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14話 ブレネイの戦い

 バスタルド帝国は人間界最強の国家である。多くの国がその軍門に下り、従属の道を強いられていた。それを成しているのは彼の国の政治力、経済力、何より軍事力によるもの。そしてその一端を担っているのが、バスタルドが誇る猛将ドランである。


 そのドラン率いる五千はブレネイから五キロ離れた農村に駐屯していた。防衛戦力など置かない小さな村である。だから無抵抗で占領することが出来ていた。そして、彼はここで要所攻撃の前の肩慣らしをしようとしていたのである。


 バスタルド兵によって家から引き出される住民たち。女、子供、老人、病人……。例外なく村はずれの広場に集められた彼らは、兵士たちに囲まれながら身を寄せ合っていた。


 そんな村人たちの前に現れたのが指揮官ドラン。二メートルの巨躯に絢爛けんらんな鎧を身に付け、その禿頭には険しい顔つきを備えている。歴戦の風貌を纏った猛将だ。その彼が村人らに鋭い視線をやれば、誰もが怯えの声を上げてしまった。


 そんなドランが彼らに宣言する。


「セルメイルの民に告げる。我はバスタルド帝国将軍ドラン。貴様らの主、セルメイル王はバスタルド皇帝の慈悲深い申し出に対し、あろうことか無礼な振る舞いで足蹴あしげにした。我らが偉大な皇帝を侮辱したのだ。これは決して許されることではない。此度の遠征は愚かなセルメイルに対する懲罰である。そして、その罰はセルメイル王だけではなく全ての者が受けなければならない。これより、貴様らを皆殺しにする。偉大な皇帝に逆らったらどうなるかの見せしめとなるのだ。セルメイルの民だったことを呪うがいい」


 周囲のバスタルド兵が槍を構えると、村人らの怯え声は悲鳴となった。母は子を抱きしめ、老人は両手を合わせ懇願する。死が迫る中、ひ弱な数百人はただただ神に助けを祈るばかりだった。


 ただ、バスタルド内にもそれに気が進まない者もいた。


「お待ち下さい、ドラン将軍」


 そう制止したのは彼の副官ラナ・ヒョーデル。


「無抵抗の民草を虐殺するなど道義に反しております。お考え直して下さい」


 まだ十八歳という若さ、そして乙女でありながらも、彼女は臆することなく猛将に諫言した。ドランもその度胸は認める。


「ヒョーデル。貴様は若く考えが浅い。これも策だ。こうして村々を撫で斬りにしていけば、セルメイル王も自ら打って出ざるを得なくなるだろう。そのエルゼンを俺が討ち取る。本隊など必要ない。俺はこの先鋒五千のみでセルメイルを叩き潰すつもりだ」


「しかし、罪のない民草たちを……」


「これが戦争だ。ここでセルメイルを徹底的に血祭りに上げれば、未だ従属しない他国は無抵抗でバスタルドに服属する。結果的に流れる血は少なくて済むのだ」


「……」


「この世においては、弱者は強者の糧になるがことわりだ。この戦は人間界を統一する戦であり、それを成すのはバスタルド第一の将、このドランよ。俺はセルメイル王の首を獲り、歴史に名を残すのだ」


 バスタルドが世界を震え上がらせる戦勝を得るには、この虐殺は必要なのだろう。ラナもそれは理解出来た。しかし、納得は出来ない。国家に尽くすことを誓って軍人の道を選んだ彼女は、とてつもなく潔癖だった。


 ドランは不服そうなラナに忠告する。


「ラナ・ヒョーデル、貴様は帝国の名家ヒョーデル家の令嬢だからこそ、俺の副官でいられるのだ。上からの命令でなければ女のお前など副官に選びはしない。大人しく上官に従っていろ」


 新米軍人である彼女が帝国の名将の副官になれているのは、偏に名家の出だから。そんな立場だけの人間が上官に意見したところで聞き届けてくれるはずがなかった。


「ヒョーデル、よく見ておけ。貴様も軍人の道を選んだのなら道義など捨てよ」


 ドランはそう戒めると、手を掲げた。それを下ろせば、あとは阿鼻叫喚の地獄絵図。受け入れ難いラナも、それでも軍人としての義務を果たそうと必死に目を開け続けた。


 無慈悲に槍を構える兵隊に、一心に神に祈る民衆。どちらにも与し切れない若き軍人は、戦場の現実を思い知らされるのであった。


 そして……、


 死の悲鳴が上がる。




 ……後方から。




「何だ?」


 後方の村外の荒野は軍の野営地である。ドランが訝しげにそちらに目をやれば、何やら騒ぎが起きているように見えた。


 更に、野営地から伝令が走ってきた。それが必死の形相でこう叫ぶ。


「し、将軍! 魔族です! 魔族が現れました!」


「魔族だと? そのぐらいなんだ。いつものように打ち倒せ。我が隊はこの四年で十匹もの魔族を討ってきたではないか。包囲して磨り潰すのだ」


 その非常事態を聞かされても平静に応じるドランは、流石名将と言えた。魔族とは虎のように強く、虎のように孤独を好む。人里に現れる際は基本的に単独行動だ。複数で来て獲物を取り合うのを嫌うためである。されど、伝令の焦りは収まらない。


