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32話 金吾の決断②

  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 慶長五年(一六〇〇年)・秋。関ヶ原。


 西軍として松尾山に布陣した金吾は、東西両軍合わせて二十万がしのぎを削る戦場を見下ろしていた。戦況は西軍有利。ここで金吾が率いる小早川勢一万五千が東軍に雪崩れ込めば勝敗は決するだろう。……なのに、彼は動かず。未だ見ているだけ。それに我慢ならず進み出てきたのは、家臣の松野主馬まつのしゅめ


「如何された、殿! 今こそ東軍へ攻め込む好機ですぞ! 直ちに突撃の下知を下され!」


 持ち場を離れてまで諫言しに来た彼だったが、金吾は一瞥もせず戦場を見つめるだけ。代わりにそれに答えたのは、金吾の傍にいた家老平岡石見守(ひらおかいわみのかみ)だ。


「主馬、持ち場を離れるな」


「石見殿からも言って下され! 今打って出ないで一体いつ出るというのか!」


「殿にはお考えがあるのだ。直ちに持ち場に戻られよ!」


 彼はまるで追い払うかのように松野を下がらせた。そして、周囲に人がいないことを確認すると、平岡もまた金吾に進言する。


「殿、如何なされた? まさか考え直されたのですか?」


「……」


「東軍に付くことこそ、殿の御為になるのですぞ」


 ただ、彼は松野とは逆に東軍への寝返りを推奨していた。既に東軍首魁、徳川家康とも示し合わせている。あとは金吾が采配を振るだけなのだ。……しかし、動かない。


「殿!」


「……うるさいぞ、石見」


 そしてやっと口を開くと、逆に家臣を嗜めた。


「東軍に助勢はしない」


「何と!? 内応を覆すと!?」


「まだな。時期を待っているのだ」


「今こそ時期では!?」


「否、見ていろ」


 と、その時だった。突然聞こえた銃声と共に、いくつもの銃弾が金吾の傍を掠めた。小早川本陣に向け、鉄砲が一斉に発射されたのである。


 思わず身を竦ませる平岡と、微動だにしない金吾。二人が発射元を見れば、それは家康の陣だった。明らかに小早川勢が動かないことへの警告である。


「こちらが動かないので、内府だいふ(徳川家康)殿がお怒りになっておられますぞ!」


 平岡は顔を青くさせながら叫んだ。……が、金吾は逆。逆に笑顔になった。


「フ、違うぞ、石見。内府は早く動いて助けてくれと慌てているのだ。こうも縋ってきたのなら、我々を無碍には出来ん。戦勝後の褒美は思いのままぞ」


「っ!」


「よいか? 己を売るなら、それは最も高く売れる時だ。今こそ西軍の横腹を突く時!」


「し、承知!」


「全軍、槍を構えよ! 攻めるは西軍、大谷刑部おおたにぎょうぶの陣! 掛かれぇぇぇぇぇぇ!」


 遂に金吾の采配が振られ、小早川勢は味方西軍に攻め掛かった。そして、天下分け目の大戦に終止符を打ったのである。


 但し、全て金吾の思惑通りなのに、彼の表情は決して浮かれたものではなかった。


「済まぬな、治部じぶ(石田三成)……。お前は真面目で愚直過ぎた」


 後悔はないが同情はある。ただ、その心境は誰も知るところではなかった。


 こうして、東軍の勝利に貢献した小早川金吾は、戦後五十五万石の大領を得たのである。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 そして、金吾はこの異世界においても裏切りを迫られていた。


「如何された? 金吾殿」


 未だ言質げんちを与えない彼にザルツフォンが催促。……すると、やっと口を開いた。


「俺は天下の裏切り者だ。裏切りは得意で、極めてもいる」


 何を言い出すのかと怪訝になる相手を他所に、金吾は続ける。


「だから指南しよう。裏切りには重要なことが二つがある。まずは時機。己が最も高く売れる時に裏切るということ。そして、もう一つは信用だ。日ノ本の関ヶ原で寝返った時、俺は事前に相手方と話を詰めておいた。土壇場で裏切りなどただの臆病者だからな」


「……」


「それは貴様らも同じ。土壇場で誘われたところで信用出来るか? 戦場で裏切りを誘うには、前々から話を付けておくものだ。オカヤマ本陣が襲われたぐらいで考えを翻すほど、俺は気弱ではない。……そして」


 そして金吾は……、


「俺は一度たりとも主君を裏切ったことはない!」


 腰の愛刀、波游兼光なみおよぎかねみつをザルツフォンに向け放った!


「っ!」


 刹那で行われた居合い斬り。されど、ザルツフォンは魔王の片腕。即座に反応し、鋼鉄の指で受け止める。以前、ルドラーンの刃先を指で摘み止めたように!


 ……。


 ……。


 ……。


 静寂……。


 沈黙の中、二人はしばらく睨み合うと………………………………金吾が静かに刀を鞘に納めた。こう言いながら。


「中々の剣の腕だろう? 家臣に柳生新陰流の柳生五郎右衛門やぎゅうごろうえもんという者がいてな。その手解きを受けていた」


「……確かに」


 片や、ザルツフォンは刀を受けたポーズを取ったまま。……いや、


「今こそ貴殿を誘う好機と思っていましたが……最悪の時機でしたね。急ぎ過ぎました」


 斬撃を防いでいたはずの指が次々と落ち始め……、


「初めてオカヤマに訪れた時もそうでしたが、どうも私は『せっかちの性』の持ち主のようです……」


 最後にはその首が落ちた。


 金吾の居合いは、ザルツフォンの手と首を見事な横一閃に切断していたのである。


 そして、それは始まりの合図だった。ザルツフォンの死が、その場にいた三百の魔族の闘争心に火をつけた。


「人間風情が! ぶっ殺せぇぇぇ!」


 止める者がいなくなった獣たちが、魔族の性に身を任せて一斉に金吾に襲い掛かる。されど、彼に怯みはない。戦法も隊列もない衆愚など、ただの百姓一揆勢と変わりないのだから。


「人を斬るのは殊の外娯楽だ」


 金吾、抜刀。


「その相手が強靭な魔族となれば、さぞ楽しいだろうな」


 彼はこれまで潜めさせていた狂気を解放する。


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