17話 バスタルドの女将軍
セルメイル王国・在オカヤマ公館は、オカヤマ城から離れた人間居住区域の近くにあり、昔の建物を修復した割には政府機関らしい立派な装いをしていた。更に、今回の金吾たちの訪問はアポなしにも関わらず、公使マゼルバは丁重に出迎えてくれる。挨拶もそこそこに、金吾は早速用件を伝えた。
「金の取引!?」
「今回、オカヤマで産出される金をセルメイルで引き取って欲しい。早急に取引実績を作り、人間界にオカヤマ金山のことを広めたい。どれだけ用意出来るかはまだ未定だが、それなりに色は付けよう。損はさせない」
予期せぬ申し出に、冷静なマゼルバも即答は出来ず。いや、冷静だからこそ即答せず。
「金の質にもよるが……」
「貴公らセルメイル人が掘り出し、精錬する金だ。信用に値するものと考えてくれ」
「損はさせないか……」
「今回は相場の半分でいい」
「……」
「魔族のお陰で人間では掘れない場所も思いのままだ。まだまだ産出されるぞ。今後バスタルドと全面対決をするのならあって困らないはずだ」
安く手に入るに越したことはない。しかし、相手は魔族である。普通の取引は望めないだろう。それがマゼルバの最も大きな懸念だった。
「問題は支払い方法だ。また人間を供出すればいいのか?」
「いや、人間界の貨幣でいい」
「何と!?」
「俺はオカヤマに貨幣経済を導入するつもりだ。というより、既になっているな。ここの人口の九割以上が人間で、それらは人間界から持ち込んだ貨幣でやり取りをしている。俺は魔族に貨幣というものを覚えさせるつもりだ。本当は独自の貨幣を設けたいのだが、人間界の貨幣は大きな身体の魔族たちには小さ過ぎてな……。しかし、残念ながらその余裕はまだない。ティエリアはどう思う?」
「え?」
突然話を振られた同席中のティエリア。流れでファルティスと共に付いてきてしまっていたが、彼がそれを咎めなかったのは役に立つと思ったからか。
「セルメイルが得をするのなら……いいんじゃない?」
そして、こういうことに無知な彼女は本音で答えざるを得なかった。こうして王女の推薦も受けると、マゼルバも首を縦に振ることにした。
「承知致しました。その方向で本国と調整致しましょう」
「宜しく頼む。さて、早々と失礼する。仕事が山積みでな」
そう弁解し、金吾は席を立つ。……が、呼び止められる。
「小早川殿、こちらからもお願いがあります」
「うん?」
「捕虜の件です。そろそろ対応を決めて頂かないと」
「ああ……。それもあったか」
仕事をまた一つ思い出した金吾は頭が痛くなった。
先の戦でオカヤマ軍は二十名ほどの捕虜を得ていた。その数は僅かであったが、それでも今のオカヤマには荷が重かった。魔族では人間の捕虜を健康なまま収容することが難しかったのである。だから、苦肉の策としてセルメイル公館に収容を委託していたのだ。だが、彼らにとっても本来の役目でないそれが負担であることに変わりはない。金吾に処分を早く決めて欲しかった。
マゼルバに案内されたのは公館敷地内の離れだった。その前には警備員がおり、それにドアの鍵を開けさせると一人の捕虜と面会することになる。
「彼女がバスタルド軍の将官ラナ・ヒョーデルだ」
マゼルバの紹介に、椅子に座っていたラナは起立して応じた。決して広くはない部屋だったが、室内は明るく家具は満たされている。外からは中を覗けずプライバシーも護られていた。捕虜にしては恵まれた環境である。彼女が名門貴族だったため、マゼルバが気を利かせたのだ。
「覚えている。軍隊の中に一人だけ若い女がいたからな。堪らず選んでしまった」
その気遣いに金吾も満足。
「小早川金吾、貴公に面会したかった。お話がある」
ラナがそう申し出ると、彼は承諾しマゼルバに人払いを頼んだ。
「……え? 私も?」
「そりゃそうだ」
最後まで残っていたティエリアも追い出し、金吾はじっくり話すべく椅子に腰掛けた。ラナにもそれを促すが、彼女は立ったまま。そしてこう願う。
「バスタルド軍の捕虜代表として嘆願する。今回の責は将校である私にある。部下たちの助命を願いたい」
「お前次第だな」
「全て従う」
ラナの表情はその軍服姿に相応しく真っ直ぐで淀みがない。名家の誇りがそう振舞わせているのだろう。金吾は少し思慮すると、手招きし自分の目の前に立たせた。
「女がてらに度胸があると見えるが……。所詮、上辺だけだな。戦歴は?」
「今回が初めて」
彼女は決して動じまいと平静を装って答える。
「だが、軍学は身に付けてきた。ヒョーデル家は古くから続く武門の家柄。あらゆる用兵、戦術を身に付けている」
「しかし、机上だけではな。人を斬ったことはあるのか?」
「いえ……」
「人も斬らずに武士を誇るか」
「それはまだ機会に恵まれていないからだ。私はまだ若い。兵を任せられれば立派に戦う自信はある」
確かに、今回のバスタルドの敗戦は彼女の責任ではないだろう。能力は未知数と言っていいかもしれない。
何かに悩む金吾。手持ち無沙汰で、つい掌を彼女のズボンの太股の間に滑り込ませてしまった。驚愕してしまうラナだったが、顔だけは何とか平静を保たせる。
「生娘か?」
「……ええ」
「そうか。そうだろうなぁ……」
予想通りの返事に、彼は悩むように太股の間の掌を上下に擦った。悩み、悩み、悩む。そして悩んだ挙句、最後の質問をする。
「お前は今までの全てを捨てられるか?」
……。
……。
……。
……深く沈潜するラナ。
そして、もう一度同じ言葉を吐く。
「全て従う」
ならば、金吾ももう迷うまい。
「よし、その軍服を脱げ。お前は今日からバスタルド軍人ではない」
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