生きている」


 声を振り絞りながら抗弁するファルティス。苦痛を強いられても抗う意気は健在である。だが、相手はそれが気に食わない。


「魔族とは力だ。先代魔王が成したように力のみが魔族を一つに出来る。それに反した貴様を魔王として崇めている連中は、所詮弱者同士が身を寄せ合っているに過ぎない。その上、勇者と手を組み、人間とも共存だと? この世で最も愚かな魔王だ!」


 これまでの歴史から鑑みるにブラウノメラの思想は正道だろう。荒くれの魔族たちを統一するには、彼らが信奉する圧倒的な力を誇示することが最短の道である。


「私を魔王として認めてくれている彼らを馬鹿にすることは許さない。私の共存政策を馬鹿にすることも許さない」


 対して、ファルティスが成そうとしていることは誰からも反感を買う邪道だ。それでも彼女は曲げない。頑なで、我がままで、周りを省みず己を道を貫いている。


「そして、この世で最も愚かな魔王にならなければ、それらは成せない!」


 その姿は正に魔王そのものだった。


「っ!」


 ブラウノメラも一瞬それを認めてしまった。己の理想を世界中に押し付けるとは、魔王と呼ぶに相応しい身勝手さではないか。だが、すぐに撤回もする。他人を魔王と認めるなどあってはならない。


 今討たなければ己がやられる。彼はそう直感した。


「ほざけぇ!」


 その危険な素質を打ち砕くべく、ブラウノメラは渾身の一刀を放つ。命を吸う凶爪がファルティスの首に振り下ろされた!


 それを迎えるファルティスに怯みはない。目すら逸らさない。


 たとえ死しても己の信念を貫くが如く。


 そして、見事に散らしたのだった。


 ……爪の方が。


「なぁにぃっ!?」


 堅固を誇る凶爪が粉々に砕けたのを見て、ブラウノメラは思わず後退りしてしまった。それを成したのは異界の名刀。彼の前に立ち塞がったのは魔王を護る勇者だ。


「金吾!」


 小早川金吾である。その頼れる名を叫んだファルティスに、楯となっていた彼も笑顔を振り向かせた。


「言っただろう。お前を本物の魔王にしてやると」


「うん、信じていた」


 主の危機に堂々とさんじた忠臣。彼は凶爪を砕いてみせた愛刀、波游兼光なみおよぎかねみつの先を敵手に向け、絶対守護の意思を示すのであった。


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