31話 金吾の決断①
オカヤマ本陣から隘路を挟んで反対側の山の頂。ブラウノメラ本陣にて金吾を出迎えたのは、魔族たちの凄まじい殺気だった。盟友とはいえ人間であり、しかも勇者である。誰もが彼に殺意を抱いていた。オカヤマでは全ての魔族を屈服させていた金吾にとって、その敵意は懐かしさすら感じさせる。我関せず堂々とその群れの中へと入っていった。
すると、彼が現れた。
「これは金吾殿、ようこそ我が陣へ」
ザルツフォンだ。どうやら、この軍は彼が率いているよう。金吾は挨拶すら省略して、その陣を見回した。ある魔族は吼えたり、またある魔族は周囲に威嚇したりと、どれも待機を命じられて苛立っている。オカヤマ勢ほどの規律さは感じさせないが、ザルツフォンの命令には従っているようだ。
「よく抑えが効いているな。今攻め掛かっていれば負けていたところだぞ」
「魔王ブラウノメラの命は絶対ですので。尤も、誰もがまだかまだかと気持ちが逸っております」
「数はざっと見て三百というところか。ブラウノメラ配下の魔族は全部で一千いると聞いていたが?」
「流石に全てを連れてくることは敵いませんでした。こちらの事情も察して下され」
「魔王ブラウノメラと会えると思っていたんだが、今回は不参陣か?」
「申し訳ない」
「ふーん」
「……」
そして……、
「やはり人間勢は攻めてくる気配がないな。持久戦はありがたい。あとはこちらがどれだけ我慢出来るかか」
金吾は平地の対魔連合を悠々と見渡しながら、腰の酒瓶に手を付けた。大敵を前にして堂々としたその振る舞いは戦馴れの証である。恐らく、この戦場で最も冷静な男だろう。更に、盟友とはいえ単身で殺気立ったこの陣を訪れる大胆不敵ぶり。間違いなく傑物である。その様子を静かに見つめるザルツフォンはそう見定めた。
次いで考えた。この状況は彼にとってまたとない好機。急ぎ過ぎとも思えたが、こんな機会は二度と訪れないだろう。
ブラウノメラの腹心はその腹案を明かす。
「……金吾殿、貴方が着陣早々にこちらを訪ねてくれたのは運命かもしれません」
「うん?」
「実は魔王ブラウノメラ個人は人間の実力を認めています。……立場上、公言は出来ませんでしたが」
「ほう」
「そのため、彼もまた以前から人間との共生を目論んでいました。当然、配下の魔族には受け入れられるものではないので、私と共に秘密裏にその方策を進めていたのです。長年を掛けて。だが、そこに貴方が現れた。そして、僅かな期間で魔族と人間の共存世界を作り出してしまった。私もブラウノメラも驚愕しましたよ。我々が進めていた策を一気に飛び越えて成し遂げてしまったのですからね。ブラウノメラの望んでいた共生とは少し違いましたが、その成果は認めざるを得ません。……いずれオカヤマは巨大な力をもつようになるでしょう」
「俺が邪魔か?」
「っ!?」
金吾のその鋭い返答に、ザルツフォンはつい言葉を失ってしまった。実に察しがいい。そして、代理人は冷静にブラウノメラからの用件を口にする。
「はい、ブラウノメラは他の魔王も含め、貴方を最も危険な存在と見なしています。そこでご相談です。金吾殿、ファルティスを見限り、我が魔王ブラウノメラに与しませんか?」
それは寝返りの誘いだった。
「貴方さえいれば魔界を統一出来る。否、先代魔王が成し遂げられなかった人間界を含む全世界を支配することが出来るでしょう。ブラウノメラは貴方を高く評価し、その分の見返りも用意しております。貴方には今のオカヤマでも得られない娯楽と快楽を与えましょう」
「……」
「確かにファルティスは御し易い魔王でしょう。しかし、彼女は非力で考えが甘く、多くの魔族の支持を得られていません。今後もオカヤマは大きくなりますが、彼女が魔王ではいずれ限界が来るでしょう。魔族たちが主に望んでいるのは実力。そしてブラウノメラにはそれがある。そこに小早川金吾の施策が加われば敵無しです。この世界で天下を狙うならば、強力な主が必要ですぞ」
ザルツフォンに一瞥すらせず、対魔連合の陣を見つめながら耳を傾ける金吾。彼は少し間を置くと……、
「お前の言う通りだろう。魔族たち全てを従わせるにはオカヤマで性を満たさせるだけでは不足だろう。圧倒的な力によってその攻撃性を完全に封じてこそ、完璧に管理出来る」
全て賛同した。ザルツフォンもこれには堪らず笑みを浮かべてしまう。
「ご覧あれ、金吾殿!」
そして、彼は駄目押しとばかりにオカヤマ勢本陣を指した。何と、そこでは既に戦が始まっていたのだ。隠していたブラウノメラ勢七百がオカヤマ勢の後方から奇襲を掛けたのである。
「奇襲部隊を率いるのは、ブラウノメラ勢一の武闘派ドルゴッゾ。オカヤマ勢も倍以上の魔族に奇襲を掛けられれば成す統べもありますまい。ファルティスもお仕舞いです。これで貴方も気兼ねなく我々に与することが出来るでしょう」
オカヤマ勢の窮地。それを前にしても金吾は顔色すら変えなかった。それは既に見捨てているからか? それとも……。
小早川金吾はただただその戦場を見つめ続けていた。
そう、あの時のように……。




