12話 セルメイルの王女
それから二週間が経った。初めの見せしめ処刑以降、街では大きな問題は起きておらず、復興は着々と進んでいた。やはり、最初に厳格な処分を見せつけたのは正解だったよう。金吾はファルティスと共に、城の上階にある『御座の間』と称する自室のバルコニーからその光景を一望していた。
「ここも随分綺麗になってきたね」
この廃墟が早々と整い始め、ファルティスは人間の几帳面さに感心してしまう。金吾も同じくその働きぶりに満足していた。
「人間居住区はほぼ完成だ。これでやっと公共施設の補修に入れるな。この雨漏りオンボロ城もようやく修繕に入れる」
人間は魔族と違って脆弱なため、最優先で住居を用意しなければならなかった。また、並行して道の普請も進めており、道路の整備次第で復興の進行にも大きな影響を与えるだろう。
「私も金吾の思惑が少し見えてきた。けど、処刑以外のやり方はなかったの? 出来るだけ血は流したくないし……」
「お前は甘い。その甘さは君主として不適格だ。人を動かすには恐怖も必要だ」
「でも、私には……」
「だから俺がいる」
魔王が慈悲を与え、勇者が恐怖を振り翳す。このあべこべな関係が、ファルティス派に繁栄をもたらすというのだ。尤も、それが分かるのはまだ先のことになるだろう。
すると……、
「セルメイルの連中が到着したぞ」
ルドラーンが呼びにやってきた。冷静沈着なこの甲冑魔族は、今では金吾の一番の腹心である。
金吾たちが城のロビーまで降りてくると、そこには二十名ほどの人間たちがいた。彼らはセルメイルから派遣された駐在官である。その代表者が挨拶する。
「セルメイル王国公使として着任したドル・マゼルバです。以後お見知りおきを」
そう胸に手を当て敬礼したのはマゼルバ伯爵。国王エルゼンは駐在公使に腹心中の腹心を選んだのだ。それだけ、彼はファルティス派を重視しているのである。それにもう一つ理由があった。
それは人間たちに護られるように奥に立っていた少女。麗しい長髪を靡かせ、誰よりも煌びやかな衣装を纏っている貴人だ。マゼルバが紹介する。
「ご紹介しよう。セルメイル王国王女ティエリア・ロッシュモンド殿下であらせられます」
エルゼンは人質として十六歳の娘を選んだのだ。
「歓迎するティエリア王女」
口先だけの挨拶する金吾。だが、ティエリアの方はそれすらせず、ただただ初対面の彼を睨み付けていた。本人が不本意でここに来るのは金吾も予想していたが、こうもあからさまに態度に出すのは予想外。上辺すら演じられないとは。
マゼルバもそれに気付いたのか話題を逸らす。
「さて、街は順調に復興しているようですな。公館も整備されたので、早速責務を果たしたいと思います。ところで、この地は何と申されますかな?」
「地?」
そういえば金吾もこの地名を聞いたことがない。ルドラーン、次いでファルティスを見るも、二人とも首を傾げるばかり。
「魔族には文化がないから名称も付けることもなくて……。付けるとしたら精々自分の名前ぐらい。……それじゃ、金吾が決めてくれる?」
主君にそう催促されれば、金吾も遠慮なく決めさせてもらう。
「なら、俺が日ノ本で治めていた地から取って『オカヤマ』と名づけよう。ここはオカヤマだ」
ただ縁の地の名を取ったのではない。岡山の普請中に道半ばで倒れた金吾は、その志をこのオカヤマの名に込めたのである。天下一の大都会にすると誓ったのだ。
更に、彼はセルメイル側にこう求める。
「あと、ティエリア王女はこのオカヤマ城に身を置いてもらう」
その要求には、沈着なマゼルバも無表情を貫けなかった。
「はぁ!? 冗談じゃないわ! 魔族なんかと同じ屋根の下で暮らせと言うの!?」
ここで初めて口を開いたティエリア。やはり己の立場に不服のよう。魔族の囚われの身になるのだ。普通の人間なら普通の感情だろう。マゼルバに拒絶の眼差しを送っている。……も、
「侍女も付き添わせます」
彼はそれを無視して承諾してしまった。
「マゼルバ!」
「王女、ご辛抱下さい。王国のためです」
彼女が不満の声を荒げるも、結局従わされてしまう。王女と言えど、所詮は国家の備品。抗うことなど出来なかった。一応、金吾も慰めてやる。
「安心しろ。雨漏りしない部屋を宛てがうさ」
それは嫌味でも皮肉でもなかったのだが、ただただ彼女の怒りの火に油を注ぐだけだった。
しかし、王女様を宥めている暇などない。今の最優先はオカヤマの復興である。この日、城の執務室では金吾がファルティスと共に人間の奉行たちと会っていた。奉行とは金吾が設けた各部門の責任者のことである。
「最初に各々の状況を報告してもらう。まず普請奉行」
