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15話 勝利の凱旋

 セルメイル軍がこの村に到着したのは翌日のことだった。知らせを聞いて大急ぎでやってきたエルゼンが目にしたのは、捕虜として荒野に集められたバスタルド軍とそれを囲う魔族たち。そして、椅子に腰掛けながら村娘の酌で悠々と酒を飲む金吾だった。


「金吾殿、これはどういうことか?」


 金吾の後ろには彼を背に乗せていた巨大な翼竜魔族ラシャークも控えていたが、エルゼンは構わず詰め寄る。


「貴公の娘御が気を病んでいたからな。ウチの魔族も血に飢えていたので丁度良かった」


 対して飄々《ひょうひょう》と応じる金吾。控えていた村人に椅子をもう一つ用意させて国王に着席を促した。エルゼンも渋々腰掛けると、一先ず今回の件について礼を述べる。


「そちらの救援には感謝しよう。お陰で村が救われた。しかし、無断での我が国への進入は約定違反ではないのか?」


「こちらが約束したのはあくまで『セルメイルの土地を荒らさない』だったはず。今回は荒らすどころか、逆に現状維持に努めたのだ」


「むっ」


「まぁ、次からは通告するようにしよう。さて、それより貴公を待っていたのはあの件だ」


 そう言って金吾が指したのは大量の捕虜たち。


「部下の魔族たちが久しぶりに暴れられるってんで大はしゃぎをしてな。一千人ほど討ったところで止めさせたんだが、残ったこれらの処分について相談をしたかった」


 退却どころか壊走することすら出来なかったバスタルド軍は、四千もの捕虜を生み出してしまったのである。金吾としてもこれらを有効に取り計らいたかった。


「オカヤマにはまだまだ人が必要だが、これほどの大量の人間を受け入れるほどの余裕はまだない。それに敵だしな。使い道としては精々魔族の食料ぐらいだが、今回食い溜めしたためそこまで必要はない。一先ず戦勝の証として二十人ほど連行しようかと考えているが、残りはそちらに一任したいと思っている」


「うむ……」


 エルゼンもその提案には無条件で受け入れようと思った。しかし、四千である。セルメイルにとっても対処には悩みどころだった。


 その後、エルゼンは金吾と共に捕虜の元へ歩み寄ってみた。手を後ろに縛られて座らせている捕虜たちは、皆、生気のない顔をしている。あんな虐殺を経験すれば当然か。敵国の王が目の前まで近づいてきても顔をうつ伏せにしているだけだった。


「食事は与えていない。まぁ、まだ一日だしな。それに食欲などないだろう」


 隣の金吾が酒を啜りながら言った。彼らに刻まれた恐怖心が生きる糧を望ませないのである。それに、もう一つある。それがエルゼンの鼻をついた。


 異臭だ。彼がその大元へと向かうと、そこには既に従軍していたメルタニーがいた。険しい面でそれを見つめながら。


 バスタルド兵の死骸の山である。


 何百という死体が無造作に山積みにされていたが、それは見るも無残な光景だった。


 ある死体は腕が無く、ある死体は足が無く、ある死体は頭が無く、ある死体はその全てが無い。どれもこれも引き千切られており、五体満足なものは一切無かった。エルゼンも幾つもの戦場の有様を見てきたが、これほど酷いものはない。まるで拷問によって死に絶えたようだった。


「何と惨い」


 そう漏らしたのはメルタニー。老年の彼でもこれほどの光景は初めてだった。だから、つい金吾に声を荒げてしまう。


「小早川殿、これは人道にもとる行為ですぞ!」


「それはそうだろう。魔族がしたんだからな」


「ぬっ」


「戦である以上、死に方など選べまいて」


 金吾のその正論を前にしては、彼も閉口せざるを得なかった。


 そして、代わりにエルゼンが続ける。


「金吾殿、おいくつか?」


「享年二十一」


「若いな。その若さで見事な剛胆さだ。戦には慣れておられるのか?」


「日ノ本は乱世であった。……が、戦は嫌いだ」


「私もだ」


 そこにセルメイルの伝令がやってきた。その知らせの内容はバスタルド軍本隊の撤退。一先ず、危機は去ったのである。エルゼンも改めて礼を言う。


「今回の件、オカヤマ勢には感謝する。この恩、いずれ必ず返そう。捕虜も我々が引き受ける。バスタルドとの交渉材料になるはずだ」


「困ったらいつでも声を掛けてくれ。セルメイルが滅べばこちらも困る」


「その言葉、素直に受け取っておこう」


 そして彼は初めて金吾に笑みを見せた。


 オカヤマとセルメイル。両国の関係は僅かにだが、確かに前進したのであった。




 そしてそれを証明するかのように、金吾の一団がオカヤマに凱旋すると人間住民たちはよる歓喜の出迎えをした。セルメイル人である彼らもまた、祖国を救ってくれた魔族たちに初めて笑みと喝采を送ったのである。


