3話 火炙り大名
金吾が目を覚ますとそこは小さな村だった。一望する限り辺鄙な人里のようで、家々もおんぼろの上、こじんまりとしたものばかり。村人らしい者たちも先の街の人間よりみすぼらしい格好をしている。どうやら、金吾は彼らに拾われたようだ。九死に一生を得たか。因みに、何故彼が村を一望出来るのかというと……、
「な、何だ、こりゃ……!?」
磔にされていたからだ。
場所は村の中心の広場。木の柱に縛りつけられた金吾の足元には藁と薪が積み上げられており、村人らが鋤や鍬を手に強面で見上げていた。そして、金吾が目覚めたことに気付く。
「魔族が目を覚ましたぞ!」
またまた出てきた聞き慣れぬ単語に、金吾は「魔族?」と首を傾げるばかり。片や、惚けるなとばかりに村人らは暴言を浴びせる。
「奇怪な姿をして、人に化けるのが下手くそな奴め!」
「俺たち人間を馬鹿にするなよ!」
「今までの恨み、今日こそ晴らしてやる!」
遂には連中、松明まで取り出した。その目的は勿論、藁に火を付けるため。
金吾は火炙りに処された。
「大名の俺が切腹どころか火炙りだと!?」
火が上がり、煙が彼を包んでいく。油も撒かれていたからか、勢いも凄まじい。
「ま、待て。せめて酒を……酒を一杯……」
金吾、力なく慈悲を請うも……、
「一体どこで盗んだんだ? この妙な剣は。全く、魔族ってのは忌々しい生き物だ。滅びかかっているくせによ」
村人らは無視して金吾から奪い取った大小の刀を見定めている始末。侮蔑の言葉と眼差しを浴びせる彼らに引け目は全くなかった。
「お前ら、情けすらないのかぁ……」
こうして、金吾は燃え盛る炎の中に消えていくのだった……。
それから凡そ二時間。激しい炎で磔の柱がついに崩れ落ちると……金吾はやっと解放された。
……そう、彼は生きていたのである。着物は完全に灰となったが、身体は大丈夫、異常なし。綺麗な肌色をしていた。とはいえ、衰弱状態なのは変わりない。金吾は残りの力を振り絞ってフラフラと歩き始めた。
「日ノ本だって行き倒れの南蛮人には手を差し伸べたのに……。ここの人間は畜生過ぎる……。本当に地獄以下だ」
ただ、他にも可笑しなことがある。何故か、その畜生過ぎる村人たちがいなくなっていたのだ。金吾自身は激しい炎と煙に包まれていたため、視界は完全に塞がれていた。処刑を途中で放ったらかしにするとは異様である。
いや、村全体が異様になっていた。村中で煙が上がり、火が上がり、そして悲鳴が上がっている。その度に破壊音が鳴り響いていた。正に戦の様相。
そう、戦だ。現在、この村は襲われていた。処刑中に襲撃を受けたのだろう。
「来るな、来るなぁ!」
また聞こえてくる悲鳴。金吾がその方向を見てみれば、血塗れの男が大量の荷物を背負って必死に逃げていた。金吾の刀を奪ったあの村人だ。だが……、
「ぎゃあああああああああ!」
その身体が一瞬で四散した。文字通り四つに散ったのである。
それを成したのは欲望に塗れた獣たち。
ある獣は裂けた口と牙を持ち、ある獣は馬のように首が長く、またある獣は熊より鋭い爪を有している。人間のような二足もいれば、犬のような四足もおり、或いは虫のような多足や蛇のような無足もいた。その姿は多種多様だが、どれも人より巨大で、肉食獣のような攻撃的な風貌をしている。
魔族だ。
そんな彼らが徹底的に快楽を貪っていたのだ。人を踏み潰しては家畜を食い荒らし、酒を樽ごと飲み干しては戯れで家を破壊する。人間ではとても太刀打ち出来ない怪物。正に、地獄以下と呼ぶに相応しい光景である。……ただ、金吾はそれを目の前で見せつけられても全く興味を示さなかった。足元に転がってきた己の刀の大小を拾うと、惨劇を無視して再び歩き出す。
奇怪の連続で、この現実を受け入れられないでいるのか? 否、彼は今とてつもなく苦しんでおり、それどころではなかったのだ。それは……、
「さ、さけ……」
やはり酒。この世界に来てまだ一滴も飲めていない酒が、彼から正気を奪っていた。二十一歳で酒毒になるほどの酒豪である。その苦しみは計り知れない。
虐殺の中をフラフラと歩む姿は、この地獄以下を彷徨う亡霊の如し。主がいなくなった民家に入っていき、そこで空瓶を覗いては落胆し、空樽を覗いては落胆しを繰り返した。
「さけ、さけ……」
虐殺の余波で家の壁が崩壊しても構わず。というか、無視しているというより見えていない。酒が無いのが分かると、その穴を使って外へと出ていった。