「そ、それが一匹ではないのです」


「珍しいな、二匹か? 仕方ない。一時引き上げ、罠を張って……」


「……三十です」


「ん?」


「魔族は……三十匹です。我が軍の方が包囲され、磨り潰されています」


「……」


 ドラン、絶句。猛将の顔から血の気が引いていくのを見て、ラナは自然と現場へと走り出してしまった。


 そして、そこで生き地獄を目にした。三十人に及ぶ魔族の集団が、野営地を囲むように兵士たちに襲い掛かっている。ある者は爪で貫かれ、ある者は牙で引き裂かれ、ある者は足で踏み潰される。三メートルを超す巨体たちが兵士を蟻のように蹴散らしていた。


 魔族と戦う予定はない。しかも、これほどの大軍とは。それでも、バスタルド軍は人間界最強の軍隊である。彼らもすぐに態勢を整えると反撃に移った。


 まず標的を魔族の一人に絞り、魔術士隊による魔術の光弾の連射を浴びせる。それで相手を足止めさせると、複数のバリスタをもって魔力が込められた矢を一斉に撃ち込むのだ。これが今の彼らに出来る魔族退治戦法である。単純だが、成功率は高い。実際、光弾の雨を浴びせられている魔族は忌々しそうな表情で身動きが取れないでいる。


 ただ、問題が一つ。それは、この戦法が魔族単体のみを想定しているということ。愚鈍な武器であるバリスタは相手が止まっていないと当てられない。即ち、別の魔族が横槍を入れて魔術士たちを薙ぎ払ってしまえば、簡単に破算するのだ。そして、案の定そうなった。


 この軍隊は対セルメイル、対人間を想定しており、魔族集団と戦う準備はされていない。その上、人間たちがこれほど統率された魔族集団と戦うのは、先代魔王が魔族を率いていた時代以来である。実に四百年ぶりの人間と魔族の戦争だった。


 一人でも手に負えない魔族が統率された集団で攻めてくる。そうなれば人間はもうどうすることも出来ない。嬲り殺されるだけだ。


 人間の手を引き千切り、人間の足を捻り潰し、人間の頭をもぎ取り、人間の身体を丸呑みする。魔族は楽しみながら虐殺に興じていた。


 その光景を目の当たりにしていたラナは堪らず吐き気を催してしまう。因果応報とでも言うのか、バスタルド兵は村人らにしようとしたことをそのままやられていたのである。阿鼻叫喚の地獄絵図を描くのは彼らの方だった。


「何故だ。何故、魔族が我が軍を攻める? 何故、これほどまでの集団戦法を成せる!?」


 一方、ドランも天を仰ぎながらその不条理を嘆いていた。


 ……。


 ……ら、彼はあるものが目に入った。


 上空を飛ぶ鳥だ。いや、鳥にしては大きい。全長五メートルはありそう。そして、それから何かが落ちてきた。否、降り立った。


「き、貴様は!?」


 ドランの目の前に現れたのは、この地獄の主催者。慌てて腰の大剣を抜く大男に、その小柄な男は悠々とこう名乗る。


「小早川金吾」


「っ! 貴様が我が国を裏切った勇者か!? まさか、あろうことか魔族に与しているとは!」


「人を勝手に枠に嵌めるものじゃない」


「人間の希望である勇者が、人間を陥れる悪魔に堕ちるとは……。天下の裏切り者め! このバスタルド一の猛将ドランが成敗してくれる!」


「人間を撫で斬りにしようとしていたくせによく言う」


「死ねぇぇぇぇぇぇい!」


 猛将らしい猛々しい覇気を込め、ドランは振り上げた大剣を悪魔の首に振り下ろす!


 相手はすぐ目の前。避けようがない。そして金吾も避ける気はなかった。


 金吾が瞬時に抜いた波游兼光なみおよぎかねみつの刃が、迫る大剣を圧し折る!


 そして、その勢いままドランの首を斬り落とした!


 得意の一瞬・一閃の居合いが傲慢を断罪したのだ。


 弱者は強者の糧になるが理……。ドランのその主義は見事己に降りかかったのである。村人らを囲っていたバスタルド兵たちも、転がる上官の首を見て慌てて穂先を金吾へ向ける。だが、向けるべきは彼へではない。


 知らぬ間に兵士たちの後ろにいたのは、好戦派魔族の筆頭、牛のガッシュテッド。その獣の爪が鋭く剥き出しにされれば、バスタルド兵たちも先の村人のように怯え顔を晒すしかなかった。


 そして、溜まりに溜まっていたガッシュテッドの鬱憤が見るも無残な殺戮へと駆り立ててる。バスタルドの恐怖から解放された村人たちも、その光景を前にしては喜びどころか更に恐怖に戦くばかり。互いに身を寄せ合いながら、外敵の血の雨を浴び続けていた。


 ただ、獣のようでもあっても獣ではない。最後の兵士が激しく裂かれた勢いで、持っていた槍が村の女児に向かって弾き飛んでしまったが、刺さる寸前でそれを掴み止めたのがガッシュテッドである。


「おっと、危ない危ない」


 セルメイル人には手を出すなという金吾のお達しがあったためだ。そして、彼はおどろおどろしい笑顔でその女児にこう言った。


「お嬢ちゃん、セルメイルの民だったことを喜ぶんだな」


 今回の金吾の行動はバスタルドへの明確な敵対意思の表れである。宣戦布告だ。


 やると言ったらやる。この小早川金吾に迷いや躊躇など決してない。


お読み頂き、誠にありがとうございます。


ブクマや↓の☆☆☆☆☆の評価を頂けましたら大変嬉しく存じます。


今後ともよろしくお願い致します。

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