11話 異世界最初の食事
何はともあれ人は得た。一仕事を終えた金吾は、遂に待ちに待った楽しい娯楽の時間を迎える。その娯楽とは人間にとって決して欠かせない性の一つ……、
食事である。
城内の食堂。ファルティスと共に席に着いた金吾は、その到来をまだかまだかと待ち侘びていた。その様子を見て、食事を取らないファルティスが素朴に問う。
「やっぱり楽しみ?」
「そりゃ、人間にとっての性のようなものだからな。俺にとっては酒ほどではないが、それでもこの世界に来て初めての食事だ。期待はするさ」
生まれ変わったせいか、この世界にやってきて以来彼もまた食事を必要としない身体になっていたが、味覚はこれまで通りである。味を楽しむことは出来る。
やがて、厨房から料理人が料理を持ってやってきた。ただ、やはり城という魔族の巣はとてつもなく恐ろしいようで、他に魔族はいないというのに激しく怯えているよう。それでも、手打ちにされないよう萎縮しながらその料理を差し出した。
それをマジマジと見つめる異世界人と魔族の二人。
「これは?」
「ひ、ひゃい、黒パンでしゅ」
金吾の素朴な問いに、料理人は震えながら訛り交じりで答えた。
パン……。それは金吾も初めて目にする食べ物だった。頭大の大きさで、手触りから異様な固さを感じる。色も黒く美味そうには見えない。しかし、好奇心はある。物は試しだ。
金吾はパンから一口分を引き千切り、意を決して口にした。
「う……」
そして……、
「ま、まずい……」
悲嘆した。正直、これ以上は口に出来ないと思った。一緒に食べたファルティスも同じ気持ちのようで、一口以降触ろうともしない。
「何だこれは? 食えた物じゃない! 米は無いのか!?」
「も、申し訳ありましぇん! 我が国では麦が主食でしゅて……。そ、そのスープに浸しゅてお試しゅ下さい!」
添えていた野菜スープを指しながら弁明する料理人。仕方なく金吾がそれも試してみるも………………結果は同じ。彼もまたもうパンには触れなかった。そしてその不機嫌さを酒で紛らわせようと、一緒に出されていた木製ジョッキを一飲みすると……、
「ま、まずい……」
また悲嘆した。
「それはビールと言いましゅて、大麦から作った酒でございましゅ。古くから愛されてきた飲み物でしゅて……」
料理人の解説も落胆の金吾には届かず。愛する酒まで不味いのは、あまりにも辛過ぎたのだ。前に村で仕入れた酒の方がマシである。あっちは葡萄酒だったが、あの村はもう存在しない。
「葡萄酒は? 葡萄酒はないのか?」
「ワインでしゅたら、ありましぇん。ウチでは作ってないので」
身も蓋もない返事に、金吾はガッカリ。心底、ガッカリ。
「俺は何のために人間を連れてきたんだ。あの国にはこんなしょぼい娯楽しかないのか」
「こ、これらは、私たち庶民の食事でして……。魔王しゃまのような高貴なお方が口にしゅるものではありましぇん」
「しかし、お前は料理人だろう?」
「い、いえ、私は大工でして……」
「え?」
「ただ、連れて来られた人間の中では料理が上手い方ってだけでして……。急な移住だったので、持ってきた食材も限りがありましゅて……」
金吾、思い出す。確かに、最初に出した移民指定の中に料理人は入れていなかった。けれどそれは、食事は生きる上で必須なのだから言う必要はないだろうと思っていたからだ。しかし、彼は知らなかったのである。庶民は自炊しているということを。彼が下々のことを知らない日ノ本一の御曹司だった故の悲劇だったのだ。セルメイル側も魔界に移民させられる者の中に高貴な人物なんて好んで入れないだろうし。完全にミスである。
「駄目だ、駄目だ、駄目だ……。特にこのビールとやらの温さは耐え難い……」
酒にまで裏切られた金吾は、またまた悲嘆してしまった。心から悲嘆してしまった。悲嘆し過ぎてテーブルに伏してしまった。……すると、それを隣で見ていたファルティスが彼のジョッキを指で突いた。その途端、その側面に水滴が浮かび、中からは冷気が漂り始める。それが金吾にジョッキを掴ませてしまう。
「キンキンに冷えてやがるっ……!」
冷えているのはジョッキだけではない。彼は恐る恐るそれを口にし……やがて飲み出した。ゴク、ゴク、ゴクと喉を鳴らし、一気に飲み干してしまう。
そして……、
「美味い……。美味過ぎる!」
感嘆した。心から感嘆した。結露が出来るほどの冷たい酒なんて日ノ本でも味わえなかったものである。奇跡の代物だ。
「魔術で冷やしてみたの。喜んで貰えて良かった」
ファルティスの優しさが、金吾を快楽へと導く。今の彼にとって、彼女は正に女神だ。
「お前、最高に良い女だな。見直したぞ!」
「え? こんなことで見直されるぐらい私の評価低かったの!?」
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