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2話 異世界召喚

「ぬおっ!?」


 そして目が覚めた。


 横になっていた金吾は、水面上に顔を出すかのように勢いよく上体を起こし、激しい息継ぎをする。小さい頃、風呂で溺れたことがあったが、あれを思い出させるような感覚だった。


 何度も深く呼吸をし、跳ねる心臓を落ち着かせる。しばらくして頭に酸素が回ってくると、周囲を見る余裕も生まれてきた。金吾はゆっくり見回し刑部ぎょうぶを捜す。


 だが、見当たらず。白い霧もすっかりなくなっていた。ただ、代わりに目に入ってきたのは、外套がいとうまとった多数の人間たち。しかも……、


南蛮人なんばんじん?」


 その風貌ふうぼうは肌の白い南蛮人に似ていた。それどころか、石壁で出来たこの部屋は岡山城でもない。日ノ本的な構造物ですらなかった。石壇せきだんに寝かされていた金吾も、自分が全く別の場所に移ったことに気付く。前と変わらぬのは己の格好だけだ。


「どこ……?」


 この解せない状況に、ただただ目を丸くする金吾。そんな彼の元に、やがて南蛮人の一人が寄ってきた。身なりが整った気品を感させる老人である。人種は言わずもがな、その格好も日ノ本のものとは違う。その男がこう挨拶してきた。


「よくぞ、このバスタルド帝国にお出で下さいました、勇者殿」


「?」


「私はアルバイヌ。このクライマール神殿の第二十二代大神官を務めております」


「?」


 南蛮人にしては流暢りゅうちょう過ぎる日本語。金吾も言っていることは分かる。……分かる。分かる。分かるのだが……意味が理解出来ない。一方、呆然としている金吾を他所に、アルバイヌは構わず続けた。


「貴方をお呼びしたのは他でもございません。再び魔族の脅威から我々人間をお救い頂きたいのです」


「……」


「今から四百年前、貴方様のお力により、この人間界から魔族を駆逐することが叶いました。お陰で、我々人間は尊い平和を享受きょうじゅすることが出来たのです。貴方様には感謝の念しかございません。……されど昨今、再び魔族が勢力を取り戻し始めたのです」


「……」


「平和を護るためには、その勢いが手に負えなくなる前に対処せねばならないでしょう。そのためには貴方様のお力は必要不可欠」


「……」


「魔族に対抗出来るのは勇者である貴方様しかおりません。どうか、四百年前のように再びこの世界を魔族の脅威からお救い下され」


「……」


「……」


「……」


「……勇者殿?」


 ここにきて、アルバイヌはやっと反応を示さない金吾に違和感を覚えた。試しに、老人がその顔を覗いてみると、一応彼の視線は付いてくる。そして、こう呟いてきた。


「刑部はどこだ?」


「ギョウブ?」


「刑部はどこだあああああああああ!」


 次いで吐かれたそれは、まるで絶叫だった。


「うわあああああああああああああああああああああああああああ!」


 更にアルバイヌも絶叫する。何故なら手を斬り落とされたから。


 前と変わらぬのが金吾の格好だけだったということは、つまり愛刀も手にしたままだということ。刀を手に立ち上がった彼は、地べたでのた打ち回るアルバイヌを見下ろしながら吐き捨てる。


「貴様ら、刑部の手の者だな!? 惑わせようとしても無駄だ!」


「ひ、ひいぃぃひいぃぃぃい……」


「刑部を出せ!」


 そして、その老人を一刀両断にした。


 予想だにしない惨劇さんげきに、その場は悲鳴が上がり、他の神官たちは我先にと出口に詰め掛ける。片や、金吾は見事な切れ味を見せてくれた波游兼光なみおよぎかねみつをうっとりと眺めていた。


「おお、いい切れ味だぞ、兼光。これほどの手応えは初めてだ。それに何だかいつもより身体が軽いぞ」


 次いで、その足は逃げ惑う神官たちの元へ……。


「さぁ、貴様ら。刑部を出さねば全員()で斬りだ」


 口にするのは死の宣告。武器を持たない相手でも金吾は容赦しなかった。


 希望で溢れていた神官たちは一気に絶望の底へ。自分たちを救ってくれると思った勇者は、仇なす悪鬼だったのだ。


 しかし、その悪鬼の方にだって戸惑いはある。神官らを追って建物から出た金吾は、周囲にそびえ立つ石造りの建物群に目を奪われてしまった。今いる場所はそれらに囲まれた中庭のよう。恐らく城の敷地内か? 日ノ本でも高麗こうらいでも見なかった異質な文化である。


「南蛮の国に連れて来られたというのか……?」


 金吾もそう結論付けざるを得なかった。そこに騒動を聞きつけた兵士たちが駆けつけてくる。南蛮胴に似た甲冑を纏っていたので、その推測をより立証させた。


「ぬ、流石に多勢に無勢か」


 金吾は剛毅であるが無謀ではない。勝ち目はないと見るや、きびすを返しこの敷地を囲う壁へと走る。そしてその壁の上に登った。


「うおっ!」


 三メートルもある壁を一跳びで。金吾、これにも驚愕。忍びだってここまで身軽ではなかった。但し、今は驚いている暇すら惜しい。


 こうして金吾は猿のように壁や屋根を伝って、その城から逃げ去るのであった。




 しかし、それにしてもおかしい。おかしなことだらけだ。突然飛ばされた異郷に、異様な高さの身体能力。理解出来ないことばかり。


 ともかく、今は現状把握に専念せねば。城を脱した金吾は、一先ず賑やかな城下町の人ゴミに紛れることにした。煉瓦れんが造りの建物に、美しい装飾品の数々。そして民衆は金髪、茶髪などの白肌の南蛮人ばかり。日ノ本の木の文化とは違う石の文化の世界に、着物の男はお上りさんのように心を躍らせてしまった。


