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22話 セルメイル公館の晩餐

 その夜、金吾とティエリアはマゼルバの晩餐会に赴いた。セルメイルの在オカヤマ公館の食堂にて、セルメイル料理を堪能する。それは、金吾がこの世界に来て最も豪華な食事だった。


「これは良い。特にこのソーセージというのは美味い上に面白い。動物の腸を利用するとはよく考えたものだ。肉料理が流行らなかった日ノ本では、決して口に出来なかっただろうな」


 以前の黒パンとは比べ物にならない美味っぷりに、金吾は堪らず舌鼓したづつみをしてしまった。隣のティエリアも久しぶりの故郷の料理に満足しているよう。


「ウチの宮廷料理は最高でしょう?」


「ああ、パンも白いのに限るな。ただ……」


 ただ、彼には不満もあった。それは食器……ナイフとフォークだ。その使い方には苦労しているようで、実にぎこちない。王女様もマナーすら身に付いていない者と同じ食卓を囲んだのは初めてだったので驚いてしまっている。


「貴方、食器も使えないの? 一応、日ノ本の良いところの出なんでしょう?」


「日ノ本にはこんなものは無い」


「無いって、じゃあ手掴み!? パンに限らず全部!?」


 また驚いてしまった。勇者の故郷が非文明的だったと。しかし、当然違う。金吾も前回の食事に関する思い込みを反省し、今回は予め気を回しておいた。


「いや、これだ」


 彼が取り出したのは二本の木の棒……手製の箸だ。ティエリアは初見のようで、訝しげに見ている。そして、それでソーセージを掴んでみせれば、彼女は「え!? 器用……」と、またまた驚いてしまった。


