26話 繁華街の娼婦
眠らぬ街オカヤマ。既に夜更けだというのに、歓楽街の賑わいは冷めることを知らない。金吾とファルティスは人間と魔族が混在するその街中を歩いていた。
「凄い人が増えたよね。まるで人間界にいるみたい」
「ああ、随分賑やかになったな。昔もよく悪友と共に京の街を練り歩いたものだ」
金吾は上機嫌に辺りを見回しながらファルティスに同意した。建築物は新築と五百年前のものを修繕したものが混在しており、決して美しい街並みとは言えなかったが、人の活気が街を生き生きとさせている。
例えば、ある食堂の窓の中を覗けば巨漢の魔族が次々と出てくる料理を貪っていたり、またある賭博店では人間にカード勝負を挑んだ魔族が苦悶の表情を晒していたりしている。更にある娼館には人間の貴婦人が男娼の魔族を目当てにウキウキと入っていっていた。人間も魔族もその恩恵を受けているのだ。
そして金吾たちもそれに肖る。とある露店から漂う焼ける肉の匂いが彼を引き寄せたのだ。店を覗いてみれば、店主が団扇片手に串焼きを焼いている。
「いい匂いだな。何の肉だ?」
「へい、バモーでさ」
「ばもー?」
「魔界に生息している猪に似た魔獣でさ。人間界じゃ決してありつけない、世界中でここだけの美味でさ」
「ほう、面白い。二本もらおうか」
早速、異種間カップルは分け合って歩きながら齧り付いた。
「う~ん、美味しい」
彼女はご満悦。
「このタレがまた甘くて美味い。気に入った」
彼氏はご堪能。
「これもオカヤマがなければ食べられなかったものだね、金吾」
「魔界特有の料理というのは俺も想定していなかった。嬉しい誤算だな。オカヤマの名物になるんじゃないか?」
すると、前方から何やら騒がしい声が。金吾らが見に行ってみれば、どうやら喧嘩のよう。そんなもの、どこの世界の繁華街でも珍しくも何ともないが、このオカヤマに限っては警戒が必要だった。何せ、睨み合っていたのは体長三メートルを超える魔族同士だったのだから。
「テメェ! ふざけんなよ! 俺が先だって言ってんだろうが!」
「馬鹿が! どう考えても俺が先だろうがよ!」
駱駝面の魔族が吼え、団子虫面の魔族が言い返す。ただの言い争いでも魔族がやれば迫力満点だ。しかし、放っておくわけにはいかない。周りの人間たちが恐々と距離を置く中、金吾は慌てて仲裁に入った。折角ここまで育てた街である。暴れられて壊されでもしたら堪ったものではない。
「何やってるんだ、お前ら! 喧嘩はご法度だぞ!? 何が原因だ?」
一方、魔族の方も彼の登場は歓迎のよう。
「金吾! 丁度いい、聞いてくれ。女だよ。俺が先にこの女を買ったのに、コイツが後から奪おうとしたんだ!」
早速、駱駝面が店の前に立っている着飾った若い女を指しながら訴えた。
「違う! 俺が先だ。昨日あの女を買って、その時『また来るからな』って約束を取り付けたんだ。つまり、俺が先約なんだ」
続けて、団子虫面が反論。因みに女が立っている店は娼館で、つまり娼婦を巡っての対立だった。一応、娼婦に事情を訊いてみるも……、
「まぁ、そういうことも言ってたかもね。わたしゃ、金さえ払ってくれればどっちでも構わないよ」
と、適当な返事を返されるだけ。
「それじゃ、今回はどちらかに我慢してもらうというのは?」
見かねたファルティスのその提案も……、
「「どっちが!!!?」」
そう強面魔族二人同時に凄まれれば、彼女も「うぅ~」と金吾の後ろに隠れざるを得なかった。魔王の威厳もありゃしない。
いや……、
「いや、魔王の言う通りだ。この際、二人とも引き下がれ」
金吾は賛成した。彼女の威厳を護るかの如く、その案を押し付ける。勿論、二人とも抗弁しようとしたが、彼はそれすら遮って言葉を続けた。
「お前ら、こんな女一人に振り回されて情けなく思わないのか?」
「「ムムム……」」
確かに、と魔族たちは考え直す。ついこの間まで脆弱な生き物と見下していた人間……しかも女一人に振り回されるのは面白くなかった。それを理由に魔族同士で争うのも沽券に関わる。人間との共存を受け入れたからと言って諂うつもりはない。
「この街はどんどん大きくなっている。今では、ここにいる魔族全てより娼婦の方が多いだろう。これを機に、自分に合ったもっといい女を探してみろ」
「「尤もだ」」
こうして意気投合した魔族二人は、肩を組みながら仲良く娼館通りへと消えていったのだった。それを見送った金吾は安堵の溜め息を吐き、ファルティスは大きな胸を撫で下ろす。穏便に済んで何より。これにて一件落着。………………とはいかず。
「ちょっと、アンタ! どうしてくれるのよ! 客が逃げちゃったじゃない!」
金吾に食って掛かったのは、あの娼婦。魔族を凌ぐ威圧感に、彼も一瞬たじろいでしまう。
「な、何と生意気な女だ。そもそも貴様がハッキリしない態度なのが原因だろう!」
「客を選ばず、人間だろうが魔族だろうが差別せず受け入れている私が悪いって言うのかい!?」
「う」
「人間界じゃ大した金にならないから、こっちは命懸けてこの街に来てんだよ。田舎には両親兄弟の八人が腹を空かせてるってのにさ。下の弟はまだ六歳だよ。どうしてくれるのさ!」
「う」
「アンタも今言ったろう。今じゃ娼婦が増え過ぎて客の奪い合いなんだよ。アンタのせいで家族が飢え死にしたらどう責任取るんだい! ああ!?」
そう娼婦に凄まれれば、彼も「うぅ~」とファルティスの後ろに隠れざるを得なかった。勇者の威厳もありゃしない。
「ったく、こうなったら代わりにアンタが買ってよね」
遂には金吾の手を引っ張り娼館に連れ込もうとした。ただ、それはもう一人の女を慌てさせることになる。
「だ、駄目だって!」
ファルティスも金吾のもう片方の手を掴むと、女たちの引っ張り合いが始まった。互いの矜持が引くことを許さず、引っ張り、引っ張られ、金吾も文字通りの右往左往。いつも一歩引いていたファルティスも今回ばかりは引き下がれない。魔族の姫は奥の手を使う。
「グルルルルルルルルルルルルルルルルルル!」
彼女が放った唸り声は獣そのもの。これには流石の肝っ玉娼婦も怯み、その隙に二人はまんまと逃げ果すのであった。
「酷い目に遭った」
娼婦が見えなくなると、金吾は歩みを緩めた。客引きの酷さは日ノ本でも見ているが、己に降り掛かったのは初めてである。娼婦が必死なのはどこの世界でも同じだ。
「まぁ、人が増えている証拠だな。ここはまだまだ大きくなるぞ」
施政者としては喜ぶべきことか。




