19話 初めての夜
仕事、仕事、仕事、仕事、仕事、仕事、仕事、仕事、仕事……。仕事塗れで金吾は参っていた。
その夜、やっと自室である御座の間に戻れた彼は、草臥れた身体を乱暴にソファに下ろした。
「疲れた……。やっぱり関白なんぞになるもんじゃないな。そうしていたら親父様ももう少し長生き出来ただろうに」
そして、彼が寝酒をと酒を探し始めた時、丁度ティエリアが酒瓶を持って現れてくれた。自分から夜の彼の部屋に来るとは珍しい。
「酌をしに来てくれたとは殊勝な」
頬を綻ばせて迎える金吾。だが、彼女はというと隣に腰掛け酌はしてくれるも、その顔は仏頂面だった。やはり、酌はついでのよう。ティエリアの用件は彼女のことだ。
「どうしてあの女を召抱えたの?」
「うん?」
「ラナ・ヒョーデルよ。あの女は仇敵バスタルドの人間なのよ。そんな女をあろうことか軍事に携わらせるなんて」
「お前まで文句か。どいつもこいつも我がまま言って……」
「軍事に長けた者が必要ならセルメイルから雇い入れればいいじゃない。お父様に言えば軍人の一人や二人……」
「役人までセルメイルに用意させたら、それはもう属国でしかない。自力で国家を形成出来なければ意味がないだろう」
「それは分かるけどさ……。国家運営なんて魔族じゃ無理でしょう?」
「人間以上に優れた肉体をもっているように、知能もまた人間を超えている。ただ、今まで必要なかったから身に付けなかっただけだ」
「けど、知能が高くても知識がなくっちゃ」
「ここに来たのには今まで以上にセルメイルに依存させるためか?」
金吾がそう突っ込みながらお代わりの杯を差し出すと、ティエリアは図星とばかりに酌をするのを止めた。そして本題に入る。
「それだけじゃない。私も何か仕事をしたいの」
「敵国人のラナが重用されて対抗心が芽生えたか」
「『お前にしか出来ないこともある』って言ってたでしょう? 何?」
「ああ、それはな……」
すると不意に金吾の手がティエリアを抱き寄せた。力強く、強引に自分の身体に押し付けると、その手は彼女の胸元に潜り込んでいく。
「え?」
唖然の王女。成すがまま豊満な胸を直に鷲掴みにされるも反応出来ないでいる。やっと事態に理解が追いついたのは、じっくり味わうように揉まれ始めてからだった。
「ちょっと……金吾?」
「同衾相手にと」
「はぁ!? ふ、ふざけないでよ」
ここでやっと抵抗するティエリア。……が、金吾の手がそれを許さず、構わずその弾力を堪能する。
「ふざけるものか。お前は器量がいいから是非にと考えていた。前々から南蛮女を抱いてみたかったしな」
「娼婦扱いする気!?」
「何を怒っているんだ。俺はお前のことを抱きたくなるほどのいい女だと思ってるんだよ」
「……ま、まぁ、そりゃ私はいい女だけどさ。でも、王女なのよ? 貞操を護る身なのよ」
「人質として来たんだから、それぐらい覚悟しておけよ」
「嫌よ! ってか、いつまで揉んでるのよ!」
ティエリア、ここでやっと魔の手から逃れた。金吾も意外にもあっさりと諦める。何故なら他にも候補はいるのだから。
「やっぱりラナにしよう。セルメイル女よりバスタルド女だな」
観念している彼女なら拒むまい。そう思って彼が嬉々と立ち上がろうとしたら、今度はティエリアの方がその魔の手を掴んだ。鬼のような形相で。
「よりにもよって、何であの女なのよ!?」
「あれも抱きたくなるくらいいい女だからさ」
「このぉ~」
憤怒、憤怒、憤怒! 感情的になり易い故に、金吾の掌の上で転がされる乙女ティエリア。自分でも愚かだと思う。そう分かっていても彼女は引くことが出来なかった。これもまたラナと同じく、セルメイル王女としての誇り故だ。そして応えてしまう。
「……分かった」
「うん?」
「分かったわよ。セルメイルの王女がバスタルドの女に後れを取ったなんてしたら末代までの恥よ」
何とちょろい女であろう。仕掛けた金吾も心配になってしまうほどだ。
「最初に会った時から思ってたが、お前は敵愾心が強過ぎる」
「大きなお世話よ」
そして乙女が改めて彼の隣に座ると、金吾はじっくりとその柔い身体に食指を伸ばしていった。服の中に手を忍ばせ、いやらしく……。
「あっ!」
と、ティエリア、予め言っておくべきことを思い出す。
「今度は何だ?」
「いや、私、その……こういうの初めてで……。痛くしないで」
「ああ、大丈夫、大丈夫。俺の掛かれば女も男も極楽よ」
「そ、そう……じゃあ。………………え? 男も!? んあっ!」
では改めて、彼はいやらしくその肌を撫で回す。その度にティエリアは甘い声を漏らしてしまったが、遊び人金吾はそれを楽しむように執拗にやった。じっくり、ゆっくり、敏感なところを……。
やがて乙女が火照って出来上がると、金吾もゆっくりと押し倒していった。横になった彼女に顔を近づけていく。乙女はただそれを待つだけ。
そして……、
目が合った。
……。
……。
……。
「……?」
口づけをしようとした金吾だったが、その際ティエリアが自分に視線を合わせていないことに気付いた。というより、彼の後ろを凝視していた。何事かと金吾も振り向いてみれば、そこにいたのは酒瓶を持っていたファルティス。
だが……、
「ひぃっ!?」
その表情は金吾すら悲鳴を上げてしまうほどおぞましいものだった。鬼? 悪魔? 死人? ともかく、この世のものとは思えないそれにティエリアは恐れ戦き、金吾は思わず後退りした。
そして、彼は高速で飛んできた酒瓶を顔面にモロに受け、崩れ落ちるのだった。
酒塗れになった金吾は去っていく魔王の背を眺めながらこうぼやく。
「何が平和の性だよ。魔王らしく骨の髄まで嫉妬の性じゃないか」
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