 魔族が人間に歓迎されるなど、この数百年の歴史にはなかったこと。だから、大通りを行進する魔族たちはその光景に目を白黒させてしまっていた。


「行進して街に入れなんて言うから、何かと思えば……。人間に感謝されるなど、恐ろしく心地が悪い」


 ガッシュテッドも戸惑いを隠せないでいるよう。家族や故郷、愛国心という概念をもたない彼らは、遠い地の無関係の人間を救ったことぐらいでこれほど喜ばれるとは思いもよらなかったのだ。これらを素直に受け入れているのは、ラシャークの背に乗っている金吾だけか。


 いや、もう一人。それはオカヤマ城天守からそれを眺めているファルティスだ。彼女は人間が魔族を受け入れているその信じ難い光景に、思わず心を震わせてしまった。自然と笑みが零れ、列の先頭を行く金吾に感謝してしまう。


 また、人質であるセルメイル王女ティエリアも自室のバルコニーからその様を見ていた。無表情ではあったが内心安堵していることは、侍女であるユリエラも気付いている。王女に戦勝報告をしに来ていたマゼルバもこう諭す。


「如何でしょう。これで金吾殿のこともお認めになって頂けるかと」


「人気取りが上手いのね、あの男は」


「彼もセルメイルを悪いようにはしないでしょう。王女も少しは胸襟きょうきんを開かれると宜しいかと」


「……」


 世情が変われば、彼女も変わらざるを得ないか。




 その夜、オカヤマ城の一室では金吾が宴を開いていた。オカヤマの初戦勝祝いだ。とはいえ、魔族は群れるのを嫌う者が多いため、自由参加のこの宴会には金吾とファルティス、ルドラーンにガッシュテッド、ラシャークの五人しかいなかった。それでも大盛り上がりである。


「ぷはぁ~、美味いなこれ」


 ガッシュテッドは初めて口にした酒のブランデーに舌鼓を打ってしまった。


 勿論、酒豪の金吾もである。上座に座りファルティスを侍らせて上機嫌だ。因みに、これら高級酒や肴はセルメイル側から貰った土産である。外では他の魔族らも堪能してることだろう。


「な? 文化っていいだろう? 人生を豊かにしてくれる。……ん? この肉、何だ? 美味いな」


 金吾もまた初めて口にした生ハムを満喫。


「いや~、日ノ本では決して味わえぬ美味の数々よ。本当、死んで良かったわ。お前に与したのも正解だったな」


 そうファルティスに言えば、彼女も嬉しそうに酌をして応えた。


「魔族が人間から得られる娯楽と言えば、殺すか、食べるか、犯すかだったからな。これらの食料は勿論、あの賞賛は驚きだった。魔族の中には賞賛を受けることを性にしている者もいるかもしれない。そういう者は今後も人間に協力的になるかもな」


 留守番だったルドラーンも感心している。


「『性』か……。どうもその性というものに未だピンと来ないのだが、魔族にとって相当重要なものなのか?」


「魔族は性を満たすことで生き長らえ、また満たせば満たすほど強くなる。例えば、人間を殺すことを性とする『殺人の性』の者は、殺せば殺すほど強くなるが、逆に殺さずにいれば徐々に弱体化し、いずれ死ぬ。生物の食事と同じだな。そして性は魔族によって様々だ。殺人や食人など人間を虐げるものが多いが、他にも甘党の性や穴を掘る性など……。俺が出会った中で特に珍しいと思ったのは『散歩の性』だったな。色々な土地を巡るのが楽しいようなんだが、そこに行っても特に何もしないらしい。まぁ、性とは他人には理解出来ないものだからな。一方で、自分の性を見出せない者もいる」


「実に面白い。今回の人魔共存による人間文化の流入で、新しい性に目覚める者もいるだろう。ルドラーン、お前の性は何だ? 酒も飲まず、食事もせず、人を襲うことにも執着していないだろう?」


「実は俺自身、性が分からない者の一人だ。無理やり当て嵌めるとしたら……『隷従れいじゅうの性』か? 俺は先代魔王以来の優れた主を求め続けていた。お前が今後も優れた采配を振るうなら、俺は命を懸けて従おう」


「言ってくれるではないか。ただ、俺の采配は誰もが理解出来る分かり易いものではない。そのせいで日ノ本では多くの家臣に出奔された。……ファルティス、お前の性は?」


「私? 私は……『平和の性』かな? 魔族同士は勿論、人間とも争わずに共存しているのを見ると嬉しくなっちゃう」


 無垢な笑みで答えるファルティス。このように魔王という立場でありながら今ではすっかり金吾に従属してしまっているが、それが平和の性のせいだと言うのなら納得も出来よう。


 すると、そこに予定外の客が現れる。


「ティエリア?」


 ティエリアだ。ユリエラを従え、薄暗いドアのところに立っていた。彼女が自ら金吾の下に赴くのは初めてのこと。しかも、大嫌いな魔族もいる場にだ。魔族に対する恐怖を押し殺しながら金吾へと近づいてくる。


「……筋として一応礼はしないとね」


 そしてファルティスから酒瓶を引っ手繰ると、彼に酌をした。それでも決して感謝の言葉を口にしなかったのは、未だ全てを受け入れられずにいる彼女の意地か。


 しかし、それもオカヤマの発展と共に雪解けていくことになるだろう。そう予期する金吾は、その酒をじっくりと味わうのであった。


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