金吾の求めに応じ最初に報告するのは、街の復興担当である普請奉行。
「正直申しますと、オカヤマの普請計画は遅れています」
金吾も悪い知らせは覚悟していたので、表情を変えずに問い返す。
「計画は遅れるものだが、何が原因だ?」
「元となる建物が多く残っているとはいえ、どれも予想以上に老朽化していたのです。どんなに新しいものでも築五百年ですからね。その補修に手間取っています。それでも人間向け住居は簡単な補修で済んだのですが、公共施設となると魔族も入れるよう間取りを広くしないといけなく、またその魔族の使用に耐えられるよう丈夫にしなくてはなりません。もしかしたら、取り壊し、一から建て直した方が効率がいいかもしれません」
「一からか……。気が進まぬな。今は作業が捗るよう努めろ」
「承知致しました。しかし、根本的な話になりますが、僅か六百名の普請人員にとってこの街は広過ぎます」
「いずれ住民は増やすつもりだ。普請区画は重点を絞り、人が増えるに連れ徐々に対象を広げていこう。次、町奉行、住民の様子はどうだ?」
次に報告するのは、人間住民の管理担当である町奉行。
「居住区が整ったことと公館の開設、王女の入国によって、住民は落ち着きを得ております。ただ、やはり一番は魔族からの危害の恐れがなくなったことでしょう。魔族を見ても平静でいられる者が増えております。また、セルメイルからの物資の供給も滞りなく、食料等の心配はございません。住居が用意されれば住民増加にも対応出来ましょう」
「結構だ。何か問題があれば報告しろ。特に魔族関係はすぐに対応する。次、鉱山奉行」
最後に報告するのは、鉱山開発担当である鉱山奉行。
「北西の山にある五百年前の鉱山跡地を調査したところ、まだ生きている鉱脈を発見致しました。金山です。今のところ埋蔵量は不明ですが、かなり期待出来るかもしれません」
「でかした! 前に跡地を見た時、まだ掘り尽くされていない可能性を感じたんだが、当たりのようだな」
「ただ、掘り尽くされていない理由は、この地の放棄の他に岩盤が固いこともあるようです。採掘は至難を極めるでしょう」
「クソ。……なら、人間には難しくても魔族なら容易いということはあり得るか?」
「そ、それはもう。しかし、魔族が採掘作業に大人しく従事してくれますでしょうか?」
「させるさ。ファルティス、穴掘りが得意そうな魔族を見繕って鉱山奉行に従わせろ。俺の命令だと言えば逆らうまい」
このように、金吾は度々奉行衆と会合し復興事業を監督していた。生粋の遊び人である彼からは想像出来ない働きぶりである。日ノ本時代の家臣たちが見れば大喜びになろう。尤も、それも理由があってのこと。
「はぁ~、やっと酒にありつける」
会合が済んで奉行衆が去ると、金吾は大きな溜め息を吐きながらやっと酒を手に取った。
「全く、忙しいったらありゃせん。全部自分でやらんとな」
そう、日ノ本時代は養父太閤秀吉から優秀な家臣団を付けられていたので、自分でやる必要がなかったのだ。この苦労も全ては今後充実した人生を送るためである。
「俺の代わりを任せられる人間が欲しい。治部みたいな奴がいればなぁ」
「ジブ?」
聞き慣れぬ名にファルティスが訊いた。
「石田治部少輔三成。俺が知る限り最高の吏僚だ。アイツは本当優秀だった。俺より先に死んじまったがな」
「何で死んだの?」
「俺が土壇場で裏切ったから」
「何で裏切ったの!?」
「アイツが真面目で不器用だったからさ。……嫌いな奴じゃなかった」
しみじみと懐かしむように答える金吾。その表情には誤魔化しなど感じられなかった。
「まぁ、人が増えればこの役割を成せる人物も現れるだろう。俺は人間住民をたった千人で済ませるつもりはない。初めに千人を要求したのは、それが今のオカヤマが受け入れられる限度だと思ったからだ。人間たちを見張る魔族も五十人しかいなかったしな。だが、街が発展がすれば増やすことも可能だ」
「けれど、人間も思っていたより働いてくれてるわね。人間を働かせると聞いたときは、常に鞭を打たなきゃならないと思ってたんだけど」
「金の臭いを感じ取ったんだろう。先の三奉行も民間の商人だ。どこの世界でも、商人は宮仕えの連中より賢く立ち回る術をもっている」
「でも、セルメイルが更なる人間の供出に応じるかな?」
「セルメイルが応じなくとも勝手に増えていくさ」
「? 人間が繁殖するってこと?」
「見ていれば分かる」
そう得意げに言い切る金吾だったが、人間の性を解していないファルティスは怪訝な顔を晒すだけだった。
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