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30話 メルベッセの策略

 山頂の魔族勢と相対する平地の対魔連合。その総司令官であるバスタルド宰相メルベッセは、動きを見せない相手方を見て渋い面を晒していた。


「攻めてくる気配が全くないな」


 これまでの魔族といえば、人間を見れば否応なしに襲い掛かってくるものだった。たとえ二十万の大軍相手でも飛び掛ってしまうのが魔族の性のはず。メルベッセもそれを踏まえて策を練り、防備を整え待ち構えていた。それなら強大な魔族でも打ち破ることが出来るのだ。……しかし、それが起きない。あの本能の赴くまま生きる魔族が自制していた。


「これも勇者によるものか……」


 勇者の寝返りは彼が敵に回っただけではなく、魔族たちに知恵を与えより強大にさせてしまっていた。あの魔族たちが人間のような組織的な行動が出来るようになったのなら、脆い人間たちではもう太刀打ち出来ない。メルベッセの世界を支配するという壮大な野望は破綻する。彼は堪らず持っていた手杖を握り締めた。


「ここで勇者を……オカヤマを潰さなければ儂の計画は破綻する。何十年と掛けた至上の計画が……」


 ただ、この謀略家の策は一つだけではない。対魔連合参加国の一つルードリアン王国の将軍が新情報を携え寄ってきた。


「メルベッセ宰相、セルメイルが二万の兵を動員しているとの報告が入った」


「儂の耳にも届いている。今のセルメイルによくそれだけ集められたものだ」


「オカヤマへの援軍だろう。ここは軍勢の一部を割いてセルメイルの抑えに向かわせるべきかと」


「その必要はない」


「っ!? しかし、二万とはいえ我々の後方を突かれれば、オカヤマと挟撃される危険もある。無視は出来ない。我がルードリアン軍が担ってもいい」


「ならん! 今、最も重要なのは勇者だ。まだ微力なオカヤマをここで討たなければ、人間界は滅びるのだ。そのために僅かでも戦力を割くわけにはいかない」


 力強く説くメルベッセだったが、それでも将軍は納得出来ないでいた。当然だろう。挟撃は軍人なら誰もが懸念する事案なのだから。されど、この文官の考えは変わらない。


「安心しろ。セルメイルは攻めて来ん。そういうことになっている。……それに、そろそろもう一つの策が動き出す頃だ」


 老獪ろうかいな男はそうほくそ笑むだけだった。




 時は少し遡り二日前。オカヤマ勢がオカヤマを出立した頃、セルメイルでも出陣が行われようとしていた。対魔連合出陣の報をオカヤマに伝えたのはセルメイルであり、国王エルゼンは戦闘の方でもオカヤマを救おうとしていたのだ。出来る限りの兵を集め、自ら率いようとしている。


「お考え直し下さい」


 王城・国王の自室。侍従に鎧を付けさせているエルゼンに、老臣メルタニーが一命を懸けて諫言していた。だが、この勇猛な国王には通じず。


「魔族を有するオカヤマとて今度ばかりは難局だろう。今こそ、ブレネイでの恩を返す時だ」


「陛下の仰ることは分かります。されど、相手は二十万の大軍勢。それに攻め掛かるなど自殺行為です。しかも、陛下自らとは」


 エルゼンの言うことは尤もであったが、それに反対するメルタニーの言葉もまた尤もだった。自国の危機でもないのに貴重な兵力を投入し失えば、即、亡国に繋がる。


「ならば見捨てろと言うのか?」


「陛下にはセルメイルのことを第一に考えて頂きたいのです」


「お前たちが未だバスタルドとの講和を練っていることは知っている。だが、それはない」


「陛下、今一度お考え直しを。魔族でなく人間同士で手を結ぶことこそが生存の道なのです。バスタルドとの講和をお認め下さい」


「前にも言ったはずだ。我々は魔族を選んだ。つまり、オカヤマの滅亡は我々セルメイルの滅亡に繋がるのだ。……これ以上話すことはない」


 賢君は以前の話題を蒸し返す非生産的なことは好まず。強引に話を締めたエルゼンに、老臣は説得の言葉を失った。


 そして、苦渋の決断を下すことにした。彼は後ろに控えていた兵士たちに合図を送ると、侍従を拘束させ、部屋を制圧させる。国王に睨まれるも、老臣は粛々と応じた。


「陛下にはしばらくこの部屋でお過ごし頂きます」


「何を考えている?」


「マゼルバからの知らせによりますと、現在オカヤマは魔族はおらずがら空きだとのこと。集めた軍勢で強襲を掛ければ難なく陥とせることでしょう。さらわれた人々を解放することも出来ます。さすればこれまでの軋轢あつれきを不問とし、バスタルドは対等な和平を結ぶと……宰相メルベッセからの提案です」


「何と恥知らずな!」


 エルゼンは堪らず叫んでしまった。今更バスタルドの言を信じてしまうその判断があまりにも愚かに見えたのである。だが、メルタニーは違った。己の道を信じている。


「何と言われようとも、これがセルメイルのためでございます。人間同士が手を結び、強大な魔族に対抗する。それが我々の先祖が必死に繋いできた人間の生きる術なのです!」


「和平ではなく降伏だろう!」


「セルメイルのためでございます!」


「反逆の汚名を着てもか!?」


「セルメイルのためでございます!」


「それほど魔族を憎むか!?」


「セルメイルのためでございます!」


 若き王では老臣の頑なな心情を変えるのは不可能だった。いや、これはメルタニー個人の問題ではない。魔族への憎悪は長い歴史によって染み込んだ人間の性である。人はそう簡単には変われないのだ。


 オカヤマ征伐はセルメイルの命運をも決することになる。


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