 更に、芋の炒め物を箸で挟んで切ると、ティエリアは幼女のように「はぇ~」と声まで漏らしてしまった。


「この世界には箸は無いのか?」


「私も全ての国のことを知っているわけではありませんが、聞いたことはありませんね。実に面白い文化だ」


 金吾の問いにマゼルバも感心しながら答えた。すると、今度はティエリアが質問。


「でも、スープはどうするの? スプーンが無いと飲めないでしょう?」


「椀を手に取って口に運ぶ」


「椀?」


「日ノ本の汁物はこちらのような平皿ではなく、手に持ち易い半球形の皿なんだ」


「でも、皿を口まで運ぶなんて品が悪くない?」


「こちらの皿でそれをするのは画にならないだろうが、椀は元々そのための形だからな。今度、日ノ本風の食器を作らせてみるか」


「へ~、ちょっと興味ある。私も見てみたい」


 金吾の故郷の文化を素直に受け入れるティエリア。ここに来た頃なら、軽蔑なり嫌悪感なりを示していただろうに。


 更に、その後の食後酒を嗜む時も……、


「なかなかの甘さだ。いいじゃないか、白ワインというのは」


「でしょう? 私も好きなのよね」


 という感じで、彼女の金吾に対するしがらみはすっかりなくなっていた。それがマゼルバには嬉しかった。


「王女もこちらでの生活に慣れたようで何よりです。本国の陛下も喜んでおられるようですよ」


「まぁね。いつまでも不貞腐ふてくされているわけにはいかないし。この街も大きくなってきたから、色々楽しめるしね」


「昼間はルオン座に赴かれたとか。あそこの劇の評判はセルメイル本国にも伝わっているようで、平民は勿論、中には貴族もここへの来訪を検討しているとか」


「朗報じゃない。オカヤマ支持がセルメイルにも浸透しているのね」


「オカヤマとセルメイルの行き来が自由なため、情報が広まり易いのでしょう。往来の自由に関して、金吾殿には感謝しております」


「人の出入りは身体中を巡る血液のようなもの。それを止めれば、忽ち病気になってしまうだろう」


 日ノ本の中心地、京で育った金吾は人や物の往来がどれほど重要なのか理解していた。それに、まだまだ足りていないことも。


「しかし、このオカヤマには不足しているものが多い。特に娯楽を増やしたいのだが、俺はこちらの世界の娯楽には不案内なので、マゼルバ殿らの協力を仰ぎたいと思っている」


「金吾、貴方って本当遊び人なのね」


 ティエリア、つい呆れてしまう。ただ、それは間違った呆れでもある。金吾は心の内を明かす。


「俺はファルティスを先代魔王の後継者、全ての魔族を支配する本物の魔王にするつもりだ」


「っ!」


「ただ、オカヤマは着々と魔族を増やしているも、正直圧倒的に足りていない。今ある娯楽の量では、全ての魔族たちを満足させることが出来ないのだ。魔族の性を満たす術を増やせるかどうかが、オカヤマの未来を決することになるだろう」


 それは彼が初めて他人に明かした壮大な計画だった。ティエリアもマゼルバもその途方もなさに驚きを隠せない。けれど、マゼルバは自然とこう答えてしまった。


「そういうことなら、我々も協力を惜しみません。全ての魔族がオカヤマの支配下になるのは、人間側にとっても考え得る最善のことでしょう」


 普通なら夢物語と吐き捨てるだろう。だが、それでもこの小早川金吾という男なら本当にやりかねないと彼は思ったのだ。


「いずれはセルメイル王にも訪問して頂こうと思っている」


 最後にそう締めた金吾を見て、マゼルバは己の主の判断に狂いはなかったと確信するのだった。




 在オカヤマ公館からの帰路に就く金吾らの馬車。その車窓から見えるのは、人間界の都会とそう変わらない風景だ。ティエリアもその発展ぶりに感心してしまう。


「本当、随分立派になったよね、オカヤマ。ついこの間までは廃墟そのものだったのに」


 何も知らない人間にこの光景を見せれば、ここが魔界だとは信じてもらえないだろう。時折、街を散策している魔族の巨体が過ぎるも、今では気にも留めない。


「こんな世界を作って、金吾って本当凄い……」


 次いで、彼女は何気なく金吾を見た。……ら、その金吾の方は無表情でティエリアを凝視していた。彼女もつい驚いてしまう。


「な、何……?」


「いや、すっかり棘が無くなったなーってな」


「え? あ、いや……うるさい。一応、国作りの手腕は感心してるんだから。でも、それ以外は全然ダメダメ。身勝手で自由気まま。常識が通じず、何でも自分の思いのままにしたがる。正に暴君よ。今後どんなに功績を挙げても、貴方のことを全て認めることは絶対ない!」


「けれど、一緒にいるのはもう嫌ではない?」


「っ……。ただ、その……この間のセルメイル救援のことは感謝してる」


 頬が紅くなった顔を背けるティエリア。……それでも、改めてその顔を見せるとハッキリとこう言った。


「私の国を救ってくれて……ありがとう」


 ずっと言いたかったあの時の礼。金吾がそれを笑みで受け止めてくれると、ティエリアの身体も優しく引いて受け止めてくれた。


 次いで彼女の顎を支え、ゆっくりとその唇に顔を近づけてくる。ティエリアも目を閉じ、それを待った。今回は彼女の方も望んでいる。


 そして……、


 目が合った。


 ……。


 ……。


 ……。


「……?」


 口づけを待っていたティエリアだったが、その際金吾がこちらに視線を合わせていないことに気付いた。というより、彼女の後ろを凝視していた。何事かとティエリアも振り向いてみれば、車窓の外にいたのは……ファルティス!


 何と、いつの間にか走る馬車にしがみ付いていたのだ。無表情であったが、それ故恐ろしい。そして、その無表情のまま拳で車窓をぶち割ってくる!


「「う、うわああああああああああああああああああ!」」


 あまりの恐怖で一緒に悲鳴を上げてしまった金吾とティエリア。


 後に彼はこう語った。


 俺の主は間違いなくこの世で最も恐しい魔族である、と――。


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