29話 開戦、オカヤマ征伐
バスタルド率いる対魔連合が起こした『オカヤマ征伐』。それに対し、金吾は即座にオカヤマの総力をもって打って出ることを選んだ。
その出陣の日、オカヤマの街では大々的な出陣式が行われた。鎧を纏った軍奉行のラナを先頭に三百の魔族が城から街の大通りを進み、戦場へと赴いていく。それを人間住民たちが両脇から見送っていた。
整然と行進する魔族たち。二十万の大軍と戦おうというのに、誰もが自信に満ち溢れた顔をしていた。決して負けはしない。誰もが必勝を確信していたのだ。人間住民たちもその威風堂々ぶりに声援を送る。
「頑張れよ!」
「バスタルドなんぞ返り討ちにしてしまえ!」
「ガッシュテッド! 戦場でもその豪腕を見せてくれよ!」
世界中でここでしか見れない魔族の行列。その中にいるガッシュテッドもまた拳を挙げて彼らに応えていた。
一方、行列の出立地点であるオカヤマ城正門では、この世界の西洋風鎧に陣羽織を羽織った金吾がその赫々《かくかく》たる光景に感嘆を覚えていた。
「見事な行進だ。ラナはよくやってくれた」
彼女は見事に務めを果たしてくれたようだ。尤も、見送りに来ていたティエリアはその言葉が気に食わず顔を顰めている。そして、同じく見送りに来ていたマゼルバもだ。
「金吾殿、まさか全ての魔族を出陣させるとは思いませんでした」
「この戦はオカヤマの命運を決めるものになるだろう」
「宜しいのか? 本当にここをがら空きにして」
「お前たち人間が蜂起するとでも?」
金吾が率直にそう問うと彼は無言の同意を示す。あまりにも不躾だろう。だが、マゼルバはどうしてもその無用心の理由を知りたかったのだ。すると金吾は……、
「ハハハ、何故そんな心配をしなければならない。俺はお前たちを護るために出陣するのだぞ」
それを笑い飛ばしてしまった。その笑みは彼の本心から出た本物の笑み。それを見せられれば、マゼルバも、そしてティエリアすらも真摯に受け止めざるを得なかった。彼への疑念は霧散し、マゼルバは敬礼をもって謝罪する。
更に、ティエリアもこう請うてしまった。
「金吾、私にも何か出来ることはない?」
「いや」
「私も何か手伝いたい。ここでただ待っているなんて耐えられない。私もこの街が好きなの」
彼女のその助けたいという気持ちは純粋なものである。金吾もそれを分かっているから、同じく純粋な気持ちでこう答えた。
「なら、祈っていてくれ」
そして彼の出立の番が訪れる。金吾は腰に酒瓶を括り付けると、傍にいたファルティスと共に馬に乗った。
「ティエリア、留守を頼んだぞ」
「ご武運を……。旦那様」
旦那様――。彼女は自然とそう口にしてしまった。
人間の王女もまた本気で魔族の勝利を願うのであった。
人間や他の魔族たちが長年興味を示さなかった荒れ果てた山岳地帯のオカヤマ領だが、戦場となれば一転、防衛側が有利な魅力的な地形となる。金吾・ファルティスが率いるオカヤマ軍は山頂に陣を張り、対魔連合の来襲を待った。
「布陣完了しました」
前線指揮官のラナがそう報告すると、床几に腰掛けていた金吾は魔族たちの迅速な立ち回りぶりに満足そうに頷く。
「いい動きだ。よく仕込んだようだな」
「お陰で苦労しましたけどね」
「お前を抜擢して正解だったな」
「と、当然です」
ラナは頬を赤くして胸を張った。軍事で褒められたことが新米軍人として素直に嬉しいのだ。但し、歴戦の金吾からしたら完璧とは言い難い。
「ただ、配置に修正を加えたい。ガッシュテッド隊は後方に回せ」
「え? 後方!? 好戦家のガッシュテッドは最前線がいいんじゃ……」
「構わん。……それでお前自身はどうなんだ?」
「何が?」
「故国を相手に槍を振るえるのか?」
土壇場に置いて改めて放たれた問いに、彼女は少し考えた。そしてハッキリと答える。
「私にも意地と面子がある。一度吐いた言葉は決して覆さない」
それはまるで日ノ本の武士のような直向さだった。ならば金吾ももう問うまい。
「ラナ、持ち場に戻れ。来たぞ」
そしてそれは現れた。眼前に広がるは、バスタルド軍を主軸とした総勢二十万の大軍勢。平野を覆い尽くすその光景は圧巻の一言である。虚弱な人間には劣らないと自負する魔族たちも、これには息を呑まざるを得なかった。これほどの大軍と戦ったことのある者など誰一人いなかったのである。……金吾を除いて。
「明国の大軍勢を思い出すな」
一切の怯みを見せない彼に、知恵者ルドラーンが進言する。
「ブレネイでの戦勝は奇襲の上、相手が対魔族戦を想定していなかったことが大きい。いくら魔族の方が優れているとはいえ、この数で装備を整えた大軍を相手にするのは難儀だ」
「だが、勝機は来た」
金吾は隣の山の頂を見て答えた。そこに着陣しているのは盟友ブラウノメラ勢。約束通り、彼らも助勢に来てくれたのだ。同盟を推進していたファルティスが大喜びする中、金吾は関ヶ原の戦いを思い出す。松尾山に布陣した彼は、今のように東軍、西軍総勢二十万を見下ろしていた。
勇ましく立ち上がった金吾が叫ぶ。
「よいか、決してこちらからは仕掛けるな。敵がオカヤマへ攻め入るには、オカヤマ勢とブラウノメラ勢が陣取っている山間の隘路を進むしかない。そこに敵を誘い込めば、数の有利を生かさせず一方的に叩ける。持久戦になれば、身体が優れている我々魔族勢が有利だ。この狭く険しい地においては二十万の軍勢など物ともしない!」
そして……、
「我らが魔王は当代随一であり、我々オカヤマ軍は天下無双である! 地獄の牙をもって人間どもを迎えようぞ!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
金吾の宣言が魔族の雄叫びを誘い、巨大な山を轟かせた。それは平地の人間たちの耳にも届き、その足を重くさせたことだろう。
気後れしていた配下たちに活は入れた。ここまでは金吾の思惑通り。ただ、一つ懸念がある。
「気掛かりはブラウノメラ勢が早まった真似をしてしまうことだ。連中が我慢出来ず自ら平地に降りたら敗北は免れん。それを押し留めるためにも、俺は向こうの陣へ赴く。ここは任せるぞ」
「承知した」
ルドラーンもすっかり文明に染まったようで、人間のように軍礼をもって応えた。一方、全く役目を与えられていないのが一人。
「あのー、私は……?」
金吾の隣でちょこんと座っていたファルティスが自分を指しながら訊いた。オカヤマ勢の大将でありながら、ずっと放りっ放しにされている。まるでただの置き物だ。そして金吾自身それを望んでいた。
「お前はどっしりと構えていればいい」
「え、でも……」
「それが大将の仕事だ。ただ、気を付けろよ。お前がいてのオカヤマだ」
「うん……」
「では、行ってくる」
「金吾!」
「ん?」
「……早く戻ってきてね」
「ああ」
天下の裏切り者は、穏やかな笑みをもってそう約束した。