「凄いな、これは」


 長いスカートを履いた婦人、きらびやかな箱馬車、見たこともない果物が売られている屋台……。特に道端で行われていたパントマイムの大道芸には、彼もつい足を止めて見入ってしまう。だが、酒飲みの彼が最も興味あるのはやはり酒だ。


「酒だ。まずはここの酒を味わってみないとな」


 酒飲みにとって酒の味こそ判断基準。とはいえ、金吾はこの世界に無知。外観から察し、当てずっぽうで酒場らしい店に入ってみるしかなかった。


「いらっしゃい」


 勘で入ってみた店の店主もやはり南蛮人。ただ、店内は一面地べたに椅子に卓という、畳が主の日ノ本とは作りが違った。金吾は一瞬戸惑ったが、取り敢えずその店主がいるカウンターへと寄る。そして注文を。


「お勧めを一杯くれ」


「はいよ」


 出来てきたのは取っ手の付いたカップ。更にその中に入っていたのは黒い水。不気味だ。されど、金吾の遊び人としての好奇心の方が勝る。意を決して飲んだ。


 そして……、


 ブーーーーーーーーー!


 噴き出した。顔面にそれをぶちまけられた店主はカンカン。


「何すんだ、アンタ!」


「そりゃこっちの台詞だ! 何だこの苦いのは!?」


「コーヒーも知らんのか! ド田舎者が!」


「こぅひぃ? 酒ですらねぇじゃねぇか!」


「ウチは酒場じゃねぇ! カフェだ!」


「かふぇ!?」


 聞き馴れない単語の連続に顔をしかめる金吾。ただ、彼にはもっと大きな問題があった。


「アンタ、変な格好してるけど、ちゃんと金はあるんだろうな?」


「……え?」


 無かった。この世界の金どころか、日ノ本の金すらない。そして、その惚けた表情を見て店主の怒りは頂点に達した。


「食い逃げだー! 食い逃げが出たぞー! 誰かー!」


 店外に出て人を呼ぶ店主に、慌てて逃げ出す金吾。追っ手の兵士たちにも気付かれ、彼はただ街の中を走り抜けた。


 走る、走る、走る! 人ゴミを掻き分け、横切る馬車を飛び越え、閉まる城門を蹴り破りながら。


 逃走は街の外へ出ても続いた。当てもなくまだ走る、まだ走る、まだ走る。川を越えても、山を越えても、ただ走り続けた。


 やがて、追っ手の気配がないことを確認すると……やっと足を緩めた。


「流石にもう追って来ないか」


 三時間も全力で走り続ければ追っても来れまい。つまり、金吾は三時間も走り続けられたのである。大して疲れも感じていない。怖いぐらいに。酒毒を患っている人間が出来ることではなかった。


「しっかし、異様に身体の調子がいいぞ。病人とは思えん」


 そして落ち着けるようになると、金吾は改めて今の状況を考えた。


 驚きの健脚けんきゃく。疲れもしない身体。見知らぬ国。馴れ馴れしい異人。そして、突然現れた刑部の霊……。


 答えはすぐに出た。


「死んだからか……。つまり、ここは南蛮国ではなく地獄……」


 辻褄は合う。


「いや、刑部の奴は地獄より恐ろしいところと言っていたような」


 地獄より恐ろしいというのなら、勿論極楽ではないだろう。彼は輪廻転生りんねてんせいを信じているが、その両方でもなければそれも叶わないかもしれない。『恐ろしい』とはそういう意味か?


 ……。


 ……分からない。恐らく、今考えても答えは出ないのだろう。


「……とにかく歩くか」


 その辺はゆっくり見い出せばいいだろう。当てのない旅もいいかもしれない。金吾がそう思っていつものアレを飲もうとした時……、


「あっ!?」


 今になってそれが無いことに気付く。


「無い、酒が無い!?」


 酒である。外出時はいつも腰に備えていた酒瓶が無いのだ。慌てて身体中を探るも、あるのは愛刀の波游兼光なみおよぎかねみつ脇差わきざし岡山藤四郎おかやまとうしろうぐらい。当然か、屋内からいきなり連れて来られたのだから。


「嘘だろぉ!? 酒が無いのかよ!? ……え? マジか!? えぇ~……」


 これまでの状況を素直に受け入れていた金吾も、今回ばかりは恐ろしく狼狽した。それほど彼にとって酒は掛け替えのないものだったのだ。


「くそぉ……。この刀が酒だったらな~」


 先ほど褒めた波游兼光にすら愚痴をぶつけてしまうほどに。


 その後、金吾は酒を求めてひたすら歩き続けた。何十分も。何時間も。何日も……。されど人里の陰すらない。


 腹は減っている。疲れてもいる。眠い。しかし、それ以上に心が草臥くたびれていた。彼にとって酒は命の源なのである。


「酒……」


 それを求め……、


「酒……」


 求め……、


「酒……」


 求め……、


「酒……」


 求め……、


「さ……」


 遂に倒れた。豊臣家の御曹司がまさかの行き倒れとは。


「刑部の言う通りだ……。酒が無いとは地獄より恐ろしい」


 彼は今、あの言葉の恐ろしさを身に染みて味わわされている。


「すまぬ、刑部。おれがわるかったぁ。ゆるしてくれ~」


 こうして、金吾は人生初めて関ヶ原の裏切りを懺悔ざんげしたのだった。


 そして気を失った……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……ツン、ツン。


「おーい、まだ生きてるみたいだぞ」



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