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28話 魔王の本音

 その後、金吾とファルティスは一息つくべく、この辺りで一番高い建物の屋根に登った。むねに腰掛け、居酒屋で買った赤ワインを飲む。そして、魔界一の夜景を眺めた。


「綺麗……。魔界とは思えない」


 嘆じるファルティス。夜目が利く魔族たちは基本明かりを必要としていなかったため、魔界の夜は暗黒が当たり前だった。しかし、これらを目にすれば彼女らも考えを改めたことだろう。


「これが文明の灯りだ。いいものだろう?」


「うん」


 金吾の言葉に、ファルティスは無垢な笑顔で頷いた。純粋な可愛いさを感じさせる。ただ、前々から言っているが、それが必ずしも良いというわけではない。


「ただ、それにしてもお前は問題だな」


「え? 何が?」


「魔王がこう可愛い女子だと威厳も何もありゃしない。またさっきみたいに馬鹿に絡まれるかもしれないしな」


 言われなければ彼女が魔王など誰が信じるだろうか。いや、それどころか先の連中は言われても信じていないようだった。人間は物事を見た目で判断することが多い。実際、金吾の養父、太閤秀吉は威厳を出すために付け髭を付けていた。外見は重要なのである。……のだが、


「……可愛い?」


 ファルティスがそう訊き返し……、


「ああ、可愛いな。残念ながら」


 金吾がそう答えると……、


「へへ、ごめんね。可愛くて」


 乙女は更に可愛く笑ってしまった。嬉しそうに笑みを浮かべ、隣の彼の肩にもたれ甘えてくる。もしかしたら、これが彼女の『性』なのかもしれない。ならば仕方がないか。金吾も呆れながらそれを受け入れるしかなかった。


 ただ、一方で何やら悪くないとも感じてしまった。彼自身、初めて感じる心地良さである。……否、日ノ本でも味わっている。


「今、ふと昔を思い出した」


「どんな?」


「幼児の頃に義母のねね様に抱かれた時のことをな。優しい方で、俺のことをよく気に掛けて下さった。……とても愛して下さったよ」


「アイ? 今言った可愛いということ?」


「それとは少し違うな。知らないか?」


「うん」


 素直に頷く魔族。成る程、確かに『愛』は人間が生み出した言葉かもしれない。けれど、人間以外にも理解は出来るはずだ。


「でも、何となく分かる気がする。私も金吾とこうしていると、何だか心地良くなるもの。これが愛なのかな?」


「そうかもな」


 金吾はそれに同意するように、彼女の肩に手を回し抱き寄せた。天下の裏切り者の彼にも愛情はあったのだ。


「愛などすっかり忘れていたよ。ありこちで恨まれていたからな」


「そういえば、前もそんなこと言ってたよね。治部じぶ(石田三成)という人を裏切ったんだっけ? どうして?」


「必要なことだったからだ。何か大きなことを成すには、時には恨まれることもしなければならない」


「確かに……。オカヤマがここまで発展したのも、金吾が魔族の反対を押し切ったからよね。ううん、人間たちからも恐れられながら……。そして、結果を残してやっと認められるようになった」


 そして、少女は隠していた想いを明かす。


「この四百年、ずっと頑張ってきたの。魔族を滅ぼさないために必死に努力してきた。でも皆、私の言葉なんか聞いてくれなくて。常に他の魔王の脅威に晒されていて……。私じゃ何も成せなかった。……そして、怖かった。孤独で、寂しくて、心細かった。……誰かに……助けて欲しかった」


 彼女が口にしたのは弱音だった。


「そこに貴方が現れてくれた。私が四百年掛けても成せなかったことを僅か数ヶ月でここまで纏め上げてくれた。人間と魔族の共存国家、嘘のようなそれが今現実に存在する。ここまで来れたのは貴方のお陰……。でも」


 口篭くちごもるファルティス。しかし、問わなければならない。金吾と本当に相通あいつうずるためにも。彼女は意を決すると、前々から抱えていた疑問をゆっくりと口にする。


「……金吾は自分で天下を取りたくないの?」


「……」


「金吾が娯楽を望んでいるのは分かった。なら、力で天下を手に入れてから好きなだけ望めばいいじゃない。勇者である貴方ならそれも出来る。私も貴方が王なら付き従ってもいい」


 その発言には金吾も驚いた。


「お前は平和主義だろう?」


「けれど、どうしても戦いが避けられないのも分かっている。それなら短期間で一気に武力で天下を収めるのも、被害を少なくする一つの方法だと思う。他の魔王たちと違って相手を滅ぼすことに拘らない貴方なら、私も受け入れられる」


「それは本心か?」


 違う。


「……本当は自信がないの。私は弱い。王として相応しくない。先代のような誰もがおそれる偉大な魔王にはなれない。……どうして自分ではなく私をたてまつることに拘るの? 何故、私に手を差し伸べたの!?」


 魔王として皆を治める自信がなかったのだ。金吾の助けがあると言っても、これら全ては君主次第。人魔共存という壮大な計画を担う器量を持ち合わせていないと、彼女は自覚していた。


 だが、彼の考えは違った。


「お前が弱いわけがない。この四百年間、ずっと勢力を保ち続けてきたんだぞ」


「でも!」


「お前に手を差し伸べた理由……。それは健気けなげなお前を見て放っておけなかったんだ」


「金吾……」


「ちっぽけな理由に思えるだろう。けれど本当だ。それが俺にとってとてつもなく大きかったんだ。今の俺にはそれが生き甲斐だ」


 それは彼が初めて見せた弱さでもあった。


「金吾にも……悩みがあるの?」


「心残りがな」


 だから、それ以上は口にしなかった。寂しそうな笑みを浮かべるだけの彼を見て、ファルティスもこれ以上は問えず。代わりに慰めるようにその肩に頭を預けた。


「私、魔王頑張るね」


 その言葉は滅びゆく魔族のためでもなく、非力な自分のためでもない。自分を支えてくれる金吾のためのもの。純真から放たれたそれは、日ノ本の争いに身を置いてきた彼に更なる心地良さを与えるのだった。


 そして金吾もまた約する。己の中に封じた心残りを消し去るためにも。


「ああ、俺がお前を本物の魔王にしてやる」


 互いが互いに尽くすことを誓い、二人は杯を交わす。相通じた心地良さの中で味わうその酒は、極上の一杯であった。


 ……。


 ……。


 ……。


 しかし、その余韻に浸る間もなく急報が入ってくる。音を立てずに現れたルドラーンがこう告げた。


「捜したぞ。バスタルドが大軍を発したとのことだ。標的はここ」


「数は?」


「総勢二十万」


「……オカヤマの命運を決する戦になるな」


 遂に訪れる決戦の時。人間と魔族の共存というこの世界のイレギュラーを潰すべく、人種主義者たちが牙を剥く。だが、金吾も黙ってこれらを手放すつもりはない。


 小早川金吾は眼前のオカヤマと手中のファルティスを護るため、再び天下分け目の大戦おおいくさに挑むのだ。


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