20話 魔族の仕官
しかし、人間とは面白い。恐怖を忘れられずとも、欲望がそれを凌いでしまうこともあるのだから。
人間との共存が始まって早三ヵ月。オカヤマは見違えるような繁栄を迎えていた。嘗ての廃墟の街並みは既になく、立派な建物が建ち並び、ところどころで人で溢れている。その理由は勿論、金鉱山の開鉱だ。
人力では採掘不可能だった箇所が魔族の力によって可能になり、埋もれていた金が次々と産出される。すると、仕事を求めて世界中から労働者がやってきて、更にその者たち相手に商売をするため商人たちもやってくる。そして、その人間たちを目当てに魔族もやってきた。
世は正にゴールドラッシュである。
そして、この日もファルティスに与したいという魔族たちがやってきていた。
オカヤマの魔界側の入り口である魔界口。そこの関所にて、五人の野良魔族が仕官審査を待っていた。その多くが猛々しく典型的な魔族であったが、その中で一人だけ物静かな男がいる。名はザルツフォン。魔族にしては非常に小柄で、約一四〇センチのカワウソを髣髴とさせる可愛らしい姿の魔族である。
その後、しばらくして彼らの前に審査役が現れた。ルドラーンである。
「俺はルドラーン。オカヤマの魔族統括を任せられている魔族奉行だ。俺がお前たちを我が魔王の配下に加えるかを決める」
「ならば、とっとと俺の実力を見せてやる。誰を相手にすればいいんだ?」
岩石の塊のような魔族がそう意気がった。しかし、ルドラーンが求めているものは違う。
「実力は問わん。我々が望むのはただ一つ。法を護れるかどうかだ」
「法ぅ?」
「オカヤマは魔界初の国家であり、国家は法によって営まれる。故に、法の遵守は絶対だ。犯せば厳罰を与える」
「馬鹿馬鹿しい! 魔族の価値は力であり、魔界は力によって統治されるべきだ」
「同意出来ないのなら、我々の下に迎え入れることは出来ない。お帰り願おう」
「ああ、こっちからお断りだ! こんな情けない魔王に付いていけるか!」
そして、岩石魔族は早々と見切りをつけた。尤も、これはいつものことである。ルドラーンはもう一度希望者に忠告する。
「法は厳守だ。それが護れなければ極刑もあり得る。勿論、魔族が我慢出来ない生き物だということは知っている。もし自信のない者は今のうちに去ることをお勧めしよう」
仕官してから揉め事が起きるより互いのためである。すると、蜥蜴面の魔族が質問する。
「一先ず、その法の内容を聞かせてもらおうか」
「法は決め細やかに定められている。だから、今は極刑に当たるであろう三つの重要な法だけ教えておこう。一つ、魔王ファルティスに忠誠を誓うこと。一つ、魔王の代行者小早川金吾に忠誠を誓うこと。一つ、国内の人間を殺してはならないこと」
「人間を殺すなとは?」
「言葉通りだ。オカヤマは魔族と人間が共存する国。その共存政策を脅かす行為は許されない。勿論、傷つけることも駄目だ」
「ん? 共存だと? ここの人間どもは魔族に支配されているのではないのか? 家畜ではないのか?」
「違う。対等な存在だ。ここの人間たちは望んでこの国にいるし、気に入らなければ自由に去れる。今のお前たちと同じ選択を選べるのだ」
「では、食人は? 俺は魔界にいても人間を自由に食えると思ってここに来たんだ」
「魔族たちがオカヤマに加わりたい理由の最もなものだな。率直に答えると、食えはするが誰でもというわけではない。例えば、人間の罪人に対する刑の中に魔族に食われるというものがある」
「それはどれくらいあるんだ?」
「人間に対する死刑はほぼそれだが、それでも月に数人というところだろう」
「それでは全然食えんではないか!」
「ああ、だからどうしても人間を食いたい者は、腹が減ったときだけ人間界に出ている。我々はそれを『出稼ぎ』ならぬ『出食い』と呼んでいる。但し、我が国と盟を結んでいるセルメイル王国に対しては、それも禁止だ」
「では、オカヤマにいる意味がない! 無駄足だった。失礼する!」
そして、この蜥蜴魔族も辞退していった。『オカヤマでは魔族が人間を飼っている』。これは魔界に広まっている有名な誤解の一つである。
次いで、胴の長い尺取虫魔族が問うも……、
「その政策で魔界最弱のファルティスが天下を取れるのか?」
「分からん。今まで誰も試したことがないからな。今のところ順調ではある」
「……俺は従えんな」
彼も断った。元々いた魔族たちでさえ、その政策を受け入れるのに時間が掛かったのである。当然の反応だった。
このように仕官志望者は常に多くいるも、その規律を受け入れられる者はほとんどいなかった。
その上、中にはこのような者もいる。
「小早川金吾という奴、人間だと聞くが本当か?」
今回の魔族たちの中で最も巨大で禍々しい蟹の姿をした男が問うた。
「事実だ」
「フフ……。それでは人間との共存ではなく人間の家畜ではないか。噂通りだったとはな、魔族が人間に従っているとは……。何と情けない」
魔界の常識で照らし合わせれば、そう言われても仕方がないだろう。そして、続けてこうも口にする。
「そいつとファルティスを呼び出せ。二匹の首を取り、今日から俺がここの魔王になって……」
尤も、そう言い切る前に絶命してしまったのだが。ルドラーンの片手が長い刃に変化し、その額を貫いたのだ。主を倒し組織を乗っ取ろうというのもまた、食人に並びここに来る理由の一つだ。
「貴様では到底無理だ」
手に付いた血糊を払いながら、ルドラーンは死体となった魔族に言い放った。
次々と脱落していく志望者。遂に残ったのはザルツフォン一人だけ。
「お前はどうする?」
ルドラーンが問うと、彼は愛くるしい顔で少し考え……こう返事した。
「問題なしです」
オカヤマの話は聞いていたし、街というものがどういうものなのかも知っている。だが、それでもザルツフォンはその光景に驚きを隠せないでいた。
人間界のような街並みの中に、人間と魔族が混じり合って過ごしている。それでいて、悲鳴も上がらず血も流れないのだから、とても不気味に感じられた。辺りを見渡しながら歩くザルツフォンは、正にお上りさんである。
「このオカヤマには人間界の娯楽が多くある。そして、人間が娯楽にしているものは大抵魔族にも楽しめる。人間を殺していた者が、代わりに人間の娯楽でその性を満たすようになったのだ」
解説しているのは彼を案内するルドラーン。
「例えば、人間が作る食事は多種多様で飽きさせない。人間を食うより、人間に作らせた料理を食った方が満足する者も出てきた。他にも、人間を犯すことを性にした魔族も、ここでは人間と同意の上で交尾が出来る」
「人間が受け入れている?」
「ああ、魔族向けの娼館がある。人間の女からすると人間の男とするより魔族とした方が快楽が大きいそうで、意外と働き手も多い」
「それは意外です」
「ただ、これら娯楽を得るには金が掛かる」
「金? 貨幣というやつですか」
「ここの魔族たちには俸禄を与えられているが、それでも足りない者は就労に就いている。鉱山の採掘作業や街の普請労働など……。中には、仕事そのものに性を見出している者もいる」
「人間の社会構造を見事に受け入れている。それほど魅力的ですか?」
「魔族は性さえ満たせれば何でもする。人間文化は魔族たちに新しい性を見つけさせたのだ。面白いものを見せてやろう」
ルドラーンが連れて行ったのは街外れにある巨大な円形の建物。中に入れば、観客席にいるのは何百にも及ぶ人間たち。そして、その中央の広場には二人の魔族が力を競っていた。殴り合い、蹴っては絞めて、また殴り合う。
闘技場である。二人の魔族が戦う様子を人間たちが観戦しているのだ。巨体同士が激しくぶつかり合っている様は、人間同士の戦いにはない派手さがある。
やがて打撃戦の末、片方の魔族がノックダウン。審判の魔族がこう結審する。
「勝者、ガッシュテッドぉぉぉ!」
ガッシュテッドだ。粗暴で人間文化を疑っていた彼も、今ではたっぷり享受していたのである。
「うおおおおおお! 俺が最強だぁ!」
高らかに勝利をアピールする勝者に、観客たちは喝采を浴びせた。
「この中に俺に賭けなかった馬鹿野郎はいねぇだろうな!? 俺に賭け続ける限りお前らは億万長者だ!」
初めは心地が悪いと言っていた賞賛も、今では彼の性を満たす根源である。「ガッシュテッド! ガッシュテッド!」と名を呼ばれ続ける彼は法悦に浸っていた。
「人間が魔族を讃える……。何と……何と言えばいいのか……」
これまでの摂理を引っ繰り返す光景に、ザルツフォンも言葉を失ってしまった。だから、代わりに問いを投げ掛ける。
「この国では人間は魔族を恐れないのですか?」
「いや、恐れはまだあるだろう。実際、魔族による殺人事件も起きている。法があろうとも魔族を完全に管理出来るものではない。だが、人間たちも気付いたのだ。魔族ばかり恐れているが、人間もまた人間を殺すことを。何せ、これまでオカヤマで起きた殺人事件の比率は、魔族より人間によるものの方が多いからな」
正直なところ、共存とは名ばかりの可能性もあると考えていたザルツフォンであったが、この現実を前にしては今のところ成功と認めざるを得なかった。
人間と魔族を繋いだのは、勇者と魔王の二人。これは魔界だけではなく、天下をも変えてしまう変革の始まりかもしれない。
予定外ではあったが、ザルツフォンは堪らずこう請うてしまった。
「是非、小早川金吾に会わせて下